子どもの心の病気~早期治療を考える~

新宿区後援・新宿フレンズ1月講演会
講師:横浜カメリアホスピタル院長(精神科医)宮田雄吾先生

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【児童思春期患者とは】

 私は昨年まで10年ほど長崎県大村市という人口9万人の町にある大村共立病院で児童思春期を担当していました。単科精神科病院で、以前は198床全てが慢性期の入院病棟、長崎県で2番目に平均入院日数の長い病院でした。平成13年に建て替えた機会に、退院促進を行い、病棟再編成が行われました。現在療養病棟88床、急性期治療病棟50床、児童思春期ストレスケア病棟は60床(うち36床が児童思春期ユニット)です。

 現在行っている作業療法プログラムは、病棟作業療法、デイケア、デイナイトケア、週2回の思春期デイケア、週3回の職場復帰を目指すうつ病のためのショートデイケア、月1回アスペルガー(発達障害)のデイケアです。

 集団療法は、アルコール依存症、セルフカッターズ倶楽部、摂食障害、人付き合いや親子関係がうまく行かない人たちのアダルトチルドレン思春期版と成人版を行っています。

 家族教室もあって、統合失調症家族教室、うつ病家族教室、アスペルガー親の会があります。また親子合同プログラムの「おやおやこ」では、リストカットや発達障害、摂食障害、社交不安障害の講義が行われています。

 児童思春期(20歳未満)の入院患者は、平成13~20年までで延べ834名、男性222名、女性612名。12歳まで9%、13~15歳32%、16~19歳59%です。小学生年齢は男児の比率が8%(平成13年)→41%(20年)と増加しました。女児は6→8%と変りません。

【治療施設の子どもたち】

 子どもの精神科医療では ?統合失調症圏 ?リストカット・不登校など行動上の問題 ?発達障害 ?虐待を含めたトラウマ治療が4本柱になります。

 そのうち虐待された子どもの児童福祉を担っている施設に児童福祉法に基づく情緒障害児短期治療施設があります。いま全国に37ヵ所あり、九州には4ヵ所、東京にはなく、横浜は1ヵ所です。

 発達障害のある子が42%、そのうち広汎性発達障害圏が26%。二次障害を発症している子が多く、集団形成が困難な場合も多いです。また入所後、統合失調症を発病する場合がしばしばあります。

 知的障害児は対象ではないのですが、境界知能の子は多く、身の回りの事は出来ても抽象的なことを理解できなかったり、マイナスがついた掛け算になると、もう理解できない児童も多いです。反社会的行為が著しい子は入所不可となっていますが、この施設ができてから3回放火されています。

 また精神病圏は対象外となっています。ちなみにこれは非常に問題で、被虐待の子どもが統合失調症を発症した場合、児童福祉施設には受け入れる場所がない。そのため、必要がないのに精神科の病院にずっと入院させておくしかないという状況も起こります。

【精神疾患の調査から】

 2002~5年に6県でなされた調査(「心の健康についての疫学調査」世界精神保健日本調査 主任研究者・川上憲人)では、何らかの精神障害に一度はかかったことのある人の割合は17%となっています。一般の人は、そんなに多いのかと思ったかもしれません。

 平成21年度中における自殺の概要資料(警察庁)では、「19歳以下の自殺者565人」となっています。大人全体では約3万人で、健康問題1万5000人のうち、うつが最も多く約7000人です。

子どもの自殺の原因・動機(1人最大3つまで計上)のデータをみると、

・健康問題 173人(精神疾患154人のうち、うつ病82人、統合失調症26人、その他46人)

・学校問題 155人(進路43人、学業不振34人、学友との不和28人、いじめ7人)

・家庭問題 84人(親子関係の不和33人、家族のしつけ・叱責22人)

 本人や家族に精神疾患の知識がなくて偏見を持っていると、問題が起きます。

1)病気を隠しがちになり、孤独感が増える。

2)病気の状態が理解できず、不安が増える。

3)自分の気持ちの持ち方が悪いからだと考え、落ち込む。

4)治療開始が遅れ、病気がこじれる。結果として社会適応が悪くなる。

 早期介入をすれば発症を完全に止められるわけではありませんが、治療が遅れるほど病気はこじれてしまいます。そして思春期は、特にその影響を大きく受けます。

【未治療期間をなくすために】

 残念ながら、発症予防の方法はまだ解明されていません。私も発症の可能性があると見て必死でいろいろな予防対策をしても発症してしまったケースを体験しています。ただし、予防というのは発症をくい止めることだけではないのです。

