「心を通わせる精神医療」

7月定例会 拡大家族交流会 講師ルーテル学院大学教授 増野 肇先生

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【はじめに】

 私は慈恵医大を40年前くらいに出ました。東京オリンピックの頃です。精神科医になって40年です。私が医者になった頃は統合失調症がまだ精神分裂病という名前で、この病は治らないとクレペリンという人がいい、病気が治ると診断が間違っていたんだといわれるような時代でした。ようやくクロルプロマジンという薬が出てきて、薬で症状が治まることが分かってきた時代でもあります。
 慈恵医大というのは森田療法が有名です。森田療法はノイローゼ、特に対人関係で緊張するとか不安とかいうときに使うものです。森田療法では治そうとするから治らなくなる、治そうとするのはよしなさい、こういうものはそのままにしましょうというものです。

【開放的な病院を求めて】

 私自身は慈恵医大に入ったとき、精神病院でショックを受けました。こんな鍵のかかったところで何もしないで生活している、しかもこの病気は誰でもなるものなんだと分かる。とても不安でした。家族や自分がそういう病気になったときにどうしたらいいだろう。そういうことで精神病院で手伝いをしているときに福井先生に出会ったんです。私のそういう話を聞いて福井先生が手伝いに来ないかといってくださいました。葉山に一軒の家を借りてそこを葉山診療所としました。
 福井先生がイギリスで治療共同体ということを言っているマックス・ウェル・ジョーンズという人の論文が面白いというので見てみると、病院の中をなるたけ開放にして一日に一回みんなが集まって話をしたり、コミュニケーションをよくすると、みんな自然によくなってくるということが書いてあるんです。本当なのか、日本でできるだろうかということで福井先生が病院を作ってそれが三浦市にある初声荘病院というものです(今の福井記念病院)。

【ストレスと病】

 ちょうどその頃、群馬大学の先生方が生活臨床ということを言い出しました。この病気は病院の中でいくら診ていても治らないというのです。実際に生活をしていく中で、行動を見ているといろんなことがわかってくる。特に、二つのタイプがあります。ひとつは病気がよくなると取り戻そうとしてがんばってそのうちにまた悪くなるという能動型、もう一つはがんばらないから安定するけれども、周りがもっといい仕事をしたらいいんじゃないかというから仕事を変えたら悪くなっちゃったなどとという受動型です。いずれにせよ仕事が変わってストレスが加わってくると悪くなる。また、それぞれの人の癖があるんですね。

【家族へのかかわりの始まり】

 そこでイギリスでは、家族の心理教育プログラムというのを始めたんです。家族の方にいろんな病気の説明をしたりして、そのことで家族の人が落ち着いてくると再発もしなくなったと。こういうことからどうもこの病気はストレスに弱いんじゃないかということが分かってきたわけです。外国には家族会なんてなかったけれども、アメリカなんかでは精神病院が千人単位の病院で、病院の中にお墓まであるという状況だったのに、ケネディが改革をして患者さんをどんどん病院から出してしまって、そのためにホームレスが増えたということはあるんですけれども、いずれにせよ病院から出たら家族が何とかしなくちゃいけないですよね。そこでアメリカでも家族会ができるんです。

【脳の研究がもたらしたもの】

 だんだん脳の研究が進んでわかってくるに従って感情の関係する古い脳の中の海馬というところが問題があるとか、前頭葉というものを考える場所の血流が悪くなるとか、いろんなことが分かってきて、そういうことがストレスと関係あるんじゃないかといわれるようになりました。PTSDというのが有名になりましたが、阪神大震災以来、あるいは児童虐待などのストレスによって子どもが後になって不安が強くなったりする。そういう人たちも同じように、前頭葉などに障害が起きるということも分かってきたんです。

【栃木県での試み】

 私も家族会やなんかでいろんな皆さんの体験をうかがうようになったわけです。そのとき栃木県の精神衛生センターの所長になりました。1975年、ちょうど保健所などがもっと社会復帰手伝おうという時期だったんです。宇都宮の保健所が社会復帰事業をやるけれども何をやったらいいかと聞かれましたもので、私はすぐに患者さんのグループを作るのがいいですよといいました。そうしましたら所長が、公共の施設に精神病の人が来たら迷惑になるからできないという、とんでもないことを言ったんです。じゃあ家族の会にしましょうと、家族会を開くことにしたんです。

【タンス療法?!】

 栃木県の家族のグループで全家連の雑誌をいつも読んでいたんですが。非常に感激的なお話しがあったんです。それは、ある統合失調症の方と結婚した奥さんの手記です。結婚して新婚旅行の途中で具合が悪くなるんです。旦那さんが奥さんにあんた誰なんて言うもんだからびっくりして入院をさせるわけです。すると奥さんのご両親はお前は看護婦じゃないんだからもう別れて帰って来いという。ところが奥さんは自分が好きで一緒になったんだから何とかしようといって一生懸命やる。でも具合が悪くなると眠れなくなってきて、眠れなくなるとぎらぎらした怖い目になって、すると旦那さんは家中の家具を動かしはじめるんですね。そんなことをし出すと、あ、また悪くなったな、と奥さんが電話をかける。今は違いますけど、昔は電話をすると精神病院からすぐに人が来て本人が嫌がっても入院させていく。これを何度か繰り返すうちに、奥さんはあるときふと、こんなやり方でいいんだろうかと思う。また旦那さんの具合が悪くなったとき、奥さんは電話をかけようと思ったんだけれど、ちょっと電話をやめて、うちの旦那はタンスを動かしたいんだから手伝ってあげようと切り替えたんですね。一緒になってタンスを動かすうちに、こんなことしていてもばかばかしいからよそうよ、っておさまっちゃったんですね。それからは“タンス療法”で手伝えば入院しないですむということになったんです。私は感激してすぐに奥さんに手紙を出しました。

