早期介入と家族支援

7月 新宿フレンズ講演会 講師 東京都精神医学総合研究所・統合失調症研究チーム
研究員  西田 淳志 さん

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【早期支援と良好な予後】

 「早期介入(early intervention)」 というと、一方的で硬い感じがしますが、早期の相談・支援・治療すべてを含めてEarly Interventionと私は考えています。どんな病気でも、困ると病院に行って治療が開始されます。発病してから治療開始までの期間を「未治療期間」といい、統合失調症をはじめ精神疾患は、この未治療期間が長いといわれています。

【早期支援を妨げる医療制度の問題】

 家族に対する具体的支援を抜きにすると、本人が治療の場に早期に現れる可能性が低くなってしまいます。しかも初診時の家族の話はかなりの混乱や焦りがあって、状況をうまく説明できないことも多いので、安心して落ち着いて話せるには時間をかけないと難しい。日本にはクリニックがたくさんあるので、初診にはすぐにつながる方が比較的多いのですが、この初診時のイメージが良くないと、治療の中断が発生しやすくなります。そういった観点からも初期の相談・支援・治療をより丁寧にすべきだということが、あらためて言われるようになってきました。

【家族にもサポートが必要】

 我々が最初にご家族のお話をうかがう時点は、幻覚・妄想の症状や暴力等の問題行動が出てきていることが少なくありません。深刻な状況であるにもかかわらず、なかなか治療につながれない期間が1年以上あることも珍しくありません。イギリスの当事者・家族会がまとめたデータでも平均して18ヵ月の未治療期間があったことが報告されています。通常、急性期の状態の患者さんに一日つきあうだけでも大変なのに、長期間、家族だけでそういった状況を抱えているわけです。

【多職種チームによる家族支援とEngagement】

 私が以前精神科診療所で行っていた精神科ソーシャルワーカー(PSW)としての業務の中では、家族の話をよく聴くこと、特に初回面接ではできるだけ時間制限を設けないで聴くことを心がけていました。「すぐにどうにかして下さい」といわれることもありますが、実際はすぐに解決できる問題はそう多くはありません。でも、解決のための準備を一緒にしていくことを約束します。

 場合によっては、家庭訪問をして本人の受診を促すことも大切なことだと思います。不調が深まってからの説得は困難です。治療が中断した場合は家族相談と家庭訪問も含めた支援を行い、本人が面会拒否してもメッセージを残していくという形で関係を断絶しないことも重要です。こういったことは、あたりまえの話のように聞こえますが、早期支援サービスを公的サービスとして普及しているイギリスでもあらためて重要視されていることであります。具体的には・・・

○初期には最低週一度は家族に会う

○何か新たに始める前には、当事者やご家族の話をしっかり聞くというプロセスを設ける

○本人が治療に来ないから終わりではなくて、かかわりを持ち続ける(engagement)こと、などが重要といわれています。

【イギリスの新しい家族支援】

 イギリスでは近年、国が「これまでの家族への対応を謝罪し、政策的に家族支援を重視する」と公的な文書で述べています。私はこの文書の存在をある先生から教えていただいたときに感動しました。行政がきちんとした論拠に基づいて間違いを認め、今後やるべきことを打ち出しているのです。日本でもこういう風にするべきではないかと感じました。

【家族・当事者団体の持つ力】

 イギリスの家族支援政策の背景には、Rethink(リシンク)という家族当事者団体の役割がありました。1970年5月9日のイギリスのタイム紙に、ジョン・プリングルという記者が統合失調症に関する記事を書きました。それまでほとんど紙上に出なかった統合失調症患者と家族の毎日の生活がオープンに掲載され、患者を抱える家族が、社会的に孤立した状況の中で日々、想像を絶する苦労・困難を抱えていることが明らかにされました。すると、すぐさまプリングル記者に患者家族から400通の手紙が送られてきました。そしてプリングル夫妻と、その手紙を書いた50人が集まって話し合いを持ち、「統合失調症に関する全国組織が必要」という新聞広告を掲載することにしました。それによって、家族・当事者組織がつくられ、その後、何回か組織名称が変更し、2002年に正式にRethinkという名になりました。

 Rethinkが最初に取り組んだのは、Schizophrenia at Home(統合失調症患者・家族の生活実態)という調査です。統合失調症当事者のケアをする家族が直面している困難を明らかにする狙いで、80家族に丁寧にインタビューをしました。分かったことは・・・

