うつに打ち勝つには

3月 新宿区後援事業 新宿フレンズ講演会
講師 東京武蔵野病院社会療法部長・精神科医 花田照久先生

ホームページでの表示について

 私は東京武蔵野病院という精神科病院に勤めて15年、主に大人の精神障害を診てきて、デイケアなどリハビリテーションも担当しています。ここ数年は医療観察法という法律ができ、司法精神医療に関係して東京地方裁判所にも関係しています。

【うつ状態とうつ病は連続している】

 私たちは生きていればストレスがたまり、誰でもうつになる可能性があります。ですから一般に「うつ状態」と言われるものが全部、病気ではありません。「うつ病」は病院に行って治療を受けなければなりませんが、「うつ状態」は自然に治ることもあるかもしれません。「うつ状態」と「うつ病」は区別されますが、連続していて程度の差ですから、一線を引くのはなかなか難しいのです。

 よく本などに書いてある「うつ病の症状」が全部揃うことはまずないし、揃ったらかなり重症です。「10のうちの幾つあるとうつ病の疑いあり」と当てはめて、自分はうつ病と思い込んでしまう人もいますが、普通の生活でも眠れないとかイライラするなど、何点かは当てはまりますから、こだわり過ぎないことも肝心でしょう。

【エネルギーが切れた状態】

 われわれはどうしても自分の一番良い時、20歳前後を基準にする傾向があります。しかし50歳、60歳になった時に、20歳前後と同じように元気でいるのは無理です。加齢に伴い人のエネルギーは低下してくるもので、自然に「うつ状態」に傾いてくるものです。

 また、うつが果たして悪いのか?「年相応に落ち着かれましたね」とか「ゆったりしてきましたね」とか言いますが、人格が丸くなるのは、単にエネルギーが枯れてきただけかもしれません。うつ病は一言でいえばエネルギーがなくなった状態で、それが本に書いてあるうつ病の症状に当てはまるのです。

【周りは上手な対応を】

 うつ病の診断がつけば、休んで家にいてもらいます。よく「うつ病の人は励ますな」と言われていますが、適切な励ましは必要で、「下手に励ますな」と言った方がいいでしょう。

 うつ病の方はエネルギーが低下していて、体を動かそうと思っても動かない、人と話すのもイヤ、やりたいと思うことまでできない状態です。例えばヘトヘトに疲れている時に、飲みに誘われてもエネルギーがなければその気になれません。でも誘うほうは「気晴らしをしようよ」という気持ちでしょうが、「気晴らし」をするエネルギーがないのです!

 適切な励まし方は「あなたは疲れている」、「あなたの責任ではない」ことを伝え、「病気だから良くなる」ことを保証し、「休みなさい」と勧め、「休むことは悪いことではない」と保証してあげることだと思います。

 もう一つ大切なのは「決めない」ことです。うつになると現状より悪く考えてしまって、被害的になり、自分を責める傾向が強まります。そうなると離婚や退職などを考えてしまいます。生きるのをやめてしまおうと自殺につながることもあります。私は「死ぬな」などは言わないようにしています。ただ、「自殺も離婚も退職も、決めるのは治ってからにしてくれ」と保留にします。よほどのことでない限りはその場で決めないようにします。とくに会社を辞める人は多いですが、やめてしまうと良くなってから困ります。そのことで悩んで、またうつになってしまう。

 また、うつ病の方の気持ちは、聞いてあげることが絶対に必要です。でも「どうなんだ?」と、こちらからつつかないほうがいいでしょう。うつ病に限りませんが黙って聞いてあげてください。治りが違ってきます。

【治療は薬と精神療法】

 うつ病は一時期テレビで「心の風邪だからすぐ治る、早いうちに専門家に行きなさい」といったキャンペーンの効果があって、気楽に精神科を訪れるようになりました。

 ですが実際には、うつ病は「風邪」よりも重く2~3週間かかる場合も、入院が必要な場合もあります。うつ病は怖い病気ではないけれど、簡単には治らないうつ病も多いのです。軽い場合は薬のみで治りますが、ともかくおかしいと思ったら精神科に行くことが大事です。近年、SSRI等の新薬が出て使いやすく副作用も少なく、ある程度まで効きますが、薬だけで治るものでもありません。