 ハイリスク群の早期発見ができることで、発症した場合は、未治療期間(Duration of Untreated Psychosis:DUP)の短縮ができます。早期支援で発症の回避が出来る場合もあるかもしれませんし、発症後の早期治療で重症化を防ぐことも出来るでしょう。早期介入とは、本来、医療においては特別なものではないのです。

・未治療期間が長いと

1.統合失調症の場合、脳に影響を及ぼしますが、その脳の構造変化は、病初期の数年間(=治療臨界期、5年ほどとされる)に集中的に生じる。

 この時期に適切な薬物療法を実施すると進行性の脳構造変化を予防できます。

2.発症時期が思春期~青年期に重なる。

 そのため心理社会的な発達が阻害されてしまいます。

3.臨界期の間に、最も自傷や自殺、触法行為等の様々な問題が生じやすい。

 ことに男性の初め5年間は自殺の危険性が高いと言われます。

 以下のことは学校の先生に良く話すのですが、親としても心がけられると良いと思います。

・精神疾患の早期発見のために大切な心構え

1)「子どもに対する「日常的な」観察と言葉がけ。

 観察と言っても、隅から隅まで見るということではありません。放りっぱなしにはせず、常識的な観察をすることです。

2)発病は「学校への不適応」つまり「不登校」として発現することが多い。

 不登校はイコール病気ではありませんが、不登校の子どものなかに、多くの精神疾患の子どもがいるのも事実です。

3)心の病気の代表的な疾患について、ごく基本的な知識を得ること。

 私たちが大村市や諫早市などで全中学生に配ったパンフレットを、医療法人カメリアのHPからダウンロードできます。家族向けと本人向けと学校向けのそれぞれを作って配りました。また絵本を作って、長崎県内のすべての小中学校に配りました。

4)疑うことも必要。

 知識があってもそれだけでは早期発見・早期介入は意外と難しい。「そんなはずはない」とつい考えたくなることに注意すべきです。

5)疑いが起きたら、経験のある人、可能なら精神科医などの専門家に相談。

保健センターなど公的機関の「心の病気」相談日を聞いて相談しても良いでしょう。

6)早めの「まだ何とかなるかも」のタイミングでの受診を心がける。

 本人も、「このまま放っておいても何とかなるだろう」と思っているので、なかなか難しいのですが…。

7)教師の「なんか他の子と違う」「人が変ったようだ」という感覚は、ほとんどが正しい。

8)精神疾患の初期症状に「正しい診断」をつけるのは、専門家でも時間をかけないと無理なことが多い。

【臨床からみた早期介入】

1.抗精神病薬の使用について

 抗精神病薬の服用が、発症予防に有効かどうかはまだ不明ですが、発症する前から服薬していれば発病後に大崩れはしないでしょう。不眠、自傷行動、易刺激性、要素性幻聴(音や声が単に聞こえるもので、不安や恐怖は伴わない)などの軽減は認められます。

2.認知行動療法は有効か?

 赤字でもつぶれない行政から補助のある病院か、新患を診ない医師以外は、再診は短時間しか無理になります。だから臨床心理士が行うのが現実的と思います。

3.作業療法は有効

 一時的に学校から離れたりしたときは、社会的な体験の機会が非常に減ります。集団の中で何をするか、人の中でどうふるまうかを学ぶ場はとても大切ですから、積極的に導入すべきです。たとえばリストカットをするような子が、自分の気持ちを他の方法で整理することを作業療法の中で学ぶこともできます。

4.ケースワークは何より有効

 薬とカウンセリング、どちらも大切ですが、話はとても上手いが薬の投与が下手な医者よりも、話し下手でも薬の処方が的確な医者がいいに決まっています。

 そしてその2つよりも大切なのはケースワークです。薬をのもうが話をしようが、環境が戦場のようなところだと病気は良くなりません。その人がいかに心穏やかに過ごせるか、穏やかな環境づくりがもっとも大切なことで、その上で薬をちゃんとのむことです。

5.臨床で大切なのは困っている子どもや親の支援

 支援と問題の解決、せめて軽減することです。病名のレッテル張りではありません。大切なのはARMS(発症危険精神状態)だろうがPLEs(精神病様症状体験)だろうが、苦痛を伴っているなら、社会生活に影響が出ているなら、軽くなるように介入するという当たり前の姿勢が大切なのです。

