知識は偏見をなくす―「学校MHL教育」研究会の取り組み―

新宿区後援・11月新宿フレンズ講演会
横浜市立大学付属市民総合病院センター 看護師 上松太郎さん
東京医科歯科大学大学院 博士後期過程・看護師 松浦佳代さん

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慢性期・急性期の閉鎖病棟を経験して】

松浦:私は看護師になって10年近くとなり、中堅の入り口に立ったかな、というところです。看護学生になる前の私の精神科の知識はうつ病という言葉ぐらいでした。看護実習を通じて精神科看護についてもっと学びたいという思いが湧き、地方の精神科病院に就職。配属先の慢性期の閉鎖病棟には入院10年以上の方が多く、外出外泊もあまりしない。そのうちに、精神科ではこれが当たり前のことなのかな?と思うようになりました。

 ある日、医師から「あなたたちは、精神疾患は良くならないと思っているでしょう。そんなことはないんだよ」と言われ、そして急性期病棟に移動した先輩から「見る見る回復してゆく患者さんに出会った。やっぱりあの先生の言ったことは本当だ」と言われました。退院できないのは、都会ほどにはグループホームも訪問看護も十分ではない、といった地域の支援体制の不十分さが影響していたと、今なら分かりますが、その頃は「なぜ退院できないんだろう」という疑問すらなかったのです。

 看護師になって2年目に研修レポートを作成するため、ひとりの患者さんのカルテをじっくりと読む機会がありました。倉庫から古いカルテを沢山借りて分かったことは、10代半ばに幻聴・妄想などの精神病様の体験があり、急激な成績の低下、不登校、引きこもりと、入院する前から辛い体験をしていたことでした。

 書店で『こころの科学』という雑誌を手に取り、統合失調症では精神疾患の開始から薬物治療までの期間DUP(duration of untreated psychosisi:精神病未治療期間)が予後に影響し、短いと良好、という発表がたくさんあると知りました。けれども慢性期の閉鎖病棟にいる私は半信半疑でした。

 この雑誌では、児童思春期の精神疾患について、ニュージーランドでの1972~73年に生まれたお子さん約1000人を対象にして、0歳、3、5、9、11…26歳など、各年齢における発達性障害や健康状態の大規模追跡調査も紹介されていました。研究チームのホームページによると調査は今も続いており、2010年の38歳時が最新の調査とのことです。

 2000年の発表によると11歳で精神病様の体験のあった子は、26歳時に何らかの精神病症状があり、約25%の人が統合失調症様障害に罹患していました。10代で生じた精神的不調の中には、精神疾患を考えた対応が必要な子どもがいる。でも、その不調が本当に精神疾患なのかは分からないし、それを誰が決めるのか…と困惑しました。

 東京に転居し、今度は急性期の閉鎖病棟へ配属されると、都会と地方との格差に大変驚かされました。なかでも医師の数が多いこと、医師が病棟に大抵いらして、患者さんへの診察も多く行われていることには驚きました。精神保健福祉士や薬剤師は病棟ごとに配属されていて、質問や疑問があればすぐ相談できる体制が整っていました。私の感覚からすると、処方薬の量は圧倒的に少ないと思いました。主治医による診察や、看護師が観察した患者さんの様子、ご家族からのお話等をもとに薬剤の効果を検討し、小まめに処方の変更が行われていたことも印象的でした。

 治療についても、急性期症状の幻覚妄想状態で入院して、一時的に隔離室、場合によっては拘束して点滴となっていた患者さんが大部屋を経て退院される様子や、統合失調症の発症初期に病院にうまく繋がって治療が始まり、症状が寛解して退院される患者さんの姿を目の当たりにしました。地方の慢性期の閉鎖病棟で、あの大量の薬は何に効くのかと思っていたのですが、私はここにきてやっと、薬は効果があることを実感しました。

 そしてDUPを少しでも短くするという早期介入・早期治療という視点に加え、発症した後、寛解の良い状態が続くように症状悪化の再発・再燃のサインは早めにキャッチすることが大事だと思うようになりました。

 大学院に入り、講義で紹介された報告書(平成21年度厚生労働科学研究こころの健康科学研究事業岡崎班「早期支援・家族支援のニーズ調査報告書 Ifこころがつらくなったとき、もし、こんな支援があったら…」)で、ご家族の「精神疾患の正しい知識を事前に学ぶ機会があったら…」という記述を見て、精神疾患に関する知識の普及啓発が必要、と改めて思いました。

