うつ病・躁うつ病の治療と対応

新宿区後援・新宿フレンズ12月講演会
講師 東邦大学医学部精神神経医学講座 辻野尚久先生

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【病名の変化】

 うつ病の記録は、大変古くからあります。紀元前4、5世紀のギリシャの医学の祖と称されるヒポクラテスが、うつ病を黒(melas)胆汁(khol?)の悪い作用により、気分が落ち込んでメランコリーが引き起こされると記しています。もちろん胆汁が黒くなるという説は現在では否定されていますが、医学が発達していない時代に、うつ病という病気を指摘したことは非常に優れていると思います。

【うつ病の症状とは】

 抑うつ気分:憂うつ・希望がない・寂しいなど様々の言葉で表現します。表情・口調・涙もろさなど、他人が見ても、暗く沈んだ表情やうつむきがちで、抑うつ気分だと分かります。

 興味・関心や楽しさの欠如:趣味・娯楽など、かつての楽しんだことに興味がもてず、新聞・テレビにも興味が薄れ、仕事や学業にも関心が乏しくなります。

 体重・食欲の変化:多くは食欲の低下が生じ、「あれを食べたい」「おいしそう」という気持ちが出てこないので、体重減少に至ることがあります。まれに食欲が亢進して、一種のやけ食いで体重が増加することもあります。

 睡眠の変化:不眠を訴えます。寝付けない入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒のいずれも起こり得ます。逆に眠ってもすっきりせず長時間眠ってしまう場合があり、熟眠欠如で昼間もウトウトすることもあります。

 無価値感・自責感:自分自身への評価が極端に否定的となり、「役立たずで皆に申し訳ない」といった自分を責める考えが起きやすい。

 自殺念慮・自殺企図:「自分などこの世にいない方がよい」「迷惑をかけて申し訳ない」「消えてなくなりたい」など思い込んでしまい、実際に自殺を図る場合もあります。

 疲労感・気力減退:疲れやすい、やる気がない、気力が湧かない、お風呂さえおっくうで入れなくなることもあります。ここで「頑張れ」というのは、脚を骨折している人に「歩け」と強いているようなものです。

 思考力や集中力の減退・決断困難:考えが円滑に進まない、注意を集中できない、本を読んでいても字面だけ追っていて頭に入ってこない、迷いが出て何も決められない状態になります。こういうときは「無理に決断しないで下さい。よくなってから考えて下さい」と言います。冷静な判断能力の減退で、決定は難しい状態です。

 精神運動性の焦燥もしくは抑制:この項目だけが他者の観察により判断され、本人の主観に基づく症状ではありません。精神運動性の焦燥とは、内的緊張と連動した活動性の亢進、たとえば足踏みを頻繁にする、手をよじるなどです。

 同じく抑制とは、周囲から見て動きが減り、会話も少なくなった状態です。抑制症状が強まると、うつ病性昏迷に陥り、外部からの刺激にも反応を示さず、しゃべらず、ひたすら臥床したままになることもあります。

 その他の症状:大うつ病エピソードの診断基準には取り入れられていませんが、不安は多くの大うつ病性障害患者が示す症状です。また性欲減退・身体の痛み・発汗・便秘などの自律神経症状を伴うこともあります。こういった症状から内科を受診する人も多いのです。

 あまりにひどいうつ状態の場合は、薬が飲めず、食事も食べられず、自殺企図があるなど命に関わることがあり、電気けいれん療法が必要になることもあります。

【大うつ病性障害の対応】

 大うつ病性障害についての治療と経過には5つのRが大切と言われております。

1.Response 反応:急性期に薬に反応して、よくなってくることをいいます。

2.Relapse 再燃:回復する前に悪い状態に戻ることです。

3.Remission 寛解:症状がなくなる状態。治療目標としてこの状態まで改善させることが第1目標です。この状態に至るまで改善しないと、再燃しやすいと言われております。

4.Recovery 回復:寛解した状態が4~9ヵ月継続した状態を言います。

5.Recurrence 再発:回復後、何かの理由で再び病状が現れることを言います。

【うつ病の病態仮説と抗うつ薬の変遷】

 うつ病はセロトニン不足などが原因の1つとして考えられており、ノルアドレナリン・セロトニンそれぞれの欠乏時の症状の特徴として以下のようなものが挙げられていますが、これらだけでうつ病のすべてを説明できるわけでもありません。

