不安障害(強迫性障害・パニック障害など)と、その治療

新宿区後援・新宿フレンズ10月講演会
講師 慶應義塾大学医学部精神神経科学教室 新村秀人先生

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 本日は、不安障害、その中でも特に、パニック障害や強迫性障害を中心にお話しますが、ご家族に悩まれている方いらっしゃるでしょうか(3分の1近く挙手)。

【「不安」は危険を避ける能力

 不安障害は、従来「ノイローゼ」「神経症」(強迫神経症、不安神経症、心臓神経症)と言われていました。対人恐怖症、パニック障害、強迫性障害などを含む「心因性」と呼ばれる疾患のグループに当たり、「内因性」の統合失調症、うつ病、躁うつ病などとは異なるグループです。

 一生のうちに不安障害にかかる割合つまり生涯有病率は欧米の調査では15%。つまり100人いれば15人くらいは、この不安障害にかかることがある。内訳は、パニック障害2~3%、全般性不安障害5%、広場恐怖3~5%、社会恐怖3~10%、強迫性障害1~3%とされています。

 「不安」とは何か。人間が動物として自然界で生き抜くには、危険を察知して避ける必要があります。そのメカニズムとして、不安は発達してきたのではないかと言われます。熊やオオカミなどの肉食動物が近付いたときに感じる危険、崖の崩落や地震、火山の噴火など危ない目に遭うと、そこから逃げるために不安は起こるのです。

【不安障害とは】

 ところが、危険でもないのに不安が出てくる場合は、病的です。身の危険を感じると起きるのは、合理的な不安です。脅威が去れば不安も収まります。それに対して、原因が解決しても不安な気持ちがなくならないのは困ります。不安を感じる合理的な現実の理由がないのに、強い不安が繰り返し起きるのは病的な不安といい、現実的な不安と区別します。これらの症状を、精神分析の創始者フロイト(1856-1939年)は神経症的不安と呼びました。

【不安と恐怖の違い】

 不安と恐怖は、似ていると思うかもしれませんが、精神医学では区別します。

 恐怖:恐れの対象がハッキリしていて「何々が怖い」と言うことができます。それが病的になった場合が恐怖症です。通常は危険でないような状況・対象によって、強い恐怖が引き起こされる状態です。

 不安:「何が不安?」と聞いてもハッキリせず、不安の対象が漠然としています。この漠然とした恐れの感情が、特定の状況によらずに出現するものがパニック障害や全般的不安障害です。

【恐怖症】

・特定の恐怖症

高所恐怖:

閉所恐怖:

広場恐怖: 

外出恐怖:

社会恐怖(社交恐怖、社会不安障害):

赤面恐怖:

視線恐怖:

【さまざまな不安障害】

・パニック障害
 動悸、息切れ、めまい感、発汗、震え、吐気などの自律神経症状が発作的に激しく出ます。そして体の反応だけでなく、「こんなにドキドキして息ができないので自分は死ぬのではないか」と思う、死への恐怖も伴うことがあります。

・全般性不安障害

 特殊な状況に限定されない不安、全般的で持続的な不安、漠然とした色々なこと、家族、人間関係、仕事、学校、金銭問題、健康などに対する不安で、身の周りに起こっていること全てが心配の種になります。

・強迫性障害

 「強迫」は「強く迫る」と書きます。「分かっているけどやめられない」のが特徴です。一度考えてしまったら、それを頭からなかなか振り払うことができません。

強迫観念:自分でもバカバカしいと思う考えが、考えまいとしても意志に反して浮かんできて、どうにもならない状態です。

強迫行為:バカバカしいと思っても、ある行為をしないではおれない状態を言います。不潔恐怖があり、洗面所にこもって何十回も手を洗う。手が痛んで荒れても洗う。歯磨きを何時間もして血が出ても続ける。本人も止めたいのに止められなくて苦しいのです。