 私は看護師なので、目の前にいる患者さんがご自身の症状悪化を早めにキャッチできるような支援として、入院中の心理教育や薬の説明をちゃんと行いたいという思いは強く持っています。けれども、それだけでは不十分だと思いました。発症から治療開始までの期間を少しでも短くするための早期支援と、発症した後の生活への支援との両方が必要と考え、コンボの「学校メンタルヘルスリテラシー(MHL: Mental Health Literacy)教育」研究会の活動に加わり、今に至ります。

【教科書にみる偏見と無視】

上松:私は単科の精神科の病院で20年以上勤め、ここ5年間は主に精神科救急医療に携わっています。高卒後に専門学校で準看護師をとって働きながら看護師資格をとり、今年、大学院を卒業しました。

 日本精神科看護協会で看護師教育をしていた時に、小・中・高校の必修である薬物乱用防止教育を中学で教えました。先生が1回、外部者が1回教えるのですが、警察官と麻薬取締官が多い中で、横浜のせりがや病院(現・県立精神医療センター)が薬物の専門病院で、当時は神奈川県がおそらく唯一、看護師を中学校に派遣している地域でした。

 私が学校MHL教育で目指しているのは、偏見をなくすことです。例えば入院患者さんの病気がその病院で対応できない場合、普通は転院先の病院は受け入れるのが当たり前です。しかし精神疾患があると受け入れてもらえない。奈良では心筋梗塞を起こしているのに県内で全て断られて大阪に転院させた例すらあります。退院後もアパートを借りることがどれだけ大変な作業か。とうとう私財を投じてグループホームを作りました。病院ですら精神疾患への偏見が非常に強く、社会でも強い。その偏見をなくしたいと思います。

 ところで、精神疾患について学校で学んだ方はいるでしょうか。私は看護学校での授業が初めてでした。子どもの頃は仲間から黄色い救急車イエローピーポがあって、気が狂った人が乗ると聞いたのが私の精神疾患の知識でした。ちなみに埼玉では緑の救急車、他にも紫の救急車とかの都市伝説があるようです。

 学校教育の歴史を見ると、昭和20~30年代の教科書には「精神分裂病は精神病の1つで、少年や青年のころから起きて、だんだん気が狂って行く病気で、この病気にかかるものは子どものうちから普通ではなく、16、7歳から性質が変り、火付け、家出、荒々しい行い、その他の罪を犯すことがある。」。「神経症や精神障害の人は異常な行いをする場合が多い。これを非行という。平気でうそをつく。平気で盗む。彷徨い歩く。考えることなしにやにわに激しい振舞いをする」。こんなことが教育されていました。

 高校の教科書では「精神病者或いは精神薄弱者は本人の同意を得なくても優生手術ができる。社会から悪い遺伝子を持った人を除き、健康で明るい社会を作るために大切である。常習犯罪者や青少年で刑を受けるものの約3割、感化院に収容されている不良少年の7割5分、浮浪者や乞食の8割5分は精神病か精神薄弱者か病的性格のものであり、また放火犯人のような凶悪犯には精神病や白痴のものが少なくないと考えるとき、この法律が大切なことが分かるであろう」。優生保護法ですね。 これは障害者やユダヤ人を殺したナチスと同じ思考です。

 昭和40年代には「精神分裂病は青年期に発病することが多く、考え方や感じ方が普通の人と非常に違ってくる病気である。音がしないのに音が聞こえ、ありもしないことをあるように思い、物事の考え方が実際とは合わなくなってくる。自分の考えに閉じこもって他の人と口も利かなくなり、変わった行動をしたり、突然大声を上げたり、目的もなしに歩き回ったり、ついには廃人のようになる」。こういった教育が戦後にされて来たのです。

 昭和50年代になると「精神病の中に最も多いのは精神分裂病と躁うつ病である。精神病は不治の病である、或いは危険だから隔離しなければならないといわれるが、この考えは誤りである。最近の医療の進歩により、早期発見早期治療によって、その多くが治り、社会復帰できる。又医療の立場からは出来るだけ患者を隔離せず、社会生活を営む上で治療することが望ましいとされている。しかし社会の偏見があるがゆえに、開放的施設等による医療体制が不十分であり、これが社会復帰や医療の障害になっている」。ようやく正しい教科書が出来たのですが数年で閉じられています。1980年以降は全く病名が記載されていません。つまり精神病教育が無視されてしまったのです。