 ノルアドレナリン欠乏症候群は、注意力の低下、集中困難、ワーキングメモリーの障害、情報処理速度の障害、抑うつ気分、精神運動抑制、倦怠感などを引き起こします。

 セロトニン欠乏症候群は、抑うつ気分、不安、パニック、恐怖症、強迫観念と強迫行動、食物への渇望・過食を引き起こすといわれています。

 抗うつ薬は初め、三環系構造の薬からスタートしました。イミドール・アナフラニール・アモキサンなどです。これらはアセチルコリンの作用を妨げる抗コリン作用があり、便秘・口渇・尿閉などの副作用があります。

 そこで開発されたのがSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬:デプロメール、ルボックス、パキシル、ジェイゾロフト)や、SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬:トレドミン)など抗コリン作用の少ないといわれる薬です。

【躁病相の症状とは】

 躁病エピソードの基本的特徴は、気分が高揚する、開放的になる、或いは怒りっぽくなる、といった状態の程度が異常に強く、さらに1週間以上続きます。

 過度の自尊心あるいは誇大的思考:自己評価が高まり、思考も誇大的な考えにつながります。その結果、自己の能力を過信して、「自分は何でも発明できる」など、実現不可能の計画を立て、時に妄想を呈するようになります。

 睡眠欲求の減退:睡眠時間が短すぎる状態であっても、すっきりした気分で目覚め、本人は睡眠が不足していると思いません。うつ病のときと違って、本人は時間がもったいない、眠る時間ももったいないと思ってしまいます。

 普段より多弁で話したい気持ちが強い:話したい気持ちが次から次へ生じ、声は大きく、早口で周囲が口を挟むのも難しい。内容も駄洒落・悪ふざけの類が多い。この次々話す状態を会話心迫といいます。怒りやすい気分が強い(易怒的)と会話も不平不満・批判が主となります。

【双極性障害の治療】

 双極性障害は再発率が高く、慢性の経過を経ることが多いので、治療の原則は、各病相への対応でなく、つまりうつのときは抗うつ薬という考え方ではなく、経過を重視した治療を行います。

 また、本人に対し、再発の可能性が高いこと、経過を考慮した治療が必要であること、自殺の危険率が高く注意を要すること、睡眠不足をきっかけとした躁転の危険性があり、睡眠リズムを崩さないことが大事であると説明する必要があります。 

 本人は躁状態が快適に感じられるので、気分が高揚している躁状態を本来の自分のあるべき姿と考えがちで、うつ病相での治療目標が高くなりすぎる点は注意を要します。 

 双極性障害の薬には、躁でもうつでも気分安定薬が推奨されています。今、日本で双極性障害の保険適用薬として認可が下りているのは4つで、気分安定薬の炭酸リチウム(リーマス)、カルバマゼピン(テグレトール:抗てんかん薬)、パルブロ酸(デパケン:抗てんかん薬)、非定型抗精神病薬のオランザピン(ジプレキサ:統合失調症の薬)です。

 クエチアピン(セロクエル)や抗てんかん薬のラモトリギン(ラミクタール)も双極性障害の特にうつに効果があるといわれていますが、保険適用外となっています。

【質疑応答】

 双極性障害の原因は何でしょうか。

 うつ病はモノアミン仮説などいくつかの原因とされる学説がありますが、双極性障害はうつ病ほどは原因がまだはっきり分かっていません。薬も気分安定薬を先程あげましたが、抗うつ薬ほど作用機序も明確ではないのが実情です。

 躁状態のあとは、必ずうつ状態になるものですか。

A 必ずというわけではありませんが、躁状態が長く続くことは少なく、終わるとうつになる人が多いです。薬を使って躁状態を良くすることが、うつ状態を良くすること、うつ状態を起こさないことにつながります。

 病気が長引いてきたとき、主治医に「まだ良くなってはいません」といわれても、ただそうなのかと従い続けているしかないのでしょうか。何か客観的な指標はないのでしょうか。

 病気が長引いた場合、診断をやり直すことが必要かもしれません。うつ病か、双極性障害か、その?型か?型かを確かめ、薬を充分に使ったか、ちゃんと服用しているかを見返します。そしてあらためて、適正な薬の量を使ってみます。

客観的な指標として「ハミルトンうつ病評価スケール」などがあります。それによればある程度、寛解かどうかを客観化できると思います。評価は主観的と客観的と両方で行い、医師の主観のみで行うものではありません。

