若者のためのデイケア・イル ボスコ

新宿区後援・10月新宿フレンズ講演会
講師 統合大学医学部精神神経医学講座教授 水野雅文先生

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【脳機能の回復をめざすプログラム】

 イル ボスコは2007年に、東邦大学の大森病院で開設したデイケアです。15歳から30歳の方まで、統合失調症の初発の方、それから発病しそうな方、その2つのグループに対して、1年間という期間を決めてデイケア活動をしています。

 大学病院のデイケアですので病院の一角にあり、名は大森病院にちなんでイタリア語で森、イル ボスコ(Il Bosco)としました。一昨年NHKの朝イチで紹介されましたので、ご覧になった方もいらっしゃるかと思います。 

 デイケアというのは法令で面積とか患者さんの参加人数、職員数等が決まっていますが、ここは3名の専任職員のほかに、精神科医や研修医たちも一緒に見てもらうようにしています。最近は当事者にもピアスタッフとして入ってもらっています。

 1つの特色として、プログラムの中身を若い人が興味を持てるものにしています。体操やスポーツ、部活動とか大学のいろいろな行事や学園祭などに参加するなど、大学病院で若者が多いので、そんなことが気軽に出来るメリットがあります。利用者の多くは就労か就学を希望しています。

 大事なことは、統合失調症は脳の病ですから、いろんなプログラムで脳の機能を回復させるための仕掛けをいろいろ考えて、認知機能のトレーニングを出来るだけ楽しい環境の中で継続できるように様々な段取りを行っています。

【若い人だけの意味】
 
なぜ若い人だけを分けてやるか。プログラムが若者向けに楽しくできることもさることながら、実は、あまり極端な精神科病院に長く入院している方ばかりのデイケアは最近は少なくなってきていますが、それでも多くのデイケアは平均年齢が高い。ご年配の方のいるデイケアはそれなりの良さもありますが、中には昔は病院でもタバコを吸っていましたから、戸を開けて入っていくと煙がモクモクしている中で袋の紐つけや箱折りの単純作業を毎日やっていて、若い人にとって、あるいは若くない人にとっても面白くないかもしれません。

 私たちが外来の患者さんに、作業所や精神科病院に付属しているデイケアをご紹介して、ずっと長く行ったほうがいいというのでなく、「生活リズムを整えるために家にいるよりいい」とお勧めしたわけですが、ご本人からもご家族からも「あんなところに紹介されても困ります」というご返事を頂くことさえ珍しくなかったのです。しかも「何年か経つと自分もこんな風になっちゃうのか」と、不安になるような雰囲気があった。

 そこで若い人だけのデイケアをやったらいいのではないかと考えたのがイル ボスコです。最近多くの患者さんが就職をしたいと、ことに若い患者さんの場合は希望されます。しかし就労支援といってもどこに行ったら仕事があるのか、どこに行ったら精神障害者手帳を持っている人を優先的に、それを承知で雇用してもらえるか。あるいは、本当は障害があることを明らかにせずに、できればクローズで一般就労したいという希望とか、最初は障害があることを言って会社を見つけ仕事をし始めて、その上で次の仕事にステップアップしたいなど、患者さんにはそれぞれの思いがあります。

【早期介入が大切】
 実はいまの時点で決まった治療法があるわけではないのですが、統合失調症の始まる前(At-risk mental state; ARMS)の段階で、上手にストレス・マネジメントをして、たまには少量の薬を使ったりもして、そうした治療を組み合わせることで、なんとか本格的な発病に至らないようにという治療が、とても大事だということが知られてきています。運悪く発病してしまっても、最初の5年ぐらいの間が非常に大事で、この間にも脳の萎縮はどんどん進んでいってしまうのですが、それをさまざまの脳機能を賦活するようなプログラムや適量の薬をきちんと飲むこととかで、何とか食い止めて再発・再燃を防ぎ、そして一番大事なことは、ご本人が自分らしく生きていくためにどうしたらいいかと、希望を持つことが大事なのです。

 早期介入について、家族会では既にご家族の方が病気になってしまった方が多いので、いまさら発病前に気づけばよかったとか、発病してすぐに病院に行けばよかったという話をされても…という方も勿論いらっしゃると思います。そういう意味では家族会で、精神疾患も早く見つけて早く治療したほうがいいという話は、なんとなく申し訳ないという気分がぬぐえず、どんなものかなと当初は思っていました。しかし、こういった会でお話をしますと、ご家族の方から、「精神疾患も早期発見・早期介入が必要だと世の中で広く知られていくことは、次世代のため、あるいは世の中全体のアンティスティグマ(偏見を取り除く)といった意味で重要だから、是非そういった話も聞きたい」との声も頂きます。

