精神疾患の包括的治療

新宿区後援・新宿フレンズ5月講演会
講師 東邦大学医学部 教授 水野雅文 先生

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【地域医療の方向へ】
 今日は治療の全体的なあり方をお話したいと思います。
 当事者やご家族の皆さんの関心は、具体的なこと、とりわけ薬などにあると思います。しかし残念なことに精神科の治療の場合、薬は、抗生物質のように病気の原因菌を退治するものではありません。向精神薬は心の調整をするための補助の働きでしかなく、治療の全体的な下支えになるものといった位置づけです。
 日本では長期入院をしている人は固定しており、症状が良くなっても地域に受け入れ先がなく、退院できずにいました。今ようやく、そういった社会的入院の方々の退院促進が行われています。
 一方で、新患の入院日数は短くなってきており、入院1年以上はおそらく1割もなく、平均では3ヵ月ぐらいになっています。日本の精神科医療も、ようやく地域医療に移行しつつあると言えます。
【健康保険制度と医療の関係】
 病院で行われる家族会や、医療・福祉相談、勉強会、ソーシャルワーカーの面談なども病院のサービスであって、その費用は保険では担保されていないのです。ですから大病院では総量的にサービスを行う事ができても、各クリニックでそうしたサービスを求めるのは無理があるでしょう。医師以外の看護師、保健師の相談の保険料は無料ですし、臨床心理士は自費診療です。自費診療は高いように思いますが、バスでなくタクシーに乗るようなもので、専門家一人を独り占めする時間の料金に相当します。
 精神科にかかっている多くの人の求めるサービスが、上記の3本立て以外の医療や、相談など時間のかかるものなら、それが保険で賄えないと、現実的には難しい。保険を決めている人は当事者や家族のような体験はしていないので、受診者の満足度や、患者側が支払える限度額にピンとはこないし、残念ながら理解は少ないでしょう。
【地域で暮らすプログラム】
 精神障害者が地域で暮らすための、統合型地域精神科治療プログラム(Optimal Treatment Project:OTP)は、ニュージーランドのイアン・ファルーン医師(Ian R.H. Falloon)の提案したもので、医療サービスのあり方、治療の中身、再発防止、運営の問題点を列挙しています。
1.早期発見・早期介入
2.家族を含めた多職種チーム
3.継続的アセスメント

4.訪問サービス(アウトリーチ) 
5.双方向性心理教育 
以上がいわばOTPの外枠ですが、日本ではまだまだ不十分です。つぎにその中身について話しましょう。

【治療プログラム】
1・非定型精神薬による薬剤治療 
 重要なのは、副作用の少ない治療をすることで、それは非定型抗精神病薬(新薬)の単剤使用と言われてきました。
といっても、定型薬(旧薬)が当人に効果がある場合は、変える必然性はありません。また、ここ20年ばかり単剤使用の傾向でしたが、米国では付加療法(Augmentation)といって、単剤の作用を増強する薬を上乗せした方がよいと言われ始めました。
 薬を飲ませることが、治療の最終目的ではないし、服薬のためだけに病院に行くのでもありませんが、服薬は治療の下支えとなります。
 病気で大切なことは、楽観的であれということです。「治るぞ!」「治そう!」と思い、医療に対しても薬に対しても信頼感を持ち、不安を持たないことです。「この薬で治るわけがない」「この医師で大丈夫か?」と疑うと、服薬効果まで下がってしまいます。広い意味でのエビデンスと、当事者の側の服薬コンプライアンス(理解した上での遵守)が大切なのです。
2.ストレス・マネジメント 
 「薬を止めてよいか」、「いつ薬を止められるか」と質問されることがよくあります。まず、服薬していて体調が良い場合に止める必要はないでしょう。
 では、どういう時に薬を減らしていけるか。元通りに戻ったら、服薬を止めてもよいわけではないということです。つまり悪化したときと同様の状況なのに薬を抜いたら、再び悪化する可能性が高いからです。
 家族と本人が病を得た事実を体験として自覚していること、そして発症前とは別の人生観、価値観、生活態度など、より良く成長している状況になっていないと、薬を止めても良いとは言えません。
3.就労支援 
 病気を治す目標、ゴールは何でしょうか。私は働けるということだと思います。仕事をすることが、自己評価、自尊心、社会参加の満足度を高める、これは職を失ってみればよくわかるはずです。
 ただし日本では月給取りのフルタイマーが一人前の仕事をしている人とみなされますが、欧米はアルバイトでもパートタイムでも、当人も周りも就労支援が実ったと大喜びです。このポジティブな評価が、本人の自信につながるのです。
【より良い医療の実現を】
 統合型地域精神科治療プログラム(OTP)のような制度は、役所は全国一律で行おうとします。しかし実際は入院料ひとつとっても、また専門職の給料なども都市と地方では違います。10万~30万人が対象群というサービスモデルも、新宿区のような所ではイメージが湧くでしょうが、人口2万、3万という地方都市ではそうは行きません。
 また、訪問医療サービスも皆が望んでいるとは限りません。こうした家族会や勉強会に参加もできず、息を殺して家に閉じこもっている人も多いのが現状ですから、ひっそりと訪ねられるクリニックも大切なのです。アウトリーチを単にブームにすべきではありません。
【質疑応答】
Q現在入院中ですが、お話のような望ましい形の医療機関はありますか?
A入院中は病院にあるものしか利用できないでしょうが、外来なら就労支援サービスなど部分的にはあります。
しかし残念ですが、地域の支援をうまく組み立ててくれる人がいません。例えば、家族会でほかの家族が利用しているものや、区報などで見つけるなどして、必要なサービスを組み立てる事は可能でしょう。その場合、保健所での相談は有効です。また、健常者の地域サービスやサークル、教室やスポーツジムなども遠慮なく使って下さい。