Q 昼夜逆転が続いています。規則正しい生活のコツ、ことに夜更かしをしたあと、それを戻すにはどうすればよいでしょう。

 睡眠がまず最も重要で、どこかでリズムを戻すことが必要になってきます。早寝早起きとよくいいますが、まず早く起きることが、早く寝ることにつながります。何も予定はなくても、朝は決まった時間に起きることが大切です。

また、昼間は我慢してなるべく眠らないようにしましょう。

Q 過眠の治療はどうしたらよいですか。薬の副作用でしょうか。

 うつ病相は過眠も症状としてあります。その場合はうつ病相への治療が必要で、薬を調整して増やす方向になります。逆に薬の副作用で眠くなっているなら薬を減らすことになります。

従って私が経過を見ずに簡単には申し上げられませんので、お薬の増減をふくめて主治医の先生と慎重に相談して下さい。

Q 統合失調症で初めて入院し、2年1ヵ月も経過しましたが、「固まってしまう」病状があり、退院できません。

「固まってしまう」とは動かなくなってしまうということでしょうか。薬の副作用で出てくることがあります。もしそうなら、主治医と相談して薬の調整をしてもらう必要があると思います。固まってしまう症状が強いと、退院準備をしようとしても中々できません。

 進学を目指しているが日常は外出がままなりません。このまま進学を勧めてよいでしょうか。

 まず日常生活、1人での外出を試みてみてはどうでしょうか。進学の気持ちを持ち続けることは必要としても、入学できても通学もままならないでしょう。外出ができるというステップを目標にしてみてはいかがかと思います。

 副作用が強いので薬を変えてもらおうと頼んだら、良い顔をしてもらえませんでした。セカンドオピニオンはどうでしょうか。

 副作用の辛さを主治医に話して、病状と薬の主作用・副作用の判断をしてもらって下さい。

薬については、昔は医師の言われたとおりに薬をのむことが第一で、コンプライアンス=服薬遵守と言っていました。今はアドヒアランスといって、自分自身の医療に自分で責任を持って治療・服薬を守る、つまり服薬遵守といっても副作用などで飲みたくない理由があるかもしれないので、本人の満足度を尊重しながら、一方通行でない服薬を勧めることが基本とされています。

 セカンドオピニオンは、違う視点から診療をするというもので、治療法・検査法の選択肢が増えます。私は他で診療を受けたい人には、なるべく本人の意思を尊重しております。

むろん程度問題で、あまりコロコロと病院・医師を変えるのは好ましくありません。ことに心の病気は、ある程度長い期間を診るのが望ましいと思います。ただ、1回行ったら、ずっとその医師にかからねばならないことはありません。また、セカンドオピニオンでも、紹介状はある方が望ましいです。

                             -了-

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

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新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 新年が始まった。だれしも最初の一週間はカレンダーを新しくし、ある人は日記を付け始めるかもしれない。しかし、それが二週間、三週間と経つうち、新年の新鮮さが失われ、気がつけば来年の年賀状を書く季節となっているというのが相場のようだ。

さて、今号では辻野先生の「うつ病・躁うつ病」についての話題であった。かつてより、そう・うつ病と統合失調症との違いについての講演テーマ要請が常にあった。しかし、それに明確に答えられる講師はいなかった。

確かに、辻野先生の話をうかがっていると、統合失調症の話題かと思われるほど症状が似ているところがある。例えば、冒頭の「うつ症状とは」のところで紹介されている症状は統合失調症と言われている人の症状とほとんど同じである。興味、関心、楽しさの欠如、体重も太り気味だ。統合失調症の息子にも睡眠が取れない時期があったし、自殺企図もあった。

さらに「躁病相の症状」については大小の違いはあれ、私の場合と酷似している。過度の自尊心あるいは誇大的思考、睡眠欲求の減退、特にアルコールが入った場合など、普段より多弁で話したい気持ちが強い、などは良く知人から指摘を受けている。

要するに、精神の病気とはまだまだ闇の中と言ってもいい状況なのか、という懸念も起きるが、辻野先生のお話は理路整然と分かりやすくまとめてくれた。特に質疑応答では薬を変えたいという質問に対し、昔はコンプライアンス=服薬遵守、今はアドヒアランス、自分自身の医療に自分で責任を持って治療・服薬を守る、という答えは我々素人に分かりやすい説明であったし、これからの精神科医療の基準だろう。