服薬治療の決定は当事者と医療者の協力で -精神科におけるSDM(Shared Decision Making)-

        新宿区後援・3月新宿フレンズ講演会
講師 早稲田大学保健センター「こころの診察室」看護師・保健師・
         精神保健福祉士 聖路加看護大学大学院修士課程 精神看護学専攻青木裕見先生

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 私の勤務する早稲田大学は学生数5万人という大規模な大学で、各キャンパスに保健室があり、本キャンパスの診療部門では内科と精神科の診療も行っています。私は精神科の「こころの診療室」で保健師をしており、5名の精神科医と一緒に、治療の内容・服用する薬について本人と一緒に話し合いながら決めていくこのShared Decision Making(SDM:共有意思決定)の方法が、今後広まっていくことを期待して取り組んでいるところです。また大学院でもこのSDMをテーマに研究を進めています。

【医療における意思決定が迫られる時代に】

 たとえば今日、傘を持って行くか行かないか、夕食は肉にするか魚にするか、夏休みは海へ行くか山に行くか。私たちは、こういった選択・決定を繰り返しながら生活しています。つまり日常生活は意思決定の連続です。意思決定とは幾つか可能な選択肢から自分にとってどれが最善かを決めていくことで、この意思決定が今、医療において大変注目されています。 

 また、食事が摂れなくなったときに胃に直接管を入れて流動食で栄養を摂る胃ろうという方法があります。消化器の手術などで一時的に口から食事を摂れないときに施術しますが、最近は、高齢者の回復の見込めない終末期にこの胃ろうを造設して延命を行う是非について問われるようになり、一昨年、日本老年医学会は導入や中止、差し控えなどを判断する際の指針を作りました。以前に私は集中治療室で看護師をしていましたが、人工呼吸器や人工心肺などの心肺維持装置による延命治療を、一度施すと心臓が止まるまでは外せないというのが通常でしたが、最近では、家族らの意思を尊重して、回復の見込みがない場合には中止してもいいのでないかという議論も出てきているようです。

【医療における3つの意思決定モデル】

 カナダの学者チャールズは、医療における意思決定には3つの方法があると説明しています1)。1つずつみてみましょう。

1)医師が決める:パターナリスティック・モデル

 1970年代以前の北米において医療の意思決定は、パターナリズム(日本語で父権主義)のやり方で行われてきました。父権主義とは「相手の利益のために、本人の意向にかかわりなく生活や行動に干渉し、制限を加えるべきであるとする考え方(広辞苑)」のことで、このような考え方が医療において重んじられていたわけです。ここでは、最善策を知っているとされる医師が治療方針を決めて、当事者はそれに従います。医師は当事者に情報を与えずに、あるいは簡単に伝えて治療します。当事者の意見はあまり反映されません。このやり方は、緊急時、即座に決定を下す必要がある場合や、当事者の不安が強く「医師に決めてもらいたい」という時には適当であるとされています。

2)当事者が決める:インフォームド・デシジョンメイキング・モデル

 80年代頃より医療の高度化に伴い、1つの疾患でも複数の治療法が可能になってきました。それぞれの治療には異なる利点と欠点があり、医師によっても意見が異なることも生じるようになり、「治療について詳しく説明してほしい」、「複数の治療方法があるときはすべて教えてほしい」という意見があがるようになりました。そして、詳しく説明された治療法の中から当事者が選んで決める、このインフォームド・デシジョンメイキングが実施されるようになったのです。ここでは、治療の選択肢やそれぞれの利点・欠点などの医療情報が医師から当事者に十分に提供されますが、医師は指示や介入をせず、どの治療を受けるかの意思決定は全面的に当事者にゆだねられます。情報を得た当事者は、医師と十分な議論を交わすこともなく、イエスかノーかの2パターンの選択を迫られることになり、冷たく放り出されたと感じるかもしれません。

3)当事者・医師が一緒に決める:シェアード・デシジョンメイキング・モデル

 90年代以降になるとインターネットが普及して情報社会になり、医療情報へのアクセスが容易になりました。当事者と医師の関係は、それまでの診断を下して治療を施すという上下関係から、情報と意思を共有する対等なパートナーへと変化したと言われます。

そして、90年代後半からこの当事者と医師が一緒に決めるやり方(共有意思決定SDM)が注目されるようになりました。これは、当事者と医療者が十分な医療情報を共有し、さらに双方の好みや価値観も共有して、一緒に話し合いながら決めていくのが特徴です。客観的な医療情報の共有にとどまらず、当事者は自分の希望や考えを伝え、医師もこれまでの経験からの好みや推奨を伝え、双方の主観的な意見を共有します。当事者と医療者の共同作業という点で、コンコーダンス(調和)の考え方に近いでしょう。コンコーダンスとは、どの薬を服用するかの話し合いに当事者もパートナーとして参加して、医師からの情報等で充分な知識を持ち、当事者と医師の考えが調和・一致するよう双方が尊重し合いながら処方内容を決めていくことを言います。これらの結果からみても、当事者と治療についての話し合いがしやすいよう、その方の背景に合わせた情報提供の仕方を工夫することや、治療や検査の利点・欠点について偏りなく話し合える場を設けることなどが、今後ますます必要になってくると感じます。

