英国・メリデンに学ぶ訪問家族支援

新宿区後援・1月新宿フレンズ講演会
講師 家族・PSW 市川俊朗さん
みんなねっと副理事長・都連副会長 松沢勝さん

ホームページでの表示について

バーミンガムで研修受講と実践         
   家族・PSW 市川俊朗さん

【家族会議から始まった】
 
今日は当事者の息子と一緒に参りました。彼は、わが家の「家族会議」の書記です。20年くらい息子の病気に苦しんできて、前半は女房が担当していましたが、7、8年前に燃え尽きて私が引き継ぎました。彼のことはクローズにしていましたので、たまにあちこちの会に出て勉強をする程度で、情報も支援もなく、五里霧中の状態でした。何とかしたいと3年前に新宿フレンズの会員になり、また、その頃、PSW(精神保健福祉士)の資格を取りました。
 そして、数年前「みんなねっと」の「わたしたちの求める家族支援」という講演会での佐藤純先生(京都ノートルダム女子大学・生活福祉文化学)の講演の中で、Meriden Family Programmeという、イギリス・メリデン地方の家族支援プログラムのお話を聴きました。そのとき、「家族会議」という言葉に魅かれました。それは当時、息子は昼夜逆転、食事は皆が寝静まってから1日1回で、家族みなバラバラでしたからです。1週1度でも皆が顔を合わせることが出来ればと、私なりの「家族会議」を始めました。昨春には、毎週1回のその家族会議が80回ぐらいになり、家族の課題解決に役立てようと思い始めました。
 メリデンプログラムの中に、BFT(Behavioural Family Therapy:「家族行動療法」)があり、このプログラムを各家庭に届けるファシリテーター(facilitator:参加者の学びやチームの成長を促進する役割の人)をファミリー・ワーカー(family worker:「家族訪問専門指導員」)と呼びます。このファミリー・ワーカーの養成講座が英国バーミンガム市であると聞いて手紙で頼み、昨年7月7日~11日の研修に行ってきました。
 バーミンガムでは、現地の臨床心理士、地域精神科看護師(CPN)、医師など22名と一緒に9時~17時までの講座を受けました。各講義のあと4~5人の小グループに分かれて、ロールプレイをし、その中で順番に1人が必ずファミリー・ワーカー役を演じて、それが出来ているかどうかチェックをするという内容でした。

【英国の家族支援の状況】
1)家族の体験:当人が突然発症すると、家族は何の知識も訓練もなく、当人の複雑な行動に絶え間なく直面することになります。
2)家族の主要課題:当人の自殺リスクもあり、予測不能の上、スティグマつまり社会的偏見・差別もあり、仕事にも影響して経済的問題も出てきます。レスパイトつまり一時的な休みをとろうとしても、施設が必ずしも充分に無い。こうした結果、介護に身体的・精神的な影響が出てくることになります。
3)家族のメンタルヘルスへの影響:調査によれば介護者の38%が神経緊張、28%がうつ状態、27%が不安障害にかかっているといいます。
4)高EEよりもストレス:こうした中で、家族の感情表出の問題が出てきてしまいます。しかしここではEE(Expressed Emotion:感情表出)を問題にするよりも、家族のストレスが問題であると考えています。高EEのレッテルを貼るのは容易ですが、その原因となっている家族のストレスを問題とすべきで、それをどう解決していくかを考えているのがこの「家族行動療法」です。
5)ケア法(Care Act 2014):病気・身体障害・精神障害など他者のサポートなしには生活できない家族メンバーに、無償でケアをする人をケアラー(介護者)といいます。この法律は、地方自治体にケアラーのニーズを評価し、必要に応じて支援することを求めています。
いま英国の大人の8人に1人はケアラー、つまり約650万人が誰かの介護をしています。彼らの無償サービスはGDPの25%に達するそうです。したがって国も単なる奉仕ではないと、積極的な支援をしています。ケア法の給付金システムでは、1週35時間以上ケアすると給付金対象となり、週に61.35ポンド、月で約46,000円ほどです。ただし所得制限があります。
6)リシンク:英国には、Rethinkという家族と当事者の団体もあります。これは、40年前に、精神障害者の世話をした人が英国の代表的な新聞「タイムズ」に ”勇気を持って”(社会的偏見差別を恐れずに)投稿し、それを受けて同紙の記者ジョン・プリングが家族の声を集め、その記事がきっかけで作られた家族団体です。今ではイングランドだけでも6万人の精神障害者の、自立支援を直接応援する精神保健サービス事業者でもあります。面白いのは単なる奉仕団体ではなく、ここの会長は一流企業の社長と同じくらいの年棒をもらっていることです。

