世界の精神医療から学ぶこと

新宿区後援・4月新宿フレンズ講演会
講師 統合大学医学部精神神経医学講座教授 水野雅文先生

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 私は一大学教員で世界を回るお金も時間もありませんが、イタリアに留学して以来、「心はいつもイタリア人」、精神医療で明るさに欠けるなと思った時、エネルギー補給にイタリアに帰りたくなります。

 今日もイタリアの話を交えながらお話しますが、表題は、実は逆に「日本の精神医療サービスが外国に比べてどんなものか」ということだろうと考えました。

【OECDの見解から】

 世界の比較に関しては、OECD(経済協力開発機構)の統計があります。OECDはパリに本部があって、いくつもの比較尺度を持って、定期的に世界の比較統計を出しています。
 医療に関するレポートは、エミリー・ヒューレットさんが担当。彼女は昨年度に東京で開催した第9回国際早期精神病学会にも参加されて、OECDの立場から力強く発言されていました。OECDの統計は翻訳されてネット上にも出ています。(注:例えば「OECD 日本 精神」で検索。文末にURL)

病床数:日本は外国と比べると病床が多く長期入院であると言われています。精神科病床は、日本は10万人あたり269床、OECD平均は68床、イタリアは10床です。

 ところが、実は長期入院は介護施設になっている国が多く、それはカウントしていないのですね。OECDレポートは今までは非難口調であったのですが、今回、脚注ですが、日本は病院かクリニックしかなく、病院が慢性期の長期入院に使われていて、それを精神科病床にカウントしていると記されております。
在院日数:長期入院の多いことが指摘されています。日本はいままで病院中心でした。これからは病院から地域での福祉サービス利用の方向へと議論されているところです。「退院支援につながる診療報酬改定」についてや、「単価が安く治療成績が良い」ことは、OECDからも褒められています。
自殺率:OECD平均は10万人に12.4人ですが、日本は残念ながら高く、20.9人です。
 軽・中程度の精神疾患への取り組み:全体を見渡すと、日本は精神疾患が軽いうちの早期治療体制、サービスが不十分だと指摘されています。日本では精神科の専門医は1万人ほどいますが、まだ足りません。うつ病やうつは以前より気楽に言えるようになって患者が増えていますが、そのため診療時間が短くなり、薬に頼る傾向が出ています。
 欧米では医師は登録制で、イギリスなら「A地区はZ医師」「B地区はY医師」と医師が決まっています。イタリアでは、例えばC丁目の人はU医師、V医師、W医師、X医師の4人の先生の中から好きな医師を選べます。1人の医師には患者数の制限があって1500人までです。軽いうつ病ならかかりつけ医が診ています。
 日本は全国どこの医者にもかかれる国で、ほかにありません。自由に選べる代わりに、専門医かどうかが分かりにくく、専門医を紹介されると遠方になるなどの欠点もあります。そして精神科領域を学んでいる内科・耳鼻科・外科医は少ないのです。
 また日本は病院中心でしたが、長期的なケアは福祉に移行して行くことも課題です。