Q今は入院中ですが、「資格を取りたいので学校に行きたい、その前にアルバイトを始める」といっています。
A毎日の通学・通勤を始める前に、一時的に働いてみるのは良いことです。例えば中元歳暮や年賀状など、単発・短期・人との関係性が希薄・成果がはっきり出ること等から始めるとよいでしょう。1日だけのアルバイト、短時間のパートでもよく、中身は本人の好ましく思えるものが望ましいですね。

Q 30代の息子です。一人住まいに大満足でしたが、訪問介護サービスを嫌がりキャンセルしてしまいました。まじめなソーシャル・ワーカーが、父親とイメージが重なってしまうそうです。
A自立して社会的機能が上がり、ソーシャルワーカーが補助的に入るのがうっとうしくなっていると思われます。一旦断ってもいいでしょうが、なぜ手助けが必要と思われたのか、もし生活上や治療上の不自由が出たら、再び援助が入る必要性も話して、様子を見るべきです。

Q心配の方が多くなり、つい過剰に言ってしまいます。大学も1年休ませました。
A再発が多いのは、1人暮らしよりも高EE(Expressed Emotion:感情表出が高い)家族といいます。高EEは、全く無理解な言動が多い場合と、心配し過ぎ、巻き込まれ過ぎ(over-involvement)があり、日本では、お百度を踏んだり宗教に入れてあげたり、注意を与えすぎたり何もさせないなど、いろんな形があります。
個別性の高い話ですが、具体的には、本人が焦っても最初は抑え気味にしながら、家族がじっくりゆったりと受け止めていく事です。すると、この子にとっては何が大事なのか見えてくるでしょう。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 6月、1年で最も日が長い季節。朝4時で薄明るいし、夕方は7時頃まで明るい。しかし、太陽は雲に隠れて顔を見せない。憂鬱な日々がこれから1か月続くだろう。
 そんな空模様の下、日本の政治にまた衝撃が走った。なんと、自民党政策の偽作だ、後追いだと揶揄されながら、首相交代までが模倣?とは、笑うに笑えない。引き継ぐ内閣こそ任期を全うし、日本を立ち直らせてほしい。

 5月の講演会では、久しぶりの水野先生から精神科医療のおさらいをしていただいたような気がする。バスとタクシーの比較は分かりやすかった。
 個人的に最も共感したのは『病気で大切なことは、楽観的であれということです。「治るぞ!」「治そう!」と思い、医療に対しても薬に対しても信頼感を持ち、不安を持たないことです。』のクダリ。
 まず「楽観的であること」。これは、小生の最も得意とするところ。家族が深刻になり、頭を抱えていたら、ご本人さんはどうすればいいか。足を抱えるか。ま、そんな冗談を言える家族の雰囲気をつくることが大切だ。

 そして、「治る!」という確信を持つことだ。この発想なくして治療は始まらない。これまで精神科に「あきらめる」ことが一般化されてきた。ここで強く言いたい。もう、精神科は『完治』を目指すと。
 そして、薬を信じ、医療を信じよう。徒に参考書を読み耽り、薬から逃げ、伏せている時ではない。精神科医とのコラボレーションを図り、協働作業でご本人の回復を勝ち取る。これこそ精神科の包括的治療ではないか。