急性期の妄想や暴力と家族の対応

新宿区後援・新宿フレンズ10月講演会
講師 東邦大学医学部精神神経医学講座 辻野尚久先生

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 急性期の妄想や幻聴から起きる暴力に、家族がどう対応すればよいかについては、正答というものはなく、それぞれに工夫していく必要があると思われます。
 医師や看護師が普段どのように対応しているかをお話することで、皆さんのお役にたてばと思います。

【妄想・幻覚とは何か】
 まず妄想とは、異常な思考内容なのに確信を持ち、訂正不能なものを言います。たとえば話の内容がおかしくても、他人から指摘されて「そうか、間違っていたんだ」と、すぐに訂正できれば妄想とは言いません。
 つまり妄想は訂正できないことが特徴のひとつなので、それに対応していくには無理に説得し、訂正するのではなく、異なるアプローチが必要になってきます。
【攻撃性はなぜ起きる】
 どういったことから暴力に発展するか、注意すべきリスクファクター、つまり危険要因を挙げます。
 統合失調症の暴力・暴言は、幻覚・妄想が引き金になることがあります。妄想や命令性の幻聴が出てくると、当然、本人は怖いわけです。現実検討能力が低下しているので、知覚や思考の異常による幻覚妄想を事実と誤認し、恐怖からのがれようとして他者を攻撃してしまうことがあります。また統合失調症の症状のひとつに精神運動興奮といって、怒りっぽくなり、落ち着きがなくなって、じっとしていられない状態が起こることがあります。
 うつや躁うつといった気分障害の躁状態のときに攻撃性を持つことがあります。うつ状態でも出現することがあります。抗うつ薬の副作用によって攻撃性を増すことがあり、アクチベーション・シンドローム(Activation syndrome:賦活症候群)として知られています。

【暴力に陥りやすい状態とは】
 何かの刺激つまり何気ない一言などで暴力に陥りやすい状態とはどんな様子でしょうか。
 まず、落ち着きなく動揺・混乱している時、怒ったり、笑ったり、泣いたり、ものに当たったり、歩き回っているときは注意が必要です。ぶっきらぼうな会話や早口、大声で叫ぶ、乱暴な言葉で脅す、睨みつける、目を合わせて指を鳴らすなど威嚇する、拳に力を込めて何かを我慢している様子や普段と違って筋肉を緊張させているときも、攻撃性が高まっていると考えられます。

【暴力への対処のしかた】
 暴力を鎮めるには、本人を落ち着かせることが重要です。気持ちに共感し、信頼関係を作り、交渉による問題解決の方法を考えます。初めから攻撃的で興奮して暴れてしまうより、だんだんとエスカレートして暴力を振るうことが多いので、その前段階で鎮めていくことが重要です。
 当人の幻覚・妄想が活発でそれに振り回されているとき、入院を望まないのに強いられているときなどは、本人は恐怖が先に立って、家族や医師・看護師も自分にとって敵対者と思ってしまうことがあります。
 恐怖を持っていることを理解して、あくまでも助けに来たという姿勢を示すことです。もっとも緊迫した場面でこそ、当事者を尊重し、「あなたを助けたいのだ、守るよ」と言葉かけをし、守る態度を示すことが重要です。
 そして、本人の気持ちに配慮することが大切です。たとえば「人の声がいつも聞こえてくる」とか「みんなが自分を蹴落とそうとしている」と言われても妄想を経験していない人が同じ気持ちになるのは難しいでしょう。「馬鹿なことを何言ってんだ、そんなことがあるわけがない」では、本人の気持ちは鎮まりません。「24時間、声が聞こえていたら、それはわずらわしいね」「誰かにつきまとまれて襲われるのは怖いだろう、辛いね」と言葉通りに受け止め、想像して共感を持って答えることはできると思います。周りに1人でも理解してくれる人がいるという思いが、落ち着きにつながっていきます。本人のプライドを傷つけないことも大切です。

【暴力の段階に基づいたアプローチ】
 次に、段階的にどうすればよいかをみていきます。
まず、ディエスカレーションつまり鎮静化のための4つのSを覚えて下さい。
Safety 安全:自他ともに安全を保ってゆくこと。
Support 支持:寄り添ってあげること。
Structure 約束事の構築:興奮時には約束事を忘れています。例えば「お薬をきちんと呑むことを約束したよね」と約束を確認すること。
Symptom management 兆候の管理:深呼吸してみよう。そして気分転換の方法があればやってみましょう。
 普通の状態から、いきなり不安が増強してきたとき、このまま本人がどうなるのか、エスカレートしそうなのか、不安が起きたきっかけがあるのか、周囲に人がいることがどんな作用をしているのか。スタッフ・家族など関係の強い人が解決できるかなどを評価してゆくことが大切です。この段階で上手に介入できれば、暴力の予防につながります。

