非自発的入院 退院後の地域生活支援

新宿区後援・1月新宿フレンズ講演会
講師  精神保健福祉士(PSW) 西田崇大先生

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  前回「非自発的入院―当事者の気持ち・家族の関わり方・専門家の支援」(2013年8月号会報または新宿フレンズHP講演会録参照)で話し切れなかった続きです。最低限必要なところは重複しながらお話を勧めますが、最初に非自発的入院の概略をお話しします。

【非自発的入院とは】
 精神科の入院形態には5つあり、任意入院・措置入院・緊急措置入院・医療保護入院・応急入院です。この中で任意入院以外は、全て本人の意思によらない非自発的入院になります。なぜ非自発入院があるのかと言いますと、
意思決定のとらえ方
 精神科の病気の大半が脳に関連する病気のために、病的体験に支配され、充分に判断し得ない状況に陥って治療の必要性自体も認識できず、本人による意思での治療が難しい。また、本人が冷静な状態であれば、本来「元気に回復して自ら判断できる状態になりたい」という欲求を持っているとみなすことで、この状態は自律的意思決定にはならないとして、本人の同意がなくても治療が行われます。
早期治療が患者の予後に関連する
 薬の効果、再発の防止、社会復帰にも早期治療は良いと分かっています。本人を損なわないように、入院治療を強制的に開始することがあります。

【精神保健福祉法の主な改定部分】
この4月に、精神保健福祉法の改正が施行されます。
1)医療の提供を確保するための指針策定
2)保護者制度の廃止
 医療保護入院の場合、家庭裁判所に行き「保護者になります」という届出が必要でしたが、一切なくなります。
医療保護入院の見直し
 医療保護入院の保護者になり得る者は法律で規定され、後見人がいれば後見人、配偶者がいれば配偶者と今までは優先順位がありましたが、この保護者の同意要件を外し、配偶者、親権者、扶養義務者、後見人または保佐人のうち、いずれかの者の同意があれば入院できることに変わります。もし、上記の中に同意を意思表示できる者が居ないときは、当事者の居住地を管轄する市町村長の同意で入院が可能なことは今までと変わりません。
精神医療審査会に関する見直し
 非自発的入院は本人の同意が得られずに閉鎖的環境で治療が実施されるため、人権問題が絡んできます。そのため、本人が「早く退院させてくれ」とか、処遇への不満を訴えられる中立的な機関が精神医療審査会です。今まで請求ができたのは本人だけでしたが、退院請求に関して本人に加えて家族を追加したことは、一方的な医療サイドでなく、より家族が権限を有していく機会になるといえます。
医療保護入院の整備等に関する事項:病院管理者の責務が明記されました。
1.退院後生活環境相談員を選任すること:病院管理者は、非自発的入院をして七日以内に退院後を見据えた生活相談者を選定することが明記されました。ズルズルと長期入院になって本人の可能性が奪われてしまわないように、また、早く退院したは良いが、まだ安定しておらずに本人・家族が地域で苦しまないよう、退院を見据えた支援者が早めに選定されることは非常に有意義だと思います。その相談員の第一候補が精神保健福祉士(PSW)で、入院患者および家族の退院後の生活環境等の相談・指導にあたります。
2.地域援助従事者の紹介に努めること:病院のスタッフだけではなく、地域で支援する関係機関との連携が期待されます。
3.地域生活促進のための措置を講ずる:治療で落ち着いたら早めに退院して、手厚い支援を受けられる形が盛り込まれたことは、非常に有意義です。