【ウサギの草むら―地域で安心できる場所の必要性】

 中井先生が言っていました。ウサギはにんじん畑に出て行こうとしてもなかなか臆病で出て行けない。ところが畑の手前に草むらがあると草の間に入ってにんじん畑に近づいていける。つまり地域に草むらが必要なんです。作業所とか就労センターとか保健所とかそういうものがあるといい。するといろんなことができるようになるんです。何が大事か?地域に安心できる場を作っていくことです。それによって行動半径が広がっていけばいいのかなと思います。

【好きなことをやってみる】

 私が今川崎で「窓を開けて友達を作る会」というのを小松会長と一緒にやっているのは引きこもっている方のところへボランティアの方が出かけていって繋がりを作っていこうというものです。不安で閉じこもっていて玄関を開けない人でも窓は開いているんです。窓はその人の好きな世界。面接でも相手の機嫌が悪くなったときに、そうだこの人はスキーが好きだったなと思い出して「そろそろスキーシーズンですね」なんてはじめると顔つきがころっと変わる。好きなことを話すのはとても大切です。森田療法のいいところはそこなんです。その人のよいところを伸ばして悪いところを治そうとしない。人間が不安になるのは当たり前、不安なまま今やらなければならないことをやっていきましょうということです。

【ココロをほぐす】

 私はサイコドラマというものをやっている関係もあって、芝居が好きで劇団四季はよく行くんです。その中で「エクウス」というのは精神科の医者が6頭の馬の目を刺した少年の治療をする話です。少年は最初は抵抗していましたがだんだんココロがほぐれていろんな話しをしていくうちによくなっていきます。この精神科の医者のように心をほぐす医者が今少なくなってきているんですよね。脳の病気だから薬で治すという人が増えてきている。薬も確かに効くけれども本当にココロがほぐれたときに薬が効くんです。薬だけで治そうとしたら副作用が出るだけです。そういうことができる医者がもっとほしいなと思っています。

<会場と先生のやり取りの一部>

Aさん:開かれた精神医療ということで、コミュニティとして当事者会も明るいカフェか何かで、当事者も普通の人も混ざったようなものがあるといいのですが。医療じゃなくて、社会や企業がバックアップしてくれたらと思います。

先生:そうですね、とてもいいと思います。いいグループを作る人がいれば皆さん一緒になってやれると思います。アメリカの市民運動もそうでしょ。私がやっている「仕事探し、生き方探しクラブ」というのがまさにそうです。

Aさん:企業が支援してくれて、ボランティアではないスタッフが仕事として入ってくれれば。

Bさん:どういうスタッフが入ってくれればいいですか?

先生:私はやっぱりグループワークのできる人がいたらいいと思います。いいグループを作ればグループが自然に皆さんを育ててくれます。そういうグループ作りができる人が地域に増えればいいと思っています。サイコドラマはまさにその中のひとつです。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 長い梅雨があけ、いよいよ夏本番かと意気込めば、暦はすでに立秋。ま、それはそれ、年齢を気にする歳の者に、この酷暑はは少々参る。

 全家連時代おなじみの増野先生からお話を頂いた。長年の、そして様々なご経験からお話された内容に頷くことしきりであった。特に家族と当事者の関係を見事に解き明かしてくれたような気がする。

 最近の新宿フレンズには「夜の家族会」と「メーリングリスト家族会」に当事者の会員が増えてきている。嬉しいことである。しかし、ある当会役員と話したことだが、それは、当事者たちが決して安直に参加していることではないことだ。

 当事者を襲う不安、焦り。そこから生まれる症状・・・幻聴、幻覚、妄想。そうした症状を抱えながら参加してくれていることにただただ頭が下がる。

 今回の増野先生のお話は、我々が親であり、家族会運営責任者として心に留めておかねばならないことを示唆してくれたと思う。

 時に参加してくれている当事者から幻聴、幻覚、妄想からの発言もある。ご本人もそれがある程度判っていながら、その幻聴のしつっこさから陥穽に陥っていく。そんな時、我々はどうすればいいか。

 増野先生の「タンス療法」こそ、この問題の解決の最も基本的な対応方法ではないだろうか。心の病といわれるこの忌まわしい病気は、ある意味不思議な病気でもある。薬漬け治療などという世界からは遠い、むしろ人間的な病気、そして治療法がこの病気には内在していることを知らされた想いである。