・第一段階で落ち着かせる方法
アイメッセージ:目を見て信頼していることを伝える。
相手の気持ちを表現:怒りで感情をコントロールできないときは、気持ちを言い換えてあげる。「このことが不安なんだよね」。
感情の反射:「いつもの〇〇さんじゃないみたいだよ」と気づかせる。
保証の反射:「よく話してくれたね」と相手を肯定する。
オープンな質問をする:「今日の天気をどう思う?」はオープンな質問で「はい。いいえ。」以外の答えが出てきます。「今日の天気は快か不快かどっち?」はクローズドの質問です。
名前を呼ぶ:「あなた」に注目していることを知らせるためです。病院では沢山患者さんがいるので特に必要です。
リラクセーションさせる:「ひと休みしようか」「座ってお茶を飲もう」など、気分転換でリラックスさせます。
意図的無視:これは全部に当てはまるわけでないのですが、わざと興奮し、甘えているとみなされるときは無視する。注目されたがっている場合も同じです。
 してはいけないことは、なぜ?と尋ねる、Yes or No?を答えさせようとする、複雑な質問をする、脅威を与えるような態度をとる、これらは怒りを引き起こします。

・第2段階に進んだ場合の対応
 まず、この暴力をふるい始める段階に移行しているかどうかが問題です。この段階になると制止できないこともあります。対応としては危ないものを遠ざける、助けになる人が要るかどうか判断する、階段など危険のない別の場所に移動すべきか、暴力に発展したら助け手が必要かも考える必要があります。

【暴力が収まったら】
 暴力が収まると回復したように見えますが、実は完全に収まってはない場合も多く、ちょっとしたことでまた攻撃的になるので、不用意に刺激しないよう、より落ち着くまで安全に見守るべきです。
 するべきでないのは「さっきの話」をぶり返す言動です。「なぜあんなことをしたの?」など尋ねたり、懲罰的なことを言ったり、複雑な話を言ったりする。これらを収まってゆく段階でしてしまうと、再び攻撃的になる可能性を増やしてしまいます。
 人間には心のアキレス腱つまりここが傷つけられると攻撃的になり、怒りにつながるという所があります。たとえば本人がこだわっているものを否定されてしまうとプライドが傷つけられることもあります。あるいは仲間はずれにされたり、いじめられたりすることで被害者意識が芽生え、攻撃的になることがあります。その人を尊重する態度で対応することが、暴力を防ぐことになるのです。
                               -了-

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

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新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

  不思議な天候が続いている。昨日は夏、今日は冬と、秋の出番がない。そんな天候下で災難から一気に救いの手が伸び、幸せの顔になったのがコピアポ鉱山、つまりチリ落盤事故である。

 33名の作業員達が閉じ込められたのは地下634mの坑道内であった。事故後姿をくらました鉱山オーナーは「私たちにとって最も重要な事は、労働者とその家族だ」と述べているが、鉱山事故から家族の問題になった象徴といえよう。そして、ここで改めて見せてもらったのが家族愛の姿ではなかったか。

 救出の際、運び出される作業員に駆け寄る妻や子の姿は「家族の絆」をまざまざと感じさせてくれた。しかし、チリ落盤事故が無ければこうした光景はなく、作業員たちは一日の坑内の仕事を終えて、自宅に帰り、ビールを飲んで休むということであろう。つまり、こうした事故や事件と遭遇した時に、我々は改めて「家族の絆」というものを意識する。

 翻って、我々の抱える問題・精神科においても同じようなことが言えまいか。これまで全く問題のなかった子が突然変なことを言い出したり、乱暴になったり、暴言を吐いたりする。このような事態に至ったとき、我々の「家族の絆」が試されるような気がする。

今月の辻野先生の最後の言葉「その人を尊重する態度で対応することが、暴力を防ぐことになるのです。」・・・当事者の暴力は自己防衛や生活環境の改善という意味からの要求かも知れない。親と子の信頼関係が成就した時に、チリ落盤事故の「家族の絆」が築けるのではないか。それは私たち精神障害者家族に与えられた天賦と解釈したい。