 強迫症状は、統合失調症や頭部外傷などでも出ることがありますが、強迫症状のみ出ている時に強迫性障害と診断されます。

【薬物治療】

 精神科での不安障害の治療には、薬物療法と精神療法がありますが、基本的には両方を併用していきます。薬を飲めばすぐに治るといった簡単なことではなく、その人の不安やストレス、人生上の悩みをいかに解決していくかが大事です。その点をきちんと扱った上での薬物療法となります。

抗うつ薬:SSRI (選択的セロトニン再取り込み阻害薬)では、パキシル、ルボックス、ジェイゾロフトなど、三環系ではアナフラニールなどが用いられ、効果があります。しかし、抗うつ薬は効果が出てくるのに数週間かかり、遅いのが難点です。

抗不安薬:ソラナックス、デパス、ワイパックス、メイラックスなどです。早く効くのですが、その場限りの作用です。抗うつ薬と併用し、頓服としても使います。

抗精神病薬:リスパダール、ジプレキサ、セロクエルなどは、もともと統合失調症の治療薬ですが、最近、うつ病、躁うつ病や強迫性障害など様々な病気にも使われるようになりました。強迫症状のこだわりを取る効果があるとされます。こだわりが強くてなかなか考え方を修正できないような場合に使うことがあります。

【精神療法の基本】

 薬や物理的な治療でなく、人と人とのかかわりで治す方法を精神療法といいます。1対1の診察やカウンセリング、複数で行うSST(社会技能訓練)や集団療法などがあります。基本となる支持的精神療法は、精神科では通常どこでも行っています。

支持的精神療法

・親との関係で、本当は愛されたいのに反発してしまう、子どもの頃につらい経験をしたので大人になってもうまく行かない等の葛藤が強い問題には深く立ち入らないことを原則とします。

・患者の長所を支持しながら、自我機能を強化し、本来の適応能力を回復させる。本来持っている考える力や行動する力を強化して、周りとうまくやっていけるようにします。

・基本的には困りごとの相談に乗るということです。今困っていることは何か、本当はどうしたいけどどういう風にできていないのか。生活の様子を聞きながら、患者が直面している現実的な問題を解決できるように導いていきます。

通常は服薬プラス支持的精神療法をします。それでもうまく行かない時、認知行動療法や、森田療法などの専門的な治療も考えます。

【認知行動療法とは】

 認知とは「状況や物事をどうとらえるか」で、「その認知によって人の感情は影響を受ける」という理解のもとに行うのが認知行動療法です。患者さんと治療者が1対1で、1~2週に1回の間隔で面接をし、生活の問題点を聴き、生活の記録をつけてもらい、その考え方の内容に対し、「こういう考え方もできますね」と幅を広げ、修正していきます。

・物事の見方と行動を直す

 例えば、気分が沈む、何で沈んだか。「廊下でAさんに挨拶したけど、返してくれなかった。Aさんは私が嫌いなのかも」と理解しています。それに対してどう介入するか、「それはAさんが急いでいたからではないか」「体調が悪かったのではないか」など、もう少し違う見方ができないか、一緒に考えて修正していく。その人の物事の受け止め方の幅を広げることによって、気分を改善します。

リラクセーション法:不安が高まったとき、パニックや過呼吸にならないように、リラックスの仕方、呼吸法、筋弛緩法などを訓練して身に付けます。心が緊張すると体も緊張して硬くなるので、自覚的に体の力を抜いて緊張を緩めます。体が緩めば心も緩み、強い不安になりにくいのです。

認知再構築:不安障害に見られる「危険に関する誤った認識」や回避行動のもとになっている「考え方のくせ(認知のかたより)」に気付き、修正していくことによって心の状態を変えていく方法です。例えば危険に関する誤った認識、不安に思わなくていいところで不安に思うことについて、どういう時にどんな危険を感じ、どう考えるかを治療者と一緒に書き出していって、他の考え方はないかを問います。

【森田療法とは】

 認知行動療法よりも古く、戦前の森田正馬(1874-1938年)の発案です。昔は入院治療で行っていたのですが、今ではクリニックや病院の外来で行われることが多くなりました。