【よりよい意思決定に重要なこと】

 情報社会になり、ひとりひとりが医療の情報と上手に付き合っていくことが大切になってきています。どのような情報が活用できるでしょうか。

・治療方法の科学的根拠(エビデンス)を知る

 ある治療法が、その病気に効果があることを科学的に示した成果のことをエビデンスと言います。実験や調査などの研究結果から導かれた裏づけのことです。このエビデンス、裏づけに基づいて作成されるのが、治療の「ガイドライン」と呼ばれるものです。最近は、ウェブサイトで各疾患のガイドラインを閲覧することができます。厚労省委託事業のEBM(根拠に基づく医療)普及推進事業により公開されている MINDS(マインズ)ガイドラインセンターというサイトは、様々な疾患のガイドラインが紹介されていて、一般向けに解説も加えられています。http://minds.jcqhc.or.jp/n/

・体験者の物語、語られた内容(ナラティヴ)を聞く

 同じ体験をしている他の人はどのような治療法を選び、それによってどう感じているのでしょうか。今日このように集まっている家族会での語り合いや、情報交換もこのナラティヴの共有だと思います。経験者の語りを聞いたり読んだりすることで、その先の予想が立てられ、治療について、自分の価値や好みを整理する助けにもなります。ただし、語る人のバイアスが入ることは気をつけるべきところです。

・意思決定の助けになるツール(デシジョンエイド)を活用する

 日本ではまだ馴染みがないと思いますが、デシジョンエイドというツールが欧米を中心に開発されつつあります。デシジョンエイドとは、当事者や家族が意思決定の過程で医療者と話し合うときの「助けになる」情報資料のことです。冊子、DVD、ウェブサイトなど形式は様々で、中学2年生でも理解できるようなシンプルな表現で作成されることが推奨されています2)。エビデンスに基づく治療法の利点・欠点が分かりやすく説明されていて、自分の好み・価値観に照らし合わせて検討することができます。

【リカバリーと共有意思決定SDM】

 2003年のアメリカ大統領宣言で「これからのメンタルヘルス・システムは、エビデンスに基づいたものであること、そして、リカバリーに焦点を当てること」とされました。そして、医療者は、精神疾患をもつ当事者・家族と協力して話し合い、治療プランを個別化して立てる、つまり、医療者が当事者に共有意思決定(SDM)の機会を提供して一緒に治療プランを立てていくことが推奨されました。

リカバリーとは、直訳では回復と訳されますが、ここでは、精神疾患を持ちながらも希望を抱き、自分の能力を発揮して、自らの人生を主体的に追求していく過程のことを言い、当事者の意見を尊重する共有意思決定(SDM)で治療法を決めていくことは、まさにこのリカバリーにつながり、個人のエンパワーメント(力をつけること)や自己決定の達成にもつながると言えます。

【共有意思決定SDMの実践】

 精神科の治療薬をSDMのやり方で決めたドイツの2つの実践例を紹介します。

・うつ病の外来で約200名が参加 <Loh A. 2007年> 6):初診のときに、抗うつ薬の作用・副作用が分かるデシジョンエイドを提示しながら、医師と話し合ってどの薬で治療するかを決めました。その結果、通常のやり方と比べて診療時間に差はなく、より高い満足度が得られました。治療効果までは差は出ませんでした。

・統合失調症の入院 約100名が参加 <Hamann J. 2007年> 7):まず、抗精神病薬についてのデシジョンエイドを見ながら看護師に質問をして自分の意見をまとめ、その24時間以内に医師と会って話し合い、治療薬を決めました。その結果、通常のやり方と比べ、決定直後の医師との会話への満足度がより高く、その後の心理教育への取り組み意欲もより高く、さらに、退院18ヵ月後の再入院が少ない傾向にありました。

【SDM 7日間プログラム】

これらのドイツでの実践を参考に、私たちの外来でもSDMを取り入れることにしました。

1)デシジョンエイドの作成

 準備として、まず、デシジョンエイドを作成しました。形式は冊子とし、疾患ごとに、症状の特徴と対処法・治療法を説明したデシジョンエイドを作りました。気分障害が最も多いことから、現在までに、うつ病、非定型うつ病、双極性障害(躁うつ病)の3種類のデシジョンエイドを揃えています。他の疾患についても作成中で、現在は既製の疾患教育のパンフレットや書籍で対応しています。さらに、現在よく使用されている薬を、抗うつ薬・抗精神病薬・気分安定薬・抗不安薬および睡眠剤の4つのカテゴリーに分けて列挙し、個々の薬の効果・副作用などの特徴を説明した薬物療法のデシジョンエイド『一緒に選ぶ おくすりガイド』を作りました。いずれのデシジョンエイドも図版を多用してわかりやすい内容になるよう工夫し、実際に利用した学生さんの感想や意見も取り入れ、最新の情報を追加して適宜改良を加えています。