 今の教科書はどうでしょうか。「心身の機能の発達と心の健康」と「健康な生活と疾病の予防」では薬物乱用とアルコール依存症、ストレス対処には触れていますが、「こころの病気」についての記述はありません。「性機能の成熟」では、性同一性障害やセクシャル・マイノリティなどには一切触れていません。

 しかし今、学校MHL教育研究グループだけでなく、医療者側からの動きがあるのは、教育の必要性が認識されてきたと思います。

【MHL教育の現状】

 私たちのグループは中学生を対象に教育プログラムを展開していますが、おそらく授業をした学校数は日本で一番多いと思います。それでも神奈川県全体では公立が415校、国立2校、私立64校があるうち、実施校はたった9校です。日本全体で中学校は1万1000校くらいありますが、どんなに多く見積もっても心の病気の教育の経験がある学校は100に満たないでしょう。

 私たちの研究会の特徴は、講義経験のない人でもできるようなプログラムを開発し、スタッフ育成のシステムがあります。まず基本を学んで、学校の授業見学、仮想講義もした上で授業をします。これらの方法は、今回1冊のツールキットにまとめて、コンボ(地域精神保健機構)のHPに発表しました。

 さて、研修には医療・福祉関係者が毎回50人ぐらい参加しています。ただ実際に活動に参加しようと思うと、病院等の施設の理解が得られないという困難にぶつかります。お金に繋がらないからです。

 行政はどうか。2011年に五大疾患に精神病が入り、重点課題に位置づけてはいますが、メンタルヘルスの理解については「地域に受け入れられない」というのです。また予算も、がんなどは死につながることから予防教育に予算を取りますが、メンタルヘルスの予防については予算を組まない現状があります。

 保護者や生徒、地域の一般の人たちは、健康なときはメンタルヘルスのことなど考えないでしょう。次女は知的障害がありますが、自分に障害を持った子が生まれてくるとは全く思いもしませんでした。そういう現実は自分にふりかかってやっと気づかされ、普段は考えない。でも、実際には授業の後で「私はうつ病でした」、「お母さんの病気がはじめて分かりました」と言われたことがあり、思いのほか身近な病気なのです。

 1つ大事なことを覚えてください。「早期介入・早期治療と積極的薬物療法とは違う」ということです。MHL教育に反対して「子どもにそんなことを教育して寝た子を起こす気か、早くから薬漬けにする気か」という人たちがいます。私たちが目指したいのは「早期に病気の発症を知って医療とつながっていれば、見守りができる」ということです。例えば幻聴が出てきたときに、病気の知識があり、すぐに相談できる医療者が身近にいるのと、何も知らず、相談相手もいないところで幻聴が出て不安になるのとでは、その時点でも予後においても大きな違いがあります。私たちは、精神的に危うい場合は、医療がそばで見守る関係が必要だと考えています。

 早期介入・早期支援は、発症する人達に対しての視点です。私自身は偏見を減らす方により関心があり、こころの病気に対する知識、MHLを社会全体として持てれば、患者を支える環境が整って偏見も減るという考えで活動しています。

【1年生1回目「ストレスとこころの病気」】

松浦:中学1年から3年生まで授業プログラムがありますが、今日ご紹介するのは、1年生のプログラムです。1時間目は「ストレスとこころの病気」。学習目標としては、「心とこころの病気を知る」、「心が疲れたり、こころの病気になってしまったら、どうすればいいのかを知る」ことです。

 授業では、パワーポイントの画面と合わせて、生徒の関心と理解を促すため、大きなハートのクッションを使います。恋愛やテスト勉強などを例に、ストレスをもたらすものをストレッサーと呼び、手作りの矢を示します。ハートに矢を当てて、実際にへこむ様子を示しながら、これが「ストレス」という状態であることを説明します。

 続いて、テストの結果を例に挙げて、得点が同じ70点でも、良かったと思う人と、がっかりする人がいる、つまり「人によってストレッサーが違う」と説明します。一つや二つのストレスなら跳ね返す事も出来ますが、次々に様々なストレスが重なっていくと心はどうなると思いますか?と生徒に投げかけながら話を進め、最後にハートが破れて衝撃的な絵を示し、これは「心が悲鳴を上げている状態」と説明します。悲鳴を上げた状態が長く続くと自分ひとりでは立ち直れなくて、周りの助けが必要になり、こころの病気になると伝えます。

