陰性症状からの脱出 森田療法をヒントに

2月 新宿区後援事業 新宿フレンズ講演会
講師 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室助教 新村秀人先生

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森田療法は、元々神経症を主な治療対象としており、通常は統合失調症を治療対象とはしていませんので、今回の講演のテーマに戸惑った方もおいでかと存じます。私は森田療法を研究していますが、森田療法のうつ病への対応の中に、統合失調症の陰性症状にも役立つ点があると思いますので、今回お話をいたします。

【陰性症状とは】

 統合失調症の症状を、陽性症状と陰性症状に大きく分けるという考え方が、1980年代から出てきました。陽性症状というのは病気の早い時期に出ます。幻聴(声が聞こえる)、妄想(一つの考え方に固執する)、興奮する、固まってしまう等の、一言で言えば見て分かりやすい症状で、薬の効果が現れやすく、症状が大きく変化します。

それに対して陰性症状は目立たず捉えにくいもので、時期的には陽性症状の後に見られることが多く、薬の効果もなかなか難しい場合もあります。長い期間持続するため、陰性症状が統合失調症の基本的症状だという考え方もあります。

【治療のいろいろ】

 陰性症状には様々な治療法が考えられています。まず薬についてです。従来の抗精神病薬は陽性症状の幻聴、興奮や不眠等についてはよく効きますが、陰性症状には効果が薄いとされてきました。しかし、第2世代の非定型抗精神病薬は陰性症状にも効くとされています。また、抗うつ薬は精神病後うつ状態に使うことがあります。


【森田療法とは】

森田療法とは森田正馬(もりたまさたけ・森田療法の創始者)という人が、100年ほど前に考案した治療法です。もともとは不安を治療の焦点に置く精神療法です。

かつては入院を中心とし、例えば不安や恐怖が強く、日常の生活に支障をきたした患者さんが治療を受けていました。入院して最初の1週間はひたすら寝ます。退屈で不安を打ち消す行動に走りそうになるのを我慢して、日中もずっと横になったままです。そのあと起きて草むしりなどの軽作業をし、徐々に複雑な作業を増やしながら、面接や日記指導の治療を受けて、3ヵ月くらいで退院し社会生活に戻っていきます(入院森田療法)。最近は外来で面接や日記指導を行うことで森田療法を行うところが多くなっています(外来森田療法)。

【養生論-自身の生命力を引き出す】

 「あるがまま」であるためには、まず自分が病気であることを知ることです。それを受け入れることが回復の第一歩と言えます。

病気にも風邪、胃腸炎から癌、心筋梗塞、脳血管障害までいろいろあります。うつ病や陰性症状も病気の一つです。しかし他の病気と違って、症状が目に見えません。ですから本人も病気と気付きにくく、周囲も理解しにくいのです。

しかも本人が病気を「自分の能力や精神力の問題ではないか」「自分はボケたのか」など誤解しやすいのです。そしてますます憂鬱な気持になり、無力感を強めます。

 森田正馬は「およそ病の療法は、この自然良能(自然回復力)を幇助して(助けて)、これを発揮増進せしめ、以って常態に復せしめ、更に進んで病に対する抵抗力を益々増進せしむるにある」と述べています。つまり、自然回復力を発揮させましょうということです。

【「あるがまま」の養生】

 養生のコツは病気の時期によって異なります。最初は極期といって「どん底」の時期です。次に回復の前半、そして最後が回復の後半となります。この3段階で、サポートの仕方、考え方、家族の対応の仕方が違ってきます。
1)極期・どん底の時期を過ごす心構えは、「果報は寝て待て」です。まずはゴロゴロ寝て過ごします。

2)回復前期は、少し回復の兆しが見えてきた段階です。冬の後には必ず春がやってきます。どん底期の後にはきっと回復期が訪れます。

この時期の始まりには、「少し楽になった」と感じる日が訪れます。ただし良い状態は長続きせず、後戻りすることもあります。いい時もあれば悪くなる時もある。それにいちいち一喜一憂せず、むしろ状態に応じて、臨機応変に休息と活動のバランスをとることが大事です。極期では「ひたすら休もう」でしたが、回復前期では休息と活動を調節して過ごすことです。

それから森田療法では「感じから出発する」ということを重視します。「~したい」という「感じ」を大切にすることです。たとえば、ずっと部屋の中にいて「ちょっと外の空気を吸ってみたいな」と思ったらちょっと歩いてみる。一日一万歩なんて目標を立てずに、まずブラブラ歩いてみる。1分でも2分でもいいでしょう。それで「疲れてしまった…」なら止めていいのです。

3)回復後期は、普段の半分くらいか、もう少し良くなった時期です。この時期の養生では、そろそろ生活の形を規則的に整えるように心がけます。まず睡眠、寝る時間と起きる時間、食事時間を決めて生活のリズムをつくりましょう。

【今を生きる姿勢】

森田療法の発想の特長の一つに「今を生きる」という姿勢、「過去や未来にこだわらない」ということがあります。禅宗の開祖、達磨大師の「前を謀らず、後ろを慮らず」という言葉がありますが、過去を考えてくよくよせず、未来を考えて不安にならず、現在をしっかりやろうという意味です。頭に浮かんだ先々の心配はそのままにして、目の前のことに手をつけること。今、行動可能なことをやって行くのが大切だということです。