【家族に直接支援する】
 中心になるのは、「家族介入」(Family Intervention)というプログラムです。家族に精神疾患が出て、緊張・ストレスがあるときに、メンタルヘルスの専門家が直接、家族を訪問して、家族にぴったり合うオーダーメイドのようなサービスを展開するのがこのプログラムです。1回につき1時間、2週間に1度の提供を3ヵ月から1年程度続けます。これは不特定多数のためでなく、あくまでその人に合うプログラムなので、効率の高いものになっています。
「家族介入」がいかに有効であるかは、1980年代の研究者たちの実験の結果にも出ていて、介入しただけで再発率が減少しています。
・9ヵ月後再発率・・介入した6%  介入なし44%
・2年後再発率・・・介入した17% 介入なし83%
更にそれを次の二点により高めたのが、今回受講した「家族行動療法」(BFT)です。
評価を重視する:オーダーメイドを更に高める
家族会議の重視:家族間のダイナミックス(相互作用の力)を活用する。
「家族行動療法」(BFT)の提供するものは、
1)家族関係の改善
2)ストレスの減少
3)快復の促進
4)メンタルヘルスの複雑な問題に挑戦する家族を支援する
その具体的な方法として、ファミリー・ワーカーが家族全員で構成される「家族会議」を訪問し、以下のコンポーネント(構成要素)をその家族に即して提供します。プログラムは通常一回が一時間、週1回、平均12セッションで構成されています。
「家族行動療法」(BFT)の4つの内容
1)評価と目標設定:個人と家族の評価があります。
2)情報共有と再発防止
3)コミュニケーション・スキルズ(対人関係の技能)
4)問題解決スキルズ
1)の個人評価について
1.当事者の困難に関する知識があるか
2.問題とその対処方法の知識があるか
3.日常生活のパターンの検討:どういう活動に最も時間を使っているか。どの場所で時間を過ごすか。誰と一緒に長くすごすか。これからどうありたいか。個人の目標をその中であげてもらう。
1)の家族評価については、家族が問題解決をするためのユニットとなっています。
・報告による問題解決力評価(家族のこれまでの問題解決の例の聴取、分析)
・観察による問題解決力評価(家族の問題を実際に討議、解決策までを録音、分析)
これらの評価を「コミュニケーション問題解決チェックリスト(CPC;Communication and Problem solving Checklist)」の中に落としこんで評価をします。CPCはコミュニケーション・スキルズ5項目、問題解決スキルズ8項目あり、該当するところにチェックをいれます。そして最後に総合評価として、その家族に最適のプログラム展開を決定します。
「メンタル・イルネス(精神疾患)がドアからやってくると、コミュニケーションが窓から出ていってしまう。」これは、今回紹介されたあるケアラーの言葉です。コミュニケーション・スキルズは、最も基礎的な大事なスキルです。このプログラムでは、コミュニケーション・スキルズは、「楽しい感情の表現」、「肯定的なお願い」、「不愉快な又はむずかしい感情の表現」及び「傾聴」の4スキルで構成されています。一方、問題解決スキルズには、「問題解決6段階法」があります。
「家族行動療法」(BFT)とは、一言でいえば、ファミリー・ワーカーが家族全員で構成される「家族会議」を訪問し、評価を行い、家族は、「家族会議」の場でコミュニケーション・スキルズと問題解決スキルズを効率的に習得し、家族自らの力で良いコミュニケーション、問題解決をそして、目標達成を行っていくためのプログラムであると言えましょう。
私の家の「家族会議」は、今月通算120回を超えました。ここ数ヵ月は、コミュニケーション・スキルズを練習実践してきましたが、これから問題解決スキルズ等に挑戦することに決めています。

これからの家族支援―英国メリデン版の訪問支援
みんなねっと副理事長・都連副会長 
           松沢勝さん

 日本における家族支援、これからのメリデン・ファミリー・ワーカー導入のご案内をお話します。
 平成22年の「家族支援に関する調査研究」という精神障害者の家族の実態調査があります。その調査では、80%の家族が当事者と同居していました。
「精神障害者の家族が直面してきた7つの困難」として、
1)病状が悪化してきたとき必要な、訪問型の支援が無い
2)困ったときにいつでも24時間相談できて、問題を解決してくれる場がない
3)本人の快復に向けた専門家の働きかけが無く、家族任せである
4)利用者中心の医療となっていない
5)多くの家族が適切な情報を得られず困った経験を持つ
6)家族自身が身体的・精神的健康への不安を抱えている
7)介護のために仕事を辞めるなどの経済的負担をしている
「どういう相談支援がほしいか」については、
1)悪くなったときに訪問して、状態を脱するまでの支援
2)治療時に必要に応じて病状の快復見通しをきちんと説明する
3)家族関係が悪化したときの調整
4)家族が休養をとりたいときに訪問して、本人の生活を支える
5)本人との日常的な接し方の相談支援
6)本人の自立の準備のための働きかけ