 こころの病気の説明をする時は、いきなり病名から入るのでなく、どんな困ったことが自分に起きるのか、つまり症状を中心に伝えます。強迫性障害については、まず「こだわりすぎてしまう」、手が汚れているのではないか、悪いことを周りの人にしたのでないか、など一つのことにとらわれて行動をしてしまうと説明します。そしてこの病気は強迫性障害と名前がつけられていることと、100人に2、3人はこういう病気が起こることを伝えます。

 うつ病の場合は、気分が落ち込んで、意欲がなくなることを伝えます。自分はダメだ、生きていても仕方が無いと考えてしまうこともありますよ、と。すると生徒は「自分も、うつなのかな?」とパッと考えてしまうので、2週間以上続くという基準があることを付け加えています。うつ病の家族を持つ生徒の存在を考慮し、薬が効くことも伝えます。

 統合失調症は、考えがまとまらなくなって混乱してしまう状況と伝えます。聞こえないはずの声が聞こえたり(幻聴)、現実的にありえないことを強く信じてしまう(妄想)と話していますが、生徒に分かりやすく説明することは難しく、伝え方には試行錯誤しています。最近では、お笑い芸人の松本ハウスさんの体験を取り上げていました。また、幻聴・妄想がなくても、神経が過敏になることや、考えがまとまらない等も起こること、頻度は胃潰瘍と同じくらいであることも伝えています。

 説明を聞いているうちに、生徒たちは、こころの病気になると心は壊れてしまうのだ、と不安になってしまうようです。病気について知ることが、恐怖や不安を煽り、偏見を強めてしまうことになっては本末転倒です。そこで私たちは、生徒たちの不安や恐怖の気持ちを受け止めながらも、この授業で私たちが伝えたいメッセージを丁寧に説明します。

 風邪を引いたときには体が熱を出してSOSを知らせるのと同じように、「こころの病気は心からのSOS」であり、「疲れているというSOSを、症状として知らせているのですよ」と伝えます。「まずは休みましょう」、そして「誰かに相談しましょう」と強調します。最初から病院に行きましょう、服薬しましょう、とは伝えません。1年生の1時間目では、病気のこと、ストレス、相談の大切さ、この3つを伝えて2時間目の授業に引き継ぎます。

【1年生2回目「相談する力」をつける】

 2時間目の授業では「こころの不調を感じたら」、どうすると良いかについて、中学1年生の健太君を主人公とした寸劇を取り入れて、ストレスの対処法や相談先を教えます。

 粗筋として、健太君は同じクラスの大好きな花子さんとけんかをし、また部活でも調子が悪い…とありふれた中学生の日常を説明します。「何をやってもうまくいかない。最近なんだか落ち込んでばっかりだ。」という健太君に、大学で心理学を学ぶお姉さんが、その様子に気付いて「健太は元気がないってお父さんもお母さんも心配してるよ」と話を進めていきます。ここで生徒にクイズ形式で「皆さんだったら、このあと健太君にどのように接しますか。健太君が自分の仲の良い友達だと思って考えてみましょう」と問いかけます。

1)無視する。わざとではなくても話しかけづらくてやっぱり無視してしまう。

2)気にはなるがそっとしておく。1に近い対応です。

3)声をかける。…私たちは3番を推奨したいところです。

 ストレス状態で辛い思いをしている健太の気持ち「最近すべてがなんだかどうでもよくなってきたんだよ。夜はあんまり眠れないし。なんとなく元気も出ないし。友達は元気出せよって言うけど、僕はそれを言われるたびに辛くなる。もうこれ以上がんばれないと思う。なんだか自分が生きていることが意味ないような気がする…」。

 ここで健太君はうつ状態にあるかもしれない、と取り上げています。ナレーションが「数週間以上このような状態が続いたときは、病院に行ったほうがいいかもしれません」と話した後、お姉ちゃんからは「中・高生の頃はよく悩んだ」こと、その時期を「思春期といって、だれもが悩みやすい時期」であることが説明されます。

 子どものリアルな日常に近い話の中で、中学生は思春期・青年期で、心も体も発達していく中でアンバランスが生じやすい時期であること、悩みが多い時期なのだと伝えます。ここまで話すと、生徒は「じゃあ悩みが無いほうがいいのかな」とか「ストレスは悪いんだ」という見方に傾いてしまいます。そのような偏りを正すために、「ストレスや悩みは、成長するためにみんなが通る大切なプロセス」であることを伝えます。