【ローマの精神医療と当事者】

 私はベネチア郊外のトレビーゾに2年ほど住んでいましたが、やはり郊外は都市部とは異なっています。イタリアで病院が廃止されたあと、都市に住む人がどこでどんな生活をしているか、ローマではどんなサービスがあり、どんな気配りがあるかを見て来ました。
 ローマは4つの区域に分けられています。ある地域では、かつて1500年も続いた精神科病院があり、当事者をどう支えるかという文化が地域に根付いていました。
 別の地域は新興住宅街で若い人も多く、早期介入の拠点とされています。病院がありませんから重くなった人をどうするのか? その前に「早く見つけて早く治療を!」が重要になります。イタリアは財政状態が悪いので行政サービスを新しく作るのは困難です。そこで、今まであったデイケアやサロンを有機的につなぎ、気軽に相談できてアセスメント(評価)も受けられるようにし、専門家同士が連携して治療の継続を見守るネットワークが出来ています。
電子カルテの利用:ローマで驚いたのは、電子カルテが皆つながっていて、医療スタッフはスマホからも担当患者のカルテを見ることが出来るのです。デイケアなど本人の行った先々でスタッフが入力すると、カルテを見ることが出来るので、即時に様子が分かり、たいへん便利です。
 ITの進歩は日本のお家芸なのに、ローマでは日本よりもITサービスが活用されているのです。これは医療情報に対する価値観の相違によるもので、日本は守秘性が高く絶対に洩れないように紙の「診療情報提供書」になり、情報の伝達が阻まれてロスが生まれます。医療情報はどこまで開示できるか。今後、多職種チームの訪問診療を進める場合に、病院以外では一切カルテを見られないとなると大変な手間です。
 医療情報は、「必要な人がすぐに見られる」のと、「阻まれるため対応が遅れがちになるが情報漏れは比較的無い」のと、どちらがいいか。病院のみから地域医療の時代になった時、ITカルテ情報の時代に、紙ベースだった頃と同じ考えでいいのか、規制の問題は国民的議論として検討すべき課題でしょう。日本では情報サービスは経済産業省・総務省、カルテは厚生労働省と管轄の違いもまた難しさを増します。こうした問題は、国民の声が反映された形にしか育ちませんから、利用者が良く考えて声を出すことが大切です。
地域の施設:イタリアでの精神病院廃止の法律は1978年ですから、当時50歳の人は95歳、もはやほとんどいません。いま施設にいる一見重度の人は、最初から病院はないまま、地域の共同施設に入りました。
 イタリアの精神病院廃止は90%が公立だったからできたことです。さらに司法精神病院も廃止することが決まりました。受け入れが整ってから止めるわけではないのです。この廃止も地域でどうするか、予算をどうするか決まっていません。しかし、イタリアでは障害者を地域に受け入れようというメンタリティ(心のあり方、精神風土)は育っています。
 それでも今は良い薬も増えて、精神疾患はなるべく軽いうちに早く治療を始めれば、長期の予後は良くなってきています。それゆえ早期治療を実現し、慢性化して長期入院が必要な人が減って行く中で、地域サービスをますます充実させていくことは可能ですし、期待できることです。
 OECDのレポートでも、早期治療中心にプライマリ・ケアをふくめて地域ケアを育成することは進むべき方向であると指摘されています。日本でも早期発見・早期治療、地域医療・福祉の充実を実現して行けるように、皆さんからも声を上げて下さい。

*OECD精神関係のURL
http://www.oecd.org/els/health-systems/MMHC-Country-Press-Note-Japan-in-Japanese.pdf

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 箱根山が不気味な気配を見せている。それだけではない。磐梯吾妻スカイラインで火山ガス濃度の上昇。霧島連山の硫黄山で立入り禁止。桜島の火口で今年414回目の爆発的噴火。あの御嶽山の噴火。小笠原・西之島の島影拡大など。ネパールの震災等を含め、地球の活動が再燃しているようだ。

 「世界の精神医療から学ぶこと」というタイトルで水野先生が話してくれた。先生は「ああ、またイタリアに行きたくなった」という落語の一説ではないが、本当にイタリアが好きな人であることが分かった。

 世界に名だたる病床数の多い日本という相場になっているが、外国の長期入院は介護施設ということで、カウントされていないと先生は言う。従って日本の病床数が多いという裏にはこんな背景もあったのだ。それにしても10万人当たり269床は「多い」と言えそうだ。

 そして、もう一つ、電子カルテの問題がある。日本は守秘性を重んじるあまり、病院間の連絡がない。イタリアではIT技術では日本の方がはるかに上を行っているだろうと思われるが、カルテが病院を変わっても即時に見ることができるらしい。ネットワークが完璧にできているのだ。

 日本においては病院を変える度に1から説明しなければならない。それも本人の陳述に頼る部分が多くなる。精神科では本人の言い分の中には個人の意識や感覚に追う部分も高くなる。あるいは、いい子、ぶりっ子感覚も増える。そして、もっと悪いのが病院を変えたくても、このネットワークがないために変えられないという人もいる。

 カルテのネットワーク化が日本にも一般に使わるようになれば、患者たちも回復のスピードがはるかに速まるであろう。先生は「利用者が声を出すことが大切です」という。確かに利用者が声を上げることが一番だが、ここのところは先生方にも協力をお願いして、日本の精神医療の問題として考えたいものである。