本当の〈やる気〉を育てる―自己決定とその支援

新宿区後援・7月新宿フレンズ講演会
講師 亀田医療大学看護学部 マクロ看護学分野 宮本真巳先生

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【〈やる気〉が出ない】

 精神障害者のリハビリテーションでもそうですが、あらゆる人にとって、〈やる気〉を持ち続けることは大切で、しかも大変なことです。〈やる気〉が出て、それが続けば、大抵のことは出来てしまう。
 私が社会学、心理学を学んだ後に精神科の看護に取り組むようになってから40年ぐらい経ちました。今日お話しする、〈やる気〉と〈自己決定〉は、看護学や精神医学だけでなく心理学や社会学にとっても重要なテーマなので、それらの分野をミックスしたような話になるかと思います。

 〈やる気〉を出すか出さないかは本人の心がけの問題だと考えられがちですが、精神医学や精神看護学の立場からすると、〈やる気〉が低下してしまうこと自体が精神障害あるいは精神疾患の特徴であり病気の証拠である。ですから、本人にしてみれば自然にそうなってしまうので抵抗のしようがなく、責められても困るわけです。

【〈やる気〉とは、どのような心の動きか?】

 〈やる気〉とは、大きくは意思と動機づけの2つをセットにしたものです。
 意思とは、苦痛や困難をもたらす現実への対処や、解決を迫られている課題の解決にとって必要と思われる行動を実行に移す力です。

 動機づけとは、目標達成時に感じ取れるはずの満足感の魅力や、何もしなければ被る苦痛を避けたいとの思いから、行動に駆り立てる力です。

 それでは意思と動機づけは、心の働き全体の中ではどこに位置づけられるのか。また、心にはどのような働きがあるのでしょうか。私たちは外界から押し寄せてくる情報の中から、生きていく上で役に立つ情報を、無意識のうちに取捨選択し活用しながら生きています。つまり、心の働きは生命活動の維持に向けた情報処理なのです。

 心の働きという捉えどころのないものを、昔からいろいろな人が定義をしてきましたが、知・情・意の三つの働きに分けて明快な説明を加えたのがアリストテレスです。その師プラトンは、「感情という動物並みの特性を知性でコントロールできてこそ人間である」と考えました。一方、アリストテレスは、「感情は感情で大切な働きがある」こと認めながらも、「知性のはたらきによって感情に流されないよう調整し、さらには知性による判断を実行に移す意思の働きを加えた知・情・意のバランスが大切である」と考えたのです。

 現代の心理学や脳科学によると、心の働きである情報処理は外界からの刺激を〈情〉の働きによって大雑把に処理し、それを、思考を中心とする〈知〉の働きによって整理し、最後は〈意〉によって行動につなぐという時間的な順序で生じます。アリストテレスは、知を優先して知・情・意の順に並べましたが、時間の順序からいっても重要性の観点からいっても、情・知・意の順に並べたほうがよさそうです。

 情・知・意の中身を更に細かく見て行くと、〈情〉は感覚・知覚・感情、〈知〉は注意・思考・記憶・学習・創造性、〈意〉は意思・動機づけという、併せて10種類の要素的機能に分けることができます。そして〈やる気〉は、ほぼ〈意〉に該当し、意思と動機づけの両面の特徴を備えています。

 人間が考えたり感じたりすることを、全部まとめて集約して行動につなぐ要の位置にあるのが〈意〉ですが、不幸なことに精神疾患は、この〈意〉がダメージを受けるのです。できればこの〈やる気〉という力を復活する、復活できないまでも維持する、そして、残った〈やる気〉を最大限に活用する必要がある。そのためには、情・知・意の働きとは何なのかを吟味し、解明していくことが、現代の心理学・医学・看護学の重要な課題になっています。