◆家族や親戚が多くの負担を強いられている、

◆専門家から必要なアドバイスや支援を充分に受けられていない、

◆精神疾患を持つ人の多くは、適切な支援さえ得られれば自立して暮らせる可能性がある、ということでした。

【早期治療・相談を妨げる8つの要因】

 Rethinkが2000年頃から行った早期支援の必要性を訴えるキャンペーン(Reaching People Early)の一環として、大規模な調査が行われ、当事者やご家族の力によって、「何が早期治療・相談を妨げるか」が明らかにされました。この調査は当事者3000名、家族1400名対象の大規模なものでした。「はじめて問題が起こったときにどこに相談したか?」「専門家の印象は?」「サービス向上には何が必要か?」「サービス利用を妨げる最も大きい要因は?」などの質問が含まれ、最終的な結論として、早期治療・相談を妨げる以下の8つの項目がまとめられました。

1. 精神疾患に関する一般人(これからそれを経験するかもしれない人)の理解が低い

2. 適切な治療を得ることが困難

3. 治療へのアクセス(つながること)において同じ困難が繰り返された(予約が一杯等で印象が悪い)

4. 初診における否定的体験(8割の人が否定的印象を持っている)

5. 最良の治療(適切な薬物療法・心理療法を含む総合的治療)を得ることが困難

6. 回復志向の治療・支援の不足(障害を受容しながら生活をしていくという視点)

7. 当事者・家族が治療に参加できていない(当事者・家族が主役でない)

8. 既存の治療は入院が主(気軽に相談を開始したかった)

【日本の家族ができること】

 我々の研究グループでは主に三重県で、学校や地域の関係機関を巻き込んで実態調査をしたり、啓発研修を行っています。学校と専門チームが連携して、学校現場できちんと心の病気について教えたり、不調のある子どもたちができるだけ早い時期から適切な支援が受けられるようにするためのプロジェクトを開始しています。

 オーストラリアでは、公立中学高校の8割近くで使われている精神保健教材があります。「心の病気を理解する」という教材があり、そのなかで、オーストラリアではどんな精神障害者に対する偏見・差別の歴史があったかも記載されています。日本でこういう教材を提案すると、いじめ・差別につながるといわれますが、まったく逆の発想でしょう。100人に1人が統合失調症を発症しますが、発症しないまでもそれに近い問題を抱え、困難を抱えている人はかなりいるのですから、全体的な問題として啓発を進める必要があると思います。スティグマ(偏見)の問題について、過去の反省も含めて子どもたちにしっかり教えていくべきです。啓発活動は中止すると効果がもとに戻ってしまうと言われていますから、持続可能な形での啓発教育が必要です。我々もこうした教材を使いながら、実際に学校に入って教育していければと現在準備を進めております。

 最後に、イギリスで早期支援サービスが普及した主な要因をもう一度まとめますと、医療制度改革の時期にぶつかったということと、早期支援を支持する科学的根拠の蓄積があります。また、アイリスというグループは早期支援の有効性の根拠を集め、この動きも重要な役割を果たしました。さらに当事者・家族団体の様々な取り組みによって、早期支援サービスが政策としてきちんと盛り込まれていきました。

 日本においても、家族が「自らの立場から必要なサービスを明らかにし、それが実現されるように動くこと」が重要だと思います。家族にとって望ましいサービスとはどのようなものか、それをしっかりと検討していくことが、結果的に早期支援実現の動きと一体化していく。早期支援を進めるには家族支援を進めなくてはなりませんし、ご家族への早期支援そのものが結果的に、患者さんの早期支援につながるものだと思います。    (了)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 時候の挨拶はカット。今号の西田先生の「イギリスの早期支援・家族支援」の話には驚きと羨望の渦であった。イギリス政府は「これまでの家族への対応を謝罪し、政策的に家族支援を重視する」と行政が間違いを認め、今後やるべきことを打ち出している、という。

 私たち日本においてはどうだろうか。自立支援法、心神喪失者医療観察法案、次々と精神障害者を締め付ける政策がとられている。予算がないと言い、障害者の助成を応益負担とし、箱もの行政にはジャブジャブ予算をつぎ込み、居酒屋タクシーという考えもつかない金の使い方をしている。

 「家族支援」という言葉の意味が当初不明であった。これも日本では想像すらできない政策である。イギリスでは「家族ももう一人の当事者である」というとらえ方である。個人的には私自身そう解釈していたが、政府がそのように対策を考えているというのは、精神障害者を取り巻く全体としての政策であることを感じる。患者と家族は一体である。時として患者と家族は対立するが、その真の問題はひとつである。

 しかし、イギリスに後れを取っているのは政府だけではない。我々家族も遅れている。「統合失調症患者と家族の毎日の生活がオープンに掲載され、患者を抱える家族が、社会的に孤立した状況の中で日々、想像を絶する苦労・困難を抱えていることが明らかにされました。」・・・イギリスの家族もがんばっている。そしてRethinkができた。日本でも我々の実態をどんどんオープンにして、一般に訴えていく必要があるように思う。