【非自発的入院患者の思うこと】
 これからお話しすることは、私が過去に取り組んでいた実践を論文としてまとめたものからです。
 入院の長期化や増薬を恐れ、「もう元気になりました」と、主治医に幻聴などの症状を隠して良い患者を演じることもあります。閉鎖された病棟に入ることで「北朝鮮に拉致された」「人体実験されている」など一時的に別の妄想が出てしまう例も少なくない。入院初期は、本人も混乱していることも多いため、医療という行為が逆にマイナス的反応を起こしてしまうこともあります。主に、
?治療関係の未成熟と治療動機の低下,
?症状の不安定化(衝動性の高まり,妄想などの出現,幻聴との親密性の高まり,退行など),
?医療従事者が期待する患者像を形式上演じる,などがみられ、医療を主体的に利用していくということができなくなる方もおられます。こういった人たちにどう関わるか、私は日々頭を悩ませていました。
【まず寄り添う―特徴的な事例から】
 特徴的な方を1人紹介します(論文の時点で全員の事例を個人情報保護のため一部改変)。私が出逢った統合失調症の30代女性は、過去に在籍していた学校に「〇〇先生を出して下さい」と恋心を抱いて連日のように電話をしていました。ある日「先生から来いと言われた」と学校に出かけ、「〇〇先生に会いたい」と叫んでソファに大の字になって寝そべり、迷惑行為で警察が呼ばれて措置入院になりました。
 本人は、幻聴ではありますが「会いに来て」と言われた立場なのに、なぜか迷惑行為で病院に閉じ込められたわけです。「私は病気じゃない、不当に押し込められた。早く退院したい」としきりに訴え、PSWの私が呼ばれました。混乱する中にも話の中から幻聴の辛さを訴える内容もあったため、幻聴の辛さに理解を示しながら、「その辛さを楽にするために医師達も頑張っている」と投げかけると、本人にはそれが受け入れ難かったらしく「嘘ばっかり。この世の中はバーチャルでできている」との発言が飛び出しました。まだ治療も開始時期で症状は活発であり、本人にとっては信じる基盤が幻聴に支配されている状態だったのです。そして、自身に病気というレッテルを貼られることが迫ると、本人は現実世界の否認をすることで自分を守ろうとしていたように感じられました。続けて彼女は、「私の髪の毛もバーチャルなんです。ハゲなんです」と泣き崩れていきました。看護師が「髪はちゃんと生えている、安心して」と安心を投げかけていましたが、本人にとってこの関わりは、自身の体験していることと周囲の体験していることとのギャップを実感し混乱して、孤立感を深めていました。このような時、どの様な関わりを考えますか?
 通常の精神医療の世界では、妄想は肯定も否定もしないと言われます。しかし本人と違う意見を述べると、共有体験,味方になりづらい点がある。そもそもが、否定も肯定もしないというバランス感覚はとても繊細で難しいことです(頷き一つですら、相手の受け取り方で変わる)。この時私が行なったことが「あなたの見ているバーチャルが私にも見えるよ」の投げかけでした。そうしたら「早く人間になりたい」とまでエスカレートして泣き崩れていた本人が、ぴたりと止まりました。私は、決して妄想を肯定したわけではありません。この微妙な違いを分かって頂けますか? 髪の毛がバーチャルであるか?現実か?の論点ではなく、「あなたがバーチャルという髪の毛が“同じように見えている”」と表現したのです。本人の世界観に寄り添いながら関わることで少し余裕ができたのか、こちらの話にゆっくり耳を傾けられるようになったのです。私も急がずに、「あなたの言うようにハゲなのかもしれない。だけど看護婦さんたちの言っている事は嫌がらせとも思えない。もしかしたら髪の毛があるかもしれない。あなたにとってもその方がいいのでは? 幻聴が嘘を言っているのかもしれない」と、断定を避けて別の選択肢を広げていきました。このような提案は、この段階ではほぼ間違いなく本人たちは否定しますが、ここではそれで良いのです。仮に本人がこちらの提案を棄却したとしても、本人とPSWが同じような体験をしているという事実は残るので、協同関係が成熟していきやすいのです。「あなたなりに考えてきたことだから、気持ちがわかる。ひとまず、一緒に探ってみようよ」と結論を保留にしました。もちろん服薬治療との兼用で、関わりだけでは意味はありません。
 本人に寄り添い、一緒に試行錯誤しながら整理していく人がどれほど必要か、この事例からも分かって頂けると思います。丁寧なプロセスがあると、病気の自覚が高まり「今思えば病気の症状だったと思える」と退院後も話してくれるようになる人は少なくありません。
家族や周りは「妄想や幻聴は病気の症状であり、実際には存在しない」「現実を何とか分かってもらいたい」という気持ちが強い。しかし本人にはリアルな体験なので、それを否定されると世界が崩れてしまうのです。何を信じていいか分からなくなり混乱するため、自分の感じている世界(妄想)を守ろうと必死になって悪循環になる。本人の感覚を受容することからスタートして、その世界を尊重しながら少しずつ整理して、現実社会への共通項の部分を捉えて橋渡しをすれば、徐々に変わってくることも多いのです。

【幻覚・妄想が出現する要因】
 『正体不明の声』の著者・原田誠一医師は、不安・不眠・過労・孤独などの負担が強まると、脳が錯覚や空耳に似た現象「幻覚」を作り上げると説明されています。そのため、幻聴などは統合失調症の人にだけ生じる症状ではなく、一般の人でも、ストレスが強い状態、例えば集中治療室で幻聴体験をする人は一定の割合でいるようです。遭難等に巻き込まれて恐怖に襲われた際も、「救助隊の声が聞こえた」とか、「お前はもう助からないぞという悪魔の囁きがあった」などの体験は報告されているようです。このような症状を分かりやすく本人に学んでもらうことも重要です。私も一般の人にも心の病を理解してもらえる工夫を心がけてきたのですが、その中で『マッチ売りの少女』をモデルとして紹介しています。冬の寒空の下、マッチを誰も買ってくれない。お腹が減って寒くてマッチを擦ると、暖かい暖炉が見え、おいしい食事や亡くなったお母さんが出てくる。馴染みのない統合失調症も「これが幻覚体験」と言うと理解しやすいようです。
【入院はゴールではない】
 家で長年支え続けても良くならず、或いは薬も飲まない状況で、ようやく入院できると家族はホッとします。しかし入院はゴールではなくスタートです。家族には、発症の驚き、不安、焦燥、混乱、悲嘆、疲弊、罪悪感、被害感、無力感、孤立感、入院後の一抹の安堵感、漠然とした医療への期待、信頼と不信…これらの様々な感情が押し寄せてきます。経済的負担もあり、近隣や親族、職場での人間関係からくる負担を抱えることも多くあります。それらに家族だけで対応して行くのは困難といえます。
 救急病棟に入院させた家族は、それまで四六時中気を張り詰めていた場合が多いので、まずはゆっくり休んで、落ち着いたら、医療スタッフと関わるこの機会に、病気の理解を深め、本人への対応を学んで下さい。そして退院前には、服薬の継続,社会復帰のためにも、地域の支援者とのつながりが大事になりますから、退院までに地域資源を調べ、つながりを作っておくことが必要です。昨今の精神科医療は3ヵ月以内で「ひとまず退院」となることが殆どで、家族が疲弊から回復して立ち直るには短いともいえますので、だからこそ退院後のフォローもきちんと受けることが重要と思います。