【医療と学校や家族の連携の実現のために】

 精神科医側に必要な姿勢は、精神疾患の知識をわかりやすい言葉で伝えていくことと、精神科医も子どもを見守る社会の一員であると自覚し、日頃から地域に顔を見せていくことです。そして、苦しんでいる子どもや家族、困惑している学校のニーズに応じる姿勢が必要です。

 また、家族や学校の立場を尊重して、勇気づけること、教師や家族の悪口を言わない、すぐに動けなくても責めないことです。「教育の専門家」である教師と、「医療の専門家」である精神科医が、互いにバックアップされていると意識することも必要でしょう。

 学校へ働きかける場合は、まず、教師に精神疾患を自分の問題としてとらえてもらう必要があります。公立学校における教職員の病気休職は、平成19年度の文科省の調べでは、8,069人(前年度比414人増)のうち、精神性疾患によるものが4,995人(前年度比320人増)で、平成8年36.5%から、61.9%と、精神性疾患による病気休職者の割合は過去10年間、増加傾向にあります。ですから先生が、自分たちの問題として意識する必要があります。

 ところが、精神疾患のことを学校の先生は意外に知りません。知らないと怖くて、親にも子どもにも話せません。私は長崎県では、教師へのメンタルヘルス教育をしてきましたが、そのなかではストレス対処法だけではなく、精神疾患について知ることも大切であることを、データなどから示すことに勤めました。

 また、子ども自身に精神疾患の知識を教育しておくことが望ましいことを先生に伝える必要があります。それは、「子ども本人」の早期発見につながりますし、「友人」の発病を見いだすことにもなります。子どもは、親にも先生にも相談せず友達に相談するからです。

 そして、これらの教育はなるべく早く、子ども皆が元気なうちが望ましいのです。それはすでに発病した友人へのいじめや偏見などの二次被害を与えないためです。

 心の病気の教育は、教師は精神疾患の専門家ではないのですから、精神科医が手伝うことが必要です。また絵本など教育のための平易な教材をと『こころの病気がわかる絵本シリーズ』(全5巻・情報センター出版)を作りました。

 また、精神疾患の知識だけでなく、医療へのアクセスの仕方などの周辺情報を伝えることが、発症したらどうしたらいいか、不安を取り除くことにも繋がります。

 そして、連携しやすい治療制度の整備が求められています。多忙な医師や教師だけで連携を進めるには限界がありますから、ソーシャルワーカーなどの整備が必要でしょう。アウトリーチも実現しなくてはなりません。それには、学校対応に対する医療経済的な裏付けも必要になってくるので、ご家族の皆さんからも声をあげていって下さい。

 なお、ご自分のお子さんが心配な時、『うちの子にかぎって!?』(学研)という本を、漫画家の中村ユキさんと共著で出版しましたので、参考にしてください。
(会場より)チャレンジスクールは東京に6校、子どもの行っている学校は1クラス15                                   -了-

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

東京に雪が降った。日本海側では豪雪の知らせが毎日届く中、関東圏では一瞬の潤いとなったか。

 1月の宮田先生のお話はタイトルを変えた方が良かったかもしれない。「子供の・・」としたことで参加を躊躇された方もいたのではないだろうか。つまり、お話は精神疾患の初期段階における注意と治療のヒント集とでもいうべきものだった。
 息子との十七年間この病気と付き合って来ているが、お話の内容は新鮮であった。精神科医への掛かり方から、教育の場まで、まさに実践を元にした内容には説得力がある。

 「若い頃の発症は自立生活構築の時で、治療が遅れると生活力がつかない」といったこともズボシである。知識はインターネットや本などで何とかなる。しかし、生きていくためには生活力がどう培われるかが問われる。
 私は息子に十年のハンデを与えている。三十七歳の彼は二十七歳の人として付き合っている。彼は時々嘆く。「早く働いて、結婚もして」と。私は「焦るなよ、まだ二十七なんだから」と無理して?窘めている。

 「生活の安定を図ること自体が心のケアとして機能する」ことも実感の一つだ。それはお金の問題として裏付けられる。息子が障害者年金を貰う、貰わないの段階で、精神障害者のレッテル付けになる、というのが彼の貰わない理由であった。しかし、小遣いの少なさから、貰うに転向し、受給者となった。以降、彼の回復は日一日と進んだ。そして、私が彼に常に言っていることは「今は年金を受けていても、後で税金で国に返しなさい」と。
 宮田先生は「現実生活の安定」を一番に言いたいこととしていた。同感である。