 だからといって「悩みは当たり前なんだから我慢しなければいけない」と受け取られても困りますので、悩みの内容によっては自分以外の人に相談することが大事であると伝えます。とくに心の悩みについては誰に相談したらいいのか、相談先の情報を与えます。精神科・心療内科のある病院、クリニック、心理カウンセリング(スクールカウンセラーは身近な存在です)、保健所、児童相談所、教育相談所。精神科病院というと専門的で縁遠い感じがするかもしれませんので、「どんなところか見てみましょう」と病院の写真を見せ、可能であれば施設見学も企画します。

 ところで、ストレスで辛い時、子どもたちは誰に相談すると思いますか。多い順に友達や先輩31.9%、家族22.5%、誰にも相談せず12.1%、先生9.8%、保健室7.2%、スクールカウンセラー4.3%となっています。友人・先輩が最も多い。だからこそ私たちは中学生に向けてMHL活動を行っています。次に来るのが家族、先生という周囲の大人です。このことから周囲の大人も知識を持っていることが大事だと分かります。

 精神疾患に関する教育において、海外で最も進んでいるのはニュージーランド・オーストラリアと言われています。オーストラリアの中学校のうち約70%が「マインドマターズ」という教育プログラムを実施しています。授業は教員が行い、そのための研修も行なわれています。「マインドマターズ」の目指すところは、精神疾患の知識・偏見の改善、他人に相談し、助けを求める力の教育だけではありません。子どもたちへの教育だけではなく、家庭の保護者はじめ地域全体への組織的な働きかけも重要だとしています。このような先進例の考え方に共感している私達の取り組みにおいても、教員向けのプログラムや保護者向けのプログラムを作成し、授業を行っています。

【学校MHL教育活動と家族】

上松:どんな人でもこの活動には携われます。実際には看護師、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカー、看護福祉系の大学教員、精神科の作業療法士、そして当事者や家族などがいます。

 私の大学院での研究テーマは「学校におけるメンタルヘルス教育の普及啓発活動にとりくむ精神障害者の家族の心理」でした。家族で実際に学校MHL教育に携わっている人たちのパワーの根源はどこにあるのかがこの研究の目的です。

 大体の人が「自分と同じつらい経験を次世代には残したくない」と思い、そして「社会の不理解や理不尽に対しての怒り」があって、その怒りをポジティブなエネルギー源として活用している。そしてポジティブの方向に向かせる大きな力が家族会だと調査・研究して分かりました。

 実際の声を紹介します。「知識が無かった。この子のせいじゃなくて、そんな風に育てた自分のせいというのも違っていて、病気が分かっていれば子どもを責めたり焦らせずに済んだ」。つまりは何が起きているのか分からなかったのです。

 学校がもたらす負担として。「学校の先生に相談しても『怠けている』と疑われ、子どもへも『嫌なことから逃げるために体を震わせている』とか、たくさんの人が怖いことが理解されなかった」。「精神障害を理解してほしいと詰め寄っても、『はいはい』みたいな『病気は病院で』みたいな言い方で、『ちゃんとやっています』と言われた。学校が家族の負担になっている」。「同じ立場で『うんうん』と言ってくれる人がいない。発症初期の頃はこの子がいなくなってほしいとまで思った」。そのくらいご家族がパワーを失われると分かりました。

 共通因子として見えてきたのは、知識不足と偏見です。でも家族は潰れっ放しではない。パワフルにもなれる、そこに何がと探ると、影響要素として家族会の力があって、自分と同じ立場、境遇で話し合える場所が非常に重要だと分かりました。家族会で活動している人たちは課題が目の前にあるからこそ、取り組むことによって力を得ることも分かりました。

 もう1つ、私たち医療従事者は早期介入のためにMHL教育をやっていた。つまり早くから介入すれば病気を悪くしないで済むというところを見ていました。家族の人たちはそれだけでなく「学校で嫌な経験をしたから学校を変えなければ」、そして卒業後に発症した親も「社会を変えたい、それには学校を変えなければ」という思いがある。

 また通学中に発症した子をもつ家族は、健常児の子ども達が知識をもつ必要性を強く感じていて、それは「知識を持てば子どもたち同士で支えあうことができる」ことを言っています。「統合失調症になったと告げたときに、アメリカでは『一緒にがんばっていこう』と声をかけてくれた」という話も聞きました。MHL教育のされていない日本では、多くの友達が離れていくそうです。