【みんなねっととメリデンのつながり】
 みんなねっとは2007年5月に発足。その時の記念講演が伊勢田尭先生(前東京都立多摩総合精神保健福祉センター所長)の「精神福祉の動向と家族会のこれから・英国と日本の比較」でした。結論は、「日本の家族は無支援な状態である。国情の違う日本で英国のような家族支援を行うためにはどうしたらいいか。英国で実際に見てこよう、協力してほしい」といわれ、約15名が2008年11月9日から15日間訪英。私も一行に加わり、これから家族支援を実施するのに何をしたらいいかを見てまいりました。 
 そこで、家族支援として重要な課題は、この2つとされていました。
1)家族の機能評価
2)家族の心理教育
大事なのは、今までの病気を問題の中心とする考え方から、日本の家族の特徴を考えたリカバリー支援、本人の社会的・心理的独立のための支援中心の方向に…ということです。リカバリー支援は大事な考え方で、本人の病気に対する烙印・偏見にとらわれず、前向きに対応しようとすることが大切なのです。
 つぎに本人や家族の人生における目標・希望を一緒に検討して行動を起しているかという点です。本人のリカバリーに貢献し、できれば、他の家族や社会の幸せに役立ちたいという利他的認識を持つものであるかどうか、皆さんもお考えになってみてください。

【リカバリーの考え方を支える技術】
 コーピングスキル:ストレスに適切に対処する技能です。日常生活の問題を解決し、家族機能の改善を図って、家族単位の相互に助け合う資源を生かそうとする強力な手段です。
 家族行動療法(BFT)の進め方:メリデンはここでの「家族」の定義を、次の2つのいずれかを満たす広い概念としています。
 本人・親・兄弟に限らず、同じ建物の生活単位の中で暮し、その単位の組織化と維持のための責任を共有する人々
 居住場所に拘らず、ある個人に対し日常的に情緒的支援の中心的提供者である人々
 要するに本人を支援する人々は全部入るということです。ファミリー・ワーカーによる家族支援では目標があり、最初はワーカーが寄り添いますが、やがてワーカー抜きの家族ミーティングなどを経て、最後は家族だけで問題を解決していけるようになるのが、メリデンの中心テーマであり狙いのようです。そういったリカバリーの力を得た家族に育てるのがファミリー・ワーカーの腕前ということですね。

【メリデンに参加するには】
 市川さんのお話のように、1人のワーカーが週1回訪問し、3ヵ月に12回のセッションをします。その後ブース・セッションつまり地固めのためのセッションを3ヵ月毎に月1回開きます。
 このメリデンの訪問支援の成果は先ほどのお話の通りで、再発率は10%を切っています。また入院率の減少、薬物療法への積極参加、ケア・コストの削減などの効果も出ています。
 みんなねっとはメリデン・ファミリー・ワーカーにどのように参加するかですが、「私たちが求める家族支援―英国メリデン版訪問家族支援プロジェクト第2弾」を計画しています。メリデンの効果を確かめながら進めようということで、現在5名程度のバーミンガムへの派遣を募集しています。要件として自分で行き、通訳なしで勉強する。基礎ワークショップの受講料は23万円ですが、諸費用のうち30万円をみんなねっとで補助します。今のところ2,3名の応募で、まだ募集中です。
 最後にメリデンの所長Dr.ファデン(Grainne Fadden)の言葉を紹介します。
「土を耕すには、まず鍬を入れてください」

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 如月、この月、この日十四日は男性にとって有難い日である。とは言ってもこの歳の男性(小生)には縁が薄い。チョコレートの成分は?と健康面から眺めてしまう小生。カカオの中にポリフェノール、テオブロミン、カフェインなどが多く含まれると聞くと、意味不明のままガツガツ食ってしまう小生である。

 さて、そんな甘い話から今月の講演の話題に切り替えよう。今月は2名の方にお願いした。まず、今回の企画の発端となったのが新宿フレンズ・メーリングリスト14.9.15の発信者・市川さんのメリデン経験談であった。

 今回の講演を聞いていて、統合失調症患者を見守る親たちの苦労に国の違いによる差はないことを強く感じた。英国の家族支援の状況で、家族の体験、家族の主要課題、メンタルヘルスへの影響、以下すべて日本での課題と重なっている問題である。

 当人が突然発症し、家族は何の知識も訓練もなく、当人の複雑な行動に絶え間なく直面するという件では、何度もこの場で私も述べてきた。そんな親たちは病院であれ、役所であれ、行くところすべては熟練者と顔を接する。訳の判らぬまま判を押し、与えられる薬を飲まされる。そして、神経緊張、うつ、不安障害を起こす。英国の家族と全く同じではないか。

 もう一人がみんなねっと副理事長・松沢勝さん。やはりメーリングリストのメンバーである。松沢さんも2008年に訪英して、英国の家族支援を学んでいる。

 お二人のお話を聞いていて、盛んに出てくるのがストレスという言葉のような気がする。日本の家族支援というと、買い物援助とか、掃除・洗濯の手伝いとかが話されるが、英国の家族支援では、介護者の内的というか心の部分の介護が中心になっているようである。

 そうなのだ。介護者の疲労は労働ではなく、心的苦労なのである。メリデンから学ぶべきものとはこのことを中心に捉えることであろう。英語が堪能な方、ぜひこの機会に英国で学んでみてはいかがであろう。「英国メリデン版家族支援プロジェクト」で募集している。 嵜