 心の健康が損なわれているとは、心の情報処理機能が低下し、環境への適応に困難をきたした状態のことです。精神機能全体の調和が乱れ、生命活動に支障を来たしている状態です。精神機能が低下した状態が精神障害、著しく低00下した状態が精神症状に当たりますが、どれか一つでも要素的な機能が低下すると連鎖反応が起こって、全体にバランスが悪くなる。

【どこからが心の病気か?】

 〈自閉症スペクトラム〉という言葉をご存知の方も多いと思います。他人とのコミュニケーションが出来にくく、一人の世界に閉じこもってしまう病気を自閉症といいますが、自閉症の傾向がある人の中には思考力は高いタイプの人もいて、高機能自閉症あるいはアスペルガー症候群と言われてきました。そして、重い自閉症から比較的軽いコミュニケーション障害までは連続しているので、全部ひっくるめて自閉症スペクトラムと言おうという提案がされて、今ではなじんだ言葉になっています。

 最近では、統合失調症に関しても軽症から重症まで様々な状態があるので、〈統合失調症スペクトラム〉を考えようという提案も行われています。うつに関しては昔から、誰にでもあるうつと本格的なうつ病は連続していると考えられてきました。そう考えると、誰もが統合失調症スペクトラムや自閉症スペクトラムのどこかに位置づくことになり、差別も偏見も薄れるのではないかという期待もあります。

 そうは言っても、心の機能不全が重い場合や複合している場合、そして精神的な苦痛が激しい場合や、環境に適応できず生活が破綻している場合は専門的な援助を要するでしょう。医師の場合は、患者さんの症状と病名についての判断が求められるので、みんなスペクトラムになってしまうと困るかもしれません。看護師の場合は、精神的な苦悩を和らげ生活を維持することを手助けする上で必要な限りで、患者さんの精神状態や生活状態について判断できればいいので、スペクトラムという見方には馴染みやすいように思います。

【包括的人間理解―生活機能・精神機能・人格機能】

 そこで私は、精神機能に加えて、生活機能、人格機能も視野に入れて、3つの軸から包括的な人間理解を行うことを提案しています。

 生活機能については、衣食住が成り立っているか(日常生活動作ADL:activity of daily living)、生活が充実しているか(生活の質QOL:quality of life)を評価します。ADLが整わなければ、生活機能が著しく低下して生活危機に陥るわけですが、精神機能の低下に伴って生活機能が低下してくる場合も多くみられます。

 精神機能、生活機能の2つの軸に加えて、成長や成熟の度合いを意味する人格機能の軸を用いて人格水準を評価します。その人は、様々な経験を積み重ね年齢相応に成長しているか、それとも虐待やいじめの被害が災いして成長は停滞しがちなのか。あるいは、乗り越えるのが極めて困難な壁にぶつかって子供返りしているのか。人生の選択を迫られるような岐路に立たされて、思春期や青年期のように心が揺れ動いているのか。人格機能が低下し、その結果として精神機能が低下する場合も、その反対に精神機能の低下が人格機能を低下させる場合、あるいはどちらか一方は低下してももう一方は比較的保たれる場合などもあります。

 それでは、適切な意思決定ができるための前提条件について考えてみましょう。

 まずは、事実判断の的確さです。事実判断とは、過去・現在・未来を貫く因果関係について論理的・現実的に判断することです。的確な事実判断を行うためには、正確な知識に基づいて断片的な情報を結びつけ、今何が起きているかを判断する能力が求められます。

 次は、価値判断の的確さです。価値判断とは、「すべきこと」と「したいこと」、つまり「規範」と「欲求」の対立に折り合いをつけて、どういう状態を目指すのが望ましいかを判断することです。規範と欲求の水準は成熟に応じて高まっていくので、高次の規範と価値観が身に付けば、高次の価値判断が保証されます。孔子が「論語」で述べているように、「己の欲するところ(=欲求)に従いて、矩(=規範)を越えず」というのが、そのような境地を指すものと考えられます。