2)参加スタッフと時間設定

 次に参加する医療スタッフですが、ドイツの例で看護師が参加していたのを参考に、医師との最終決定の前に、保健師に自由に質問できる時間を設けました。ここを私が担当しています。方針決定までの時間は、曜日毎の担当医制で、月~金各1名の医師が診療を行っていることから、初診で治療法の選択肢を提案してデシジョンエイドを渡し、保健師との話し合いを経て、初診から7日後の2回目の診察で決めることにしました。

3)実際の流れ

 まず初診で医師が、状態の説明をして適応となる治療法についても説明しま す。薬物療法なら、候補となる、つまり医師が推奨する薬剤をいくつか挙げ、それぞれの効果・副作用、飲み方などの特徴を簡単に紙に書きます。つぎに、3つの宿題を出します。

1疾患とくすりのデシジョンエイドを読む

2 医師が推奨した治療法のうち、どれに取り組みたいか・取り組みたくないかを考える

3 疑問を挙げておく

 学内にある診療所なので授業の合間等に来やすいこともあり、3~4日後に再来して、分からなかったことは保健師に質問して宿題について話し合います。さらに、3~4日後(初診から7日後)に、考えたことを医師に伝えながら話し合って方針を決めるという流れです。

【SDMを実践してみて】

 通常は、医師が診察室で治療方針を決めて、当事者にその場で提示することが多いと思います。しかし矢継ぎ早に説明される中、サッと自分の希望を言うことなど至難の業ではないでしょうか。私たちがこのプログラムに魅力を感じているのは、時間を置いてじっくり考えてもらうことができる点、さらに医師以外の医療スタッフに質問できる機会を設けた点です。重篤で即日薬物治療の開始が必要だと医師が判断した場合にはこのプログラムに乗りませんが、それ以外の場合には、次の面接までに自宅で冊子を読み、自分でも考えてもらうことをお願いしています。学会や当事者団体などが公開している良質なウェブサイトで情報収集をすることもできるでしょう。

 実際にやってみて、宿題を与えられて8割が「進んでやろうと思った」と答え、7割が渡した冊子以外にも自発的にウェブサイトで情報収集していました。さらに、持ち帰った情報を家族や恋人など信頼できる人に8割が相談していたことが分かり、改めて、家族との関わりにおいてその方を捉えていく視点の大切さに気づかされました。

【最後に】

 服薬治療の意思決定の話しをしましたが、薬には効果・副作用など、それぞれに特徴があります。また効き方には個人差があって、皆に同じように効くとは限りません。飲みやすく、自分の好みや生活に合った薬が一番です。それを見つけていくための方法として、ご本人にも薬の特徴を知っていただき、好みや意見を聞かせてもらい、一緒に選んでいく共有意思決定SDMの方法についてご紹介しました。

 現在は情報社会で、医療にまつわる情報もあふれています。当事者や家族が必要としている情報を分かりやすく届けること、そして、納得・満足のいく意思決定ができるよう、そこでの話し合いを大切にしていきたいと思っています。当事者と家族、医療者とが協力して、一緒により良い方法を見つけていくこの共有意思決定SDMの方法が、今後広がっていくよう取り組んでいきたいと思っています。

文献

1) Charles C, et al: Soc Sci med, 1999.
2) Lee EO, et al: N Engl, J Med, Jan 3, 2013.
3) Hamann J, et al: Health Expect, 2007.
4) Floyd J, et al: JAMA Intern Med, 2013.
5) Deegan PE: Psy Rehab J, 2007.
6) Loh A, et al: Patient Educ Couns, 2007.
7) Hamann J, et al: J Clin Psychiatry, 2007.

                                                     ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 テレビでは小保方さんが一人、マスコミのカメラに晒され、矢継ぎ早の質問にあっている。「私の研究によって一人でも救われた人が表れることを希ってさらに研究を進めたい」と涙まじりで述べている。ねつ造があったかどうか判らないが、一研究者としていまの言葉は嘘がないと思う。理研のご年配たちと一リケジョとの争い。そこに全く合意はなかったのか。

 治療者と患者の合意、非合意というのは精神障害に関わらず、どの医療の世界でもあるのではないだろうか。その解決策として共有意思決定SDMは考えられた。特に精神の場合、結果が出るまでのタイムラグがある。ゆえに結論を急ぐ患者・家族は医師に不満を持って当たりがちである。

 青木先生はSDMの扱いについて「患者・家族が必要としている情報を分かりやすく届けること、そして、納得・満足のいく意思決定ができるよう、そこでの話し合いを大切にしていきたいと思っています」・・・それは、小保方さんのいう「一人でも救いたい」発想と同義語に聞こえる。

 今の世の中、何かが欠けているような気がしてならない。それは自らの仕事を越えた、他人のためになると言った発想・生き方とでもいうのだろうか。

 精神科医の中にはまだまだ合意など必要ないとする医師がいると想像できる。質問にあった「主治医は薬を増やすばかりで、本人はかえって調子が悪くなると言って、増えた分の薬を飲んでいません」と言った非合意がまかり通っている。今月の講演はこうした医療現場を少しでも清掃したいとの発想からお願いした。実践するのは家族であることを忘れてはならない。