・目の前のなすべきことをする

 森田療法は認知行動療法とは違って、症状を軽減することを目標としません。まず目前のなすべきこと、例えば、主婦なら家事、会社員なら仕事、学生なら勉強やクラブ活動、つまり目の前の床を拭く、この書類を書く、この文章の英訳をする等々、なすべきことに手を付けていくよう指導します。

 森田療法の考え方は、そもそも不安障害になる人は、「人に好かれたい」「健康な体でありたい」といった気持ちが強く、その思いが強ければ強いほど、「嫌われたらどうしよう」「悪い病気にかかっていたらどうしよう」との不安が強くなる。「嫌われたら…」と思うのは人に好かれたいから、つまり不安は、より良く生きようという健康な欲求、「生の欲望」と表裏一体で、自然な感情と捉えます。

・結果として悪循環を打破する

 パニック発作の悪循環:例えば、体調が悪い時、二日酔い、寝不足などの場合、満員電車や人混みの中で気持ちが悪くなることはあると思います。普通は「昨日寝てないからかな」「風邪を引いたのかな」と考える。ところがパニック障害の人は、「また発作が起きるのではないか、この息苦しさは、発作の前兆ではないか」と、不安から自分の体の状態に意識的に強く注目してしまう。すると、かえってドキドキも強まるという悪循環になるのです。

 森田療法では、悪循環の打破が治療目標です。実際の治療場面では、外来での面接や日記を通して生活状況を詳しく把握します。特に苦手なこと、困った場面でどのように行動したかに注目し、生活に即して励ましながら、気分とつきあいつつも行動を積み重ねるようにしていきます。

 森田療法や認知行動療法を実施している医療施設は、残念ながらそう多くはありません。臨床心理士がいるクリニックや大学病院で行っているところがあります。インターネットなどで調べてみて下さい。

 また、以下の書籍で自習することもできます。ぜひご覧ください。

認知行動療法:大野裕『こころが晴れるノート-うつと不安の認知療法練習帳』(創元社1200円)

森田療法:北西憲二『実践森田療法』(講談社1300円)

参考文献

こころの臨床 a la carte 25巻3号『不安障害(パニック障害、強迫性障害…)』(星和書房 2006年)

ダン・J・スタイン、エリック・ホランダー編 樋口輝彦ら監訳『不安障害』(日本評論社 2005年)                   ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 急に冷えて来た。紅葉も東京の郊外ではそろそろ見ごろだろうか。元気な子供たちは晴れても半袖では寒い季節となった。

 今月の講演テーマは「不安障害」についてを新村先生にお願いした。一言で「不安」や「恐怖」と言っても、この類の障害や症状の多さに驚いた。

 冒頭、先生は不安とは人間が動物として自然界で生き抜くなかで、危険を察知し、避けるために発達してきたものであると言っている。オオカミなどが近付いた時感じる危険、崖の崩落、地震、噴火など、そこから逃げるために不安は起こると。

 私の個人的な体験上の話をすれば、会社で不安なことが起こると必ずといっていいほど見る夢がある。狭い崖の道を歩くシーンだ。一歩間違えば谷底に落ちる。そして「あー、危ない!」といった時に目が覚める。

 もうひとつ、不安について言えば、五木寛之氏の作品に「不安の力」がある。彼なりに数々の不安を解説したあと、エピローグで言っている。いま世界中に様々な不安が溢れている。人々が皆不安を感じている。しかし、これが自然であると肯定しているのである。不安に対して不安と感じることが<人間らしさ>を失っていないという。こういう時代には人間的な希望は、不安を感じている人びとの中にある、とも言っている。

 安心した。言葉には出さないが、筆者もこれで結構小心者で、会社の営業成績、運転資金、社員の給料等々、夢に見るほどの恐怖心で一杯なのだ。これから大いに不安がろう。それで人間的な希望を持てるなら。