 従って、適切な意思決定とは、正確な知識と高次の価値観の組み合わせによって、目標に到達したときの満足感を明確に思い描きながら、有効かつ実行が可能な対処策や解決策を選び取ることを意味します。

【意思決定と自立】

 そこで、次に意思決定と自立との関係について考えてみます。一般に、療養生活を送っている人の健康上の問題解決に向けた行動をセルフケアといいます。一昔前までは、医師や看護師は患者に服薬、食事制限、運動励行などについての自己管理を指示し、それを忠実に守る人はコンプライアンスが良いと評価していました。コンプライアンスとは何らかの規則を遵守することですが、忠実とか従順という意味合いも含まれ、受け身な態度を意味する言葉です。組織の一員であれば、組織としての理念や上司の指示を忠実に守らなければならない場合もありますが、それでも忠実に守ることを強いられればうんざりしてくるのが人情です。

 健康上の問題に関するセルフケアの場合は、自分自身のことですし、医師の指示に忠実でなくても不都合が生じない場合もあるし、自分の工夫で医師の指示を生活に見合った形に修正していったほうが長続きする場合もある。そのため、患者にコンプライアンスを要求する医師や看護師の姿勢への批判が高まってきています。最近では、コンコーダンスといって、療養上の自己管理方法については「医療職と患者が一緒に話し合って決めよう」という機運になってきました。

 患者側からこうしたいという主張を積極的に行い、その主張が受け入れられ、結果的に予後もよい場合、弱っている〈やる気〉が高まる可能性があります。自分で決めるチャンス、上手くいったという充実感や満足感を味わうチャンスが多いほど、低下した意欲が高まる可能性があるということです。

 一方、自分で決められないなら、どこで迷っているのかを明らかにし、問題整理を手伝うと選びやすくなります。選択肢は幾つあるか整理し、3つあるならば、「ABC案それぞれのどこがメリットで、どこがデメリットか検討してみよう」と提案してみる。一通り検討を終えたら、「今までの理屈は全部忘れて、心で感じてみよう」と投げかけてみるのもいいと思います。「本音は何?本当にやりたいことは?」と尋ね、本音を引き出してみると選びやすくなります。解決策を選べても、それを実行に移すにはエネルギーが要ります。そのエネルギーが落ちてしまうのが精神疾患の特徴なので、そこでも周りの人がつきあう必要があります。

 ところが、統合失調症の一部に、身近な人や親身になってくれる人に相談も援助要請もせずにどんどん自分で決めてやってしまい、その決め方や決めた中身が危なっかしい人もいます。結果的に他人にひどく迷惑をかけることをやってしまって、結局は信用を失って本人が困る。そういう場合は、望ましい決定に周りが導く必要が出てきます。本人が「どうしてもやる」といっても、「それだけは止めたほうがいい」と助言し説得に努めるという支援や介入も、時には必要になってきます。

【内発的動機づけ向上の3条件】

 意思決定した行動の背中を押す働きをするのが動機づけで、欲求に基づいて人間を行動に駆り立てる力のことをいいます。動機づけは、心の外側から働く場合と心の内側から働く場合があります。

 外発的動機づけ:外側からの動機づけとは、賞罰に駆り立てられた〈やる気〉で、一時的で比較的弱い効果しかありません。心理学界では賞罰で〈やる気〉を起こすのは当たり前だという説が濃厚だった時代がありましたが、そのような環境で育った人は、心からの興味に基づいて自発的に課題に取り組む力がなくなってしまうという説が1970年代に提起され、じわじわと浸透しています。

 内発的動機づけ:行為自体を目的として、心から湧き出す〈やる気〉で、比較的強く、安定した効果が持続します。エンパワメントという言葉は、障害者リハビリテーショの領域でよく使われますが、内発的動機づけの向上に向けた支援のことで、相手のパワーが高まるように働きかけます。