 日本は高校までは教科書があり、文部科学省が検定した教科書でないと授業は出来ない。その中で精神疾患について習うのは保健体育という科目です。小学校から高校まであり、高校の保健体育は一番時間的余裕があるにもかかわらず。そこには精神疾患の名前も症状も出てきませんし、治療についての説明もありません。ましてや早く見つけて早く治そうなどとは一言も書かれておりません。

【貧困すぎる精神科医療費】
 
トータルで考えると、精神科の治療や福祉は、デイケアよりずっとお金がかかります。イル ボスコは贅沢にスペースがあって、デイケアとして1日33~34人を引き受けられるのですが、実際には10数人で行っています。スタッフは普通の保険診療だと3人いればいいのですが、イル ボスコは大学病院なので研修医や若手のドクターも看護学生もいて、いつも6人がスタッフとして入っています。つまり患者数が決まりの半分で、スタッフが2倍ということは、簡単に言えば4倍の費用が掛かっているわけです。今、精神疾患のデイケアというのは、1日でせいぜい800点前後でしょう。800点というのは料金に直すと8000円(自立支援医療で患者が支払うのは1割)ですね。

 日本は国民医療費が40兆円を越えたと新聞に出ていました。40兆円を越えた中で、精神医療費はどのくらいだと思われますか。体の病気と同じぐらいに脳の病気についてもお金が割かれるといいのですが、そんな夢のような話は全くありません。実は精神疾患に割かれているお金は全体の5%です。日本には30万床の精神科病床があり、5%のうち3.5%は入院治療で、たった1.5%が外来です。

 ある人が病気になったときに、病気治療費だけではなくて、その人が仕事をしなくなるロス、その人の看病で誰か仕事を辞めることによるロスなどを足して、病気による損失を計算する式があります。これをDALY(Disability-Adjusted Life Years)と呼びます。DALYで日本の疾病ごとのロスを計算すると精神疾患は20数%を占めています。であれば医療費のうち20数%をきちんと精神保健にまわせば、もっともっと今の健康保険では成り立たないような治療が、特に若い人にそれを注げば長期入院などは避けられて家族もそれぞれの仕事が出来たりとか、人生が豊かになったりとか、いろんな可能性が広がってくるのではないかと思います。

 わずか5%という数字に驚いた方も多いと思います。これは公開されている数字なのですが、国民の側から精神疾患に対する支出が少ないと言う声は全く届いていません。健康保険の点数改正のときなどに、家族会にも声を上げていただきたい。例えば医師が1人で開業しているクリニックは沢山あります。しかし、もう少し点数が高くなると、たとえばソーシャルワーカーを1人雇えます。先ほど「就労支援の話を医師は知らないから、診察室で話しても今のところは無理ですよ」と申し上げましたが、もしもそこにソーシャルワーカーを雇えるようになれば、病状を良く見ながら次の展開を考えることが出来る。あるいはもう1人看護師がいれば、ソーシャルワーカーと看護師とで訪問診療ができるようになる。そういった地域医療の広がりのためには、まず先立つものがないと医療は充実して来ないことは明らかだと思います。私たちは医療費から報酬を得る側ですから、良い治療を求めて言っても、儲けたいんでしょうという話になってしまうので、なかなか言いづらい。是非ユーザーの方々から、より良い診療を求めて言っていただきたいと思います。

                                       ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 街にジングルベルの鈴の音が行き渡る頃となった。日本のクリスマスは宗教とは無縁の産物として根を下し、商戦の道具として定着した。これも日本の文化なのか。

 そんな騒々しい街の中でも、イル ボスコは若い人たちの心の落ち着く場として機能しているようだ。今月は水野先生から、先生が中心となって始めた東邦大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンター・イル ボスコの説明から日本の精神医療の問題点などをお話していただいた。

 まず、日本の学校教育の問題がある。今、小学校、中学校で精神の病について何も教えていない。この時期に発症する傾向にあるというのにだ。そして、発症してからが問題だ。親もその対処の仕方を知らず、患者本人にしてをやである。精神の病の根源は意外とこの辺にあるような気がする。

 私自身、息子が異常な行動を取った際に「何か変だ」と感じても、まさか統合失調症(精神分裂病)の症状とは思わなかった。そして、息子は病気を悪化させ、警察沙汰(医療保護入院)を3回も経験させてしまった。

 精神科の医療費の問題もある。全体で40兆円の医療費の5%が精神医療に使われているという。さらに、ある人が病気になって、その治療によるロス、そして周囲の人の看護等に係るロス等を計算すると全体の20%に及ぶという。ここでも精神科の医療費が如何に不足であるかが分かる。精神科の医師が足りない、看護師が足りない、ソーシャルワーカーが足りない。こういう要望は家族会から出して欲しいと先生はいう。医師からいうと我田引水と取られてしまう。なるほど。