多くの人が早く元の仕事に戻ろうとしたり、家事を全部こなしたりするなどの、大きな目標に向かって焦ってしまいます。しかし、まだ本調子ではなく、登山でいえば6合目か7合目あたりです。頂上ばかり見ていると先が長く感じられるので、足元を見つめてゆるゆると一歩ずつ登っていくことが大事です。ですから「今、できることは何だろう」と考えて始めることが大事です。

【再発予防のコツ】

 再発の予防に当たっては、発症した時のきっかけを確認することが大切です。人によって、ストレスの感じ方や感じる点が異なります。それを認識することが必要でしょう。

 人によって特に弱い領域があって、そこでの出来事が心に危機をもたらす場合があるので、人生の重心が一つの領域に偏っていないか、振り返りましょう。自分自身のために使う時間を確保し、過労に陥らない工夫をする。「過ぎたるは及ばざるがごとし」の喩え通りです。

【家族の対応の仕方】

 ご家族は自ら体験した通常の落ち込みから類推して、陰性症状にある本人を元気づけようとしたり、気分転換を進めたりしがちです。しかし、本人は家族の期待通りの反応はしてくれず、改善の兆しが見えないかも知れません。

 こうした状況を繰り返すうちに、家族は無力感にとらわれ、無関心に陥ります。そして、「この人はもうダメだ」とか「元々こういう人だったんだ」と考えるようになります。さらに苛立ちが高じると、本人を非難するようになります。「気の持ちようが間違っている」「自分に負けている」などと言うご家族もいるでしょう。すると、ますます本人は無気力になり、会話が乏しくなり、やがて本人と家族のコミュニケーションがなくなってしまうという悪循環となります。

 また、家族は必要以上に過保護になってもいけないのです。そうした生活が続くと、本人は依存的になってしまい、自己評価が回復しません。病気がある程度落ち着いてきたら、少し家事を手伝ってもらうとか、家庭にとって大切なことは本人とも相談して決めるようにします。その時、本人は決断がつきにくいかも知れませんが、相談することは本人を尊重しているというメッセージになります。

一方、本人は「休息を第一にしよう」と考えているのに、家族は家事の手伝いを期待して、「何もしてないじゃないか」と非難するような場合もあります。本人と家族が話し合い、いま本人にできる役割とできない役割を考え、できない役割は家族で分担するという配慮が必要です。役割分担に本人も家族も合意できているかどうかが重要です。

 本人が気分転換をしない状況にあっても、家族はあまり促さないほうがいいでしょう。よく、買い物や旅行に連れていくなどの提案をする家族がありますが、気分転換がうまくできないのも病気の特徴の一つです。何をやらせても本人は楽しそうな顔をしないものです。そんな時家族は「今はそういう状態、段階なのだ」と理解してあげてください。

社会復帰も急かさないことです。病気とその回復過程を「あるがまま」に認めることが大切です。

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 これまでいろいろお話してまいりましたが、患者さんの回復のために家族が犠牲になれ、ということでは決してありません。家族のどなたかが病気になったということは、本人だけでなく家族全員にとって大変なことです。長引けば家族の疲れも出てきます。それを避けるためにも、ご家族もこころの健康を養って、十分な休息をとってください。

ご家族は病気の原因では決してありません。むしろ、家族は本人の回復に貢献するプラスの力を持っています。家族が病気について理解し、本人が十分に養生できる環境を作ることが、病気の回復にとって大きな力になります。

参考文献「森田療法で読む うつ その理解と治し方」(北西憲二・中村敬 編,白揚社1900円)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 「縁あって」とはこんな時使うのであろうか。コンボの桶谷さんからサポートネット北見の藤澤さんに紹介され、2月末北見、網走地方を回ってきた。暖冬の影響か、期待した流氷は影も形も消え失せていた。

 現地の4つの家族会の方たちと語り合い、その中で家族会が抱える問題は全国統一とでもいうように会員の減少、高齢化、役員不足等々である。一方、会員数は一定程度の解決を見せている新宿フレンズが抱える問題は、地元家族会員の少なさである。

 当会が1月から3月に渡って行ったコンボとの共催・家族学習会において、新宿区内の参加者は総数10名中、3名であった。

 北網ではそのようなことはなかった。全員同じ町の出身者だ。なぜか。それは各町と町の距離が30キロから40キロ離れているためと想像した。そして、ある会長さんの言葉で、「ちょっと歩けば知り合いと出会うから」というのは、隣近所からの偏見に対する防備であろう。ゆえに、現在家族会に参加している方々は、我々都会でつながりの無くなった生活するものには分からない、勇気と理解のある家族会員であるということだ。

 そして、もう一つ気がついたことは、新宿フレンズの会員がIT利用者の集まりであったことだ。電話・メールで問い合わせてくる方の90%以上、つまりほとんどの方がホームページを見て参加希望を寄せてくる。これからの家族会の姿なのかも知れない。

 心なしか北網の家族会の人たちの和やかさと朗らかさは、同じ町内の人たちの集まりゆえなのかもしれない。都会でPCの画面にへばりついた者の羨望的見方なのか。