 最後に、内発的動機づけ向上のために、皆さんに覚えて使ってほしい3つの条件を紹介します。

自己決定の実感:特定の課題への取り組みを自ら選択したという実感

はじめから自分で選んだ課題ではなくても、自ら選択した大きな目標の中に位置づけられる課題なら自己決定を実感することができます。リハビリテーションにおいても、やりたいことばかりではなくて、ちょっと辛いけれどもやっておいたほうがいいという課題がありますね。大きな目標として〈自立したい〉という気持ちを持っている人は〈やる気〉が高まります。

有能さの感覚:問題解決が適度に困難であるという実感

課題がやさし過ぎても、難し過ぎても〈やる気〉は起きません。中ぐらいに難しいと〈やる気〉が起きます。また自己効力感、つまりやってみて上手くいった経験があると、そのあと同じ仕事に取り組む〈やる気〉が湧いてきやすいのです。要は自分の有能さに自信が持てるということです。

関係性の体験:適切な支援を提供してくれる相手との信頼関係

関係性がある時は、〈やる気〉は持続します。但し微妙なところがあって、相手に依存してしまうと、その相手に褒めてもらいたい気持ちが起るので、〈やる気〉が外発的動機づけに転じてしまう恐れがあります。その危険度が比較的低い体験は、当事者同士のピアサポートです。つまり相互支援を通じた一体感・連帯感があると、〈やる気〉は持続します。

【意欲低下への対応策】

 うつ病は、精神疾患の中でも〈やる気〉が低下しやすい点が病気の大きな特徴です。しかも、軽いうつ状態ならほとんどの人が体験するし、あらゆる精神障害は、うつと重なる場合があります。 

うつのチェックリストを挙げておきますので参照してください。

 うつの軽減に役立つ4タイプの刺激を紹介しておきます。自分が興味をもてること、やりやすいことから実行すると、効果も上がり長続きします。

1)運動刺激:散歩など軽い運動・好きな運動

2)感性刺激:音楽・美術の鑑賞や演奏・制作

3)関係刺激:誰かと楽しく会話する

4)課題刺激:解決できる問題に取り組む

 1人では億劫なら、誰かに付き合ってもらうのも良いし、自分から援助を求められない人には周囲が誘いかけて、生命力が賦活されるような環境へ誘い出してください。生活の中で楽しみを見出せるところから、自己決定の力は育って行くことでしょう。
                                              ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 台風、大雨、強風、土砂崩れ、床上浸水、雷、最近の天気予報でよく耳にする言葉である。毎回、この小欄でも述べているが、本当に最近の天気は様子がおかしい。地球の海や空が荒れている。人間社会の乱れが影響しているとは思えないが、国内外ともに喧しい。

 その一方で宮本先生から面白いというか、貴重なお話を伺った。「やる気」についていろいろな角度から見るお話である。聞いていて「なるほど」とうなずける部分が多々あった。

 病気の息子に「やる気」があるのか、と問いただした時があったのを思い出した。先生のお話の中に、やる気が出ないのは「本人のせいではない、病気のせいだということをまず認識する必要がある」と述べている。なるほど。

 そして、その人の精神機能、生活機能、人格機能の3つの基準に沿ってみることの重要性を説いている。精神機能とは病気の回復状況をみる。生活機能はQOL、ADLをみる。人格機能からその人の人間として退行期にあるのか、成熟期にあるのかをみる。これまで、ただ漫然と病気の息子を「薬は飲んだか」「眠れているのか」「たまには外に出ているのか」といった表面的な部分でしか見ていなかった。確かに、こうした判断基準を設定してみていくことの重要性が少し理解できたような気がする。なるほど、である。

 息子はグループホームに入り、一応独立した。何はともあれ一人生きてる彼をまずは褒めてやらなければならないだろう。病気を抱え、作業所に通い、なんとか独居生活を続けることの大変さを考えてあげなければならないと思う。先生の言葉の中にあった、「有能さの感覚」を認めて彼が「やる気」をさらに助長させて行けたらありがたいものである。    嵜