 うつ病の治療には、薬とともに精神療法を併用します。うつ病になりやすい人は、日ごろから物事を悪くとらえる傾向があり、生真面目というか息苦しい傾向があります。その問題点を話しながら修正するやり方が、うつ病を対象にして始まった「認知行動療法」です。

 現在、職場でのうつ病が増えています。治療者としては1~2ヵ月休職させて職場復帰を考えるのですが、職場は復帰の条件を出してきて、組織の事情と医者の考えにズレが起きることが多いのです。

【電気けいれん療法】

 電気けいれん療法は賛否こもごもですが、重症のうつ病治療には役立つ治療法です。死ぬことばかり考えてすごく辛いときなど、薬物の効果は個人差はあるものの3週間程たたないと効果が出ません。それから、肝臓などに負担がかかる抗うつ剤は肝機能障害などがある人には十分に使えない。食欲低下などで栄養状態も悪い状態のときなどは、電気けいれん療法は積極的に行うべきものと考えます。7~10回くらいの施行で症状が軽くなります。経験した患者さん自身より、電気けいれん療法を求められることもあります。

【うつ病にならない方法】

 うつ病になったらどうするか? 一番いいのはおしゃべりです。よく飲み屋で上司の悪口を言う、これはストレスをためない身近な方法です。あとは少し心構えを変える。真面目な人はうつになりやすいですが、どういう人かというと、自分が社会の一部であると認識して、みんなに合わせて協力しなければという気持ちが強い人です。そういう人は社会や会社にとってプラスになる人ですが、それが少しズレてしまうと周りのことが気になって、うまく動けなくなり易くもなります。

 心構えを変えるには、小学校で教えてもらったことの反対をやればいいと考えています。約束は破るためにある、時間には遅れる、義理は欠くもの、これが徹底してできる人はうつになりにくいです(半ばは冗談です!)。

もし「義理を欠いたな」とか、「約束を守れなかったな」と思うときは、「相手はそれほど意識していないんじゃないか」と思い直す。自分はそんなには役に立たない存在だ、会社や日本がどうなってもいい、生きてさえいればいい…とあきらめが肝心です。そう思っている方が、うつにはなりにくい。ですから、うつ病においては認知行動療法が重要視されるのです。

【家族もストレス解消を】

 家庭に精神障害者を抱えているのは大変なことで、かなりのストレスになります。治療者は他人ですから「気楽に」と言えます。入院病棟でも、医師はそれほど長い時間、患者さんと一緒にはいません。看護師のほうが一人の患者さんへの思い入れは強いようで、家族同様の目で見ている人も多いようです。

 身内に障害のある人がいれば、家族が冷静ではいられないのは仕方のないことです。毎日同じ空間にいるだけでストレスになりますから、家族がそれで疲れてしまうと本人にとっても良くない。ではどうするか? 

 家族も疲れたと思ったら、遠慮せずにクリニックなどに相談に行ってください。先々の心配があるのは当たり前だけれども、できるだけ背負い込まないことです。福祉などの社会資源を利用して、家族の負担を少なくして、家族が元気でいることが大切です。

【医療者との関係】

 「精神科医の前に出ると緊張して何を言ったらいいか分からない。医者とコミュニケーションをとるにはどうしたらいいか」と、問われることがよくあります。「言いたいことを全部、一方的に言ってしまえばいい」と答えることにしています。話せば医師は聞いていますから。

 もし担当医と合わないと思えば、医師を替えるのも方法の1つです。患者さんが「合わないな~」と思っているということは医者もそう感じているのです。今ははっきりした意志を持つ患者さんも出てきていますが、親御さんのほうが「主治医と合わないけれど医者だから仕方がない」と思っている場合がある。それでは患者も医師も互いに不幸です。だから口に出してみるといい。医者と仲良くしようとか理解を求めようとかいうよりも、言いたいことを言って、医師の反応を待つのがよいのではないかと思います。

 最近の精神保健の相談には、セカンドオピニオンを求めてくるケースも増えています。思い切って相談すれば、いろいろ具体的に教えてもらえるので、保健所、保健センターや、生活支援センターなども利用するといいと思います。結局はそういうことが、ご家族の悩みを晴らし、当人のうつ病を軽くしていくことにつながると思います。

【質疑応答】

Q.引きこもっているのですが、親としてどう対応したらよいでしょうか?