【再発予防は地域支援が鍵】
 退院後の地域生活継続のキーポイントは、いかに再発前で止めるかです。大抵、再発の前にはその予兆の時期があります。独り言が増える、ソワソワし始める、眠れなくなる、多弁になるなど、1人ひとり特徴と傾向があるので、どういう場合に調子を崩しやすいかをスタッフと一緒に考えて整理することも、地域で長く安定して生活する上で重要です。
 そして、どんな時でも、良い方向に変わる希望を持ち続けること、それを本人に伝え続けて下さい。入院が本人にとってトラウマ的な体験になってしまうこともゼロではありませんが、入院などをマイナス体験だけで終わりにせず、スタッフとともに、それを人生が好転する機会にと努めて頂ければと思います。

【家族だけで抱え込まないで】
 
精神保健福祉士(PSW)の仕事は社会資源の情報提供のイメージが強いと思いますが、実際は生活と病気が絡んでいるので、本人が病気の自覚を持つことや通院して治そうという意識を高めることも大事な仕事です。そして同じことを言われても信頼のある人とない人とでは大分違います。主治医は病状の対処と処方が専門です。PSWは本人や家族の生活,人生の支援が仕事ですから、もう少し身近な信頼関係を作り易く、1人暮らしや就労だけでなく、結婚の相談に乗ることもあります。
 病気には回復期・休息期があり、急いで就労や社会復帰をすると再発の可能性があると言われます。しかし、あまり用心し過ぎると引きこもってしまう。タイミングを見て社会に繋がらないと、外に出るのがどんどん怖くなって、不安だけが現実世界になってしまいます(私はこの現象を「不安の繭が厚くなる」と言っています)。
 家族は余裕がなく趣味などを楽しまなくなった人が7割近く、うつ病にかかる場合も少なくありません。家族だけですべてを抱え込まないで下さい。家族自身が回復し、自分自身の人生を歩んで、お互いにゆとりが生まれる良い関係を作ることを意識して頂きたいと思います。
 家族の感情表出と再発率はよく言われますが、どんなに優れた専門家でも、自分の身内に病人がでると、うまく距離が取れなくなってしまうことはよくあります。病気がなかなか良くならなくても、家族は自分を責めないで、良い関わり方を学ぶことや、家族以外の相談相手を探して下さい。第三者の方が上手くいくことも多いのです。再発率の研究では、家族支援のある群が10%、家族支援がないと40~55%の再発率といわれています。支援者とのつながりは極力絶やさないように、本人のより良い人生を支えてくれるサポーター、相談相手を病院にも地域にもたくさん作って頂きたいと思います。
                                        ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 いよいよソチ冬季オリンピックが始まった。若い人たちの登場はうれしい限りだが、23歳の浅田真央選手が大会後引退を言明したのは残念というか、我々の感覚ではこれからだと思うのだが、オリンピックは10代の大会になってしまったのか。

 さて、我々の闘いの場は精神のフィールドである。西田先生から2回目の講演をいただいた。非自発的入院 退院後の地域生活支援についてのお話は現場を見据えての経験豊かなお話であった。

 息子がまだ、病気と分からない時のことだ。彼が私の事務所に突然現れて、「何?」と聞いてきた。「何って何?」と返した。彼曰く「呼んだでしょ」。私は病気とは知らず、病気の知識もなかったから、その時は笑って帰した。今考えてみると幻聴であったことが歴然だ。その時、私に少しでもこの病気の知識があればその後に発症した彼の統合失調症も軽くて済んだであろうと後悔される。

 さらに体験としての話題を申し上げれば、原田先生の本から「一般の人でもストレスが高まった状態では幻聴体験をする人がいる」という話題があったが、小生も昨年、交通事故で左腕骨頭部を手術した。その時の体験で、幻視というものを初めて見た。三角形の物体が何百と視界いっぱいに広がり、その三角形には丸の様な模様があり、全体として茶系の色で、それがウヨウヨ動いている。

 これが先生のいう一般も幻聴体験がある、という話題とどう絡むかは分からないが、私もその時会社のこと、家族のことなど、あらゆる問題を考えていた。この病気の患者さんたちはそれを常時聞いたり見たりしているのか。