 私たちは早く病気を軽くして学校に返すことが治療だと思っています。そのために子どもたち自身がメンタルヘルスの知識を持っている必要がある。そして「甘えているだけだろう」と言っていた先生が、少し視点を変えて子どもを支えるようになったら変ってくる。あるいは子どもの精神病様の症状を見つけられれば随分違うだろうと指摘されています。

また健常者の親が「あの子と遊ばないように」と言う。子どもたち同士は関係性を続けて行きたいと思っても、親の話から切られる現実もあります。「周りを変えていく必要がある」というご家族の視点を感じました。

【有病率と自殺率にみるサポートの必要性】

 47.4%、何の数字だと思いますか。これはアメリカの精神疾患の生涯有病率で、3%ぐらい薬物依存症が入っていますが世界で一番高いそうです。日本は一番高いデータで24.4%、ヨーロッパ諸国と比べても低い数値です。

 一方、日本の自殺率は世界で8位。なんと15~39歳までの死亡の一番の原因は自殺です。アメリカは精神疾患の有病率は高いのに、自殺率は41位で低い。なぜでしょうか。おそらくアメリカではメンタルヘルスが日常生活に近い。サポートする医療が近くにあるということでしょう。

 家族研究の中の1例です。「息子はリストカット、OD(薬の過剰摂取)などをし、最後にビルの上から飛び降りる寸前だった。『ふと空を見上げたら真っ青だった。小・中学校でずっと支えてくれた人、病気の前も後も支えてくれた人の顔が次々浮かんできた。その時に、やっぱり生きようと思った。支えてくれる人がいなかったら僕はここにはおらへん。こんな時間絶対なくて、この世にもおらへん』」。この子は統合失調症ですが、今とても良くなって色々な活動をしています。結局支えてくれる人がどれだけいるか。そこを改善していく必要があります。

 私は横浜であちこちの学校を回り、校長先生に「こういうプログラムがあります、生徒さんにお話させてください」と話しても、なかなか開拓できないのが現状です。横浜市で実際に授業をできたのが2校で、それは横浜市家族会連合会が協力して、自分のいた学校に行って一緒に話してくれたことが開拓に繋がっています。力を貸していただければと思います。

 今の子達にMHL教育をしておけば、20年後は多分、何も教育されなかった私たちの世代と違った反応が出るはずだと思います。その子達が生産年齢層になったとき、今の精神障害を抱えている人たちよりは、絶対に生活しやすい環境を作ることが出来ると思います。そうすれば、今病気の人たちの環境も変ってくるわけです。

 教育を通して何とか偏見をなくしていければと願っています。ぜひ、ご家族のご協力を頂きたいと願います。

★学校MHL教育プログラムのツールキットはネット上で公開しています。どなたにもご覧になって頂けますし、ダウンロードもできます。               ~了~

http://comhbo.html.xdomain.jp/

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 いよいよ冬本番だ。襟巻がほしい。手袋がほしい。そんな寒さを感じさせる冬の季節だ。そして、今年も最後の月となった。今年一年、さほどの出来事ではないが、強いて言えばフレンズ事務局が移転したことぐらいかな。

 さて、今号のテーマ「メンタルリテラシー・知識は偏見をなくす」ということで上松さんと松浦さんのお二人にご登場いただいた。このお二人を呼んだのは、当会役員のKさんの活動からである。講演中、寸劇にはKさんも仲間に入っての共(競)演であった。

 常日頃から「偏見」には関心を持っている私も、仕事にかまけてついつい忘れてしまうが、大事な活動の一つであると思っている。精神科の最大の問題がここにあるのではないかとさえ思っている。早期発見、早期治療。これさえ解決できたら患者さんは半減するのではないか。

 しかし、これにギュっと足かせをはめているのが「偏見」である。そして「無学・無知識」だ。かつて我が息子の発症前の私の生きていたスタンスである。

 オーストラリアで「マインドマターズ」という教育プログラムがあるという。子供だけでなく家族、そして地域全体への組織的な働きかけが重要であると。

 日本の場合はどうか。厚労省?ダメ。地方自治体?ダメ。教育機関?ダメ。残るは唯一頼れるのが家族会なのだ。お二人の意見で「そしてポジティブの方向に向かわせる大きな力が家族会だと調査・研究してわかりました」。そして、もう一つ「『周りを変えていく必要がある』というご家族の視点を感じました。」も全くの同感である。子供だけではダメ、大人だけでもダメ。日本全体を変える必要があると。