A.病気による引きこもりではないことを前提にお話します。

 引きこもりにも原因はいろいろあるのですが、一つ言えることは、本人は何か社会でつらいことがあって、生活の中で最もラクになるような環境に身を置こうとした結果が引きこもりと考えられます。

 ですから本人には、外に出ることが辛いので、無理やり引っ張り出そうとしても大変です。自室にこもりきり、居間には出て食事は取る、外には出ないが家の中では好きなことをしている、買い物くらいは行くなど、どういうレベルであろうと、引きこもっていることがラクで、気持ちが落ち着くからでしょう。

 しかしラクとは言え、好きで引きこもっているわけではないのです。それなのに一方から見ると怠け者に見えてしまう。「親は怠け者だと思っているだろう」と本人が思えば「親とは顔を合わせたくないから自室にこもろう」となるでしょう。

 引きこもりは一概に悪いとはいえません。日本は鎖国して引きこもったからアヘン戦争に巻き込まれなかったのかもしれない。精神的に危ないと思ったときに引きこもることは、生きるための知恵かもしれません。

 問題は、毎日引きこもっている人を見ていて穏やかでいられる家族はいませんから、当然イライラし、悩みます。それをご本人は敏感に感じとります。家族が引きこもりに対して寛容になると、本人も安心して居間で話ができるようになるかもしれません。そうなって初めて引きこもりの原因が分かるのです。すると問題解決につながるかもしれません。

 ですから、家族の悩みを軽くするために、家族がクリニックに行くのもいいでしょう。親が悩みを話すと、精神科医は子供への対応を伝えることがある。引きこもっている人を、親を媒介して医師が間接的に治療する、という構図ができるかもしれません。私は相談に来る家族には「引きこもりは安全なのだから焦ることはない。夜中に出かけて何万円も使うのと比べると断然よい」と伝えます。

 ただし病気による引きこもりは、早く治療につなげなくてはなりません。
                                      (以下略)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 約束は破るためにある、時間には遅れる、義理は欠くもの・・・いきなり不逞の輩の態度だが、これができる人はうつにならない。逆説でいえば、うつにならない人はこの不逞な態度である・・・は、揶揄過ぎるか。

 今回の「うつに打ち勝つには」の講師、花田先生の分かり易い説明には納得頻りであった。それにしても、自らの性格なりを考えてみると、確かに私自身うつにはなりにくい人間だと思う。言うならば、ノー天気、オメデタイということか。

 しかし、そんな編集子も子供の頃の体験として、受験勉強中、庭の片隅で猫たちが発情期の大合唱を始めたときは、棒を振りかざして夜の庭に裸足で飛びだした。猫たちを追いかけ、庭中を駆け回り、大声を張り上げていた記憶が鮮明に残っている。その時は自分が自分でないような、周囲の状況が全く見えなくなっていた。

 人間誰しも、ある責任を負い、それができなかったときのプレッシャーは筆舌に尽くしがたい。だが、それも歳とともに、経験を踏み、良く言えば人間が丸くなり、そして、約束を破り、時間には遅れ、義理を果たさなくなってくる。こうなれば「うつ」などと言う問題とは無関係となってくる。

 そして、うつは歳とともに、体力とともに衰退するようだ。先生の言葉では「単にエネルギーが枯れてきただけかもしれません」クーッ!なるほど。

 うつの患者さんは年々増えているという。それらの人たちが、約束を破り、時間には遅れ、義理を欠くような処世術をぜひ学んでほしい。できたら抗うつ剤を飲む前に!