精神科外来の意義と機能

新宿区後援・9月新宿フレンズ講演会
講師 なでしこメンタルクリニック院長・東洋大学名誉教授 白石弘巳先生

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 私は今年3月に東洋大学を退職し、6月からクリニックの院長を務めています。

本日は、大学から外来診療中心の生活になったことを機に、気づいたことなどお話させていただきたいと思います。

【日本の精神科医療の実態と動向】

日本の精神科医療は、諸外国と比べて特徴があります。

1)精神科病床が多い:未だに30万床を超えています。

2)9割が私立の精神科病院:病床の多さは経営に関係しています。

3)他科に比較して少ない人員配置:いわゆる精神科特例です。普通、急性期の医療は医師1人に対して患者8人、あるいは1対16が普通ですが、精神科に限っては1対48です。これは看護についても他科の3分の2です。

4)専門化の遅れ:病院にはいろんな種類の患者が入っていますが、個別の治療が十分にできていないという指摘があります。

5)地域ケア体制の遅れ 

6)長期在院者が多い

7)家族に負担を強いる制度:保護者制度はなくなりましたが、未だに家族に負担を強いる制度になっています。

 2012年に精神科病院数は1,622、病床数では33万7579床です。あらゆる科を合わせて158万床の21.3%、つまり入院している患者の5人に1人が精神科の患者で、外国から見れば非常に多いのです。

 2011年のデータでは、統合失調症患者は入院・外来併せて71万3000人、気分障害が95万8000人、2014年には100万人を突破しました。明らかに統合失調症よりも、うつ病などの気分障害の人の数が多くなっています。アルツハイマー病など認知症全体の患者数は460万人を超えている中で、33万6000?人が精神科にかかっています。内科や脳神経内科にかかっている認知症の人が多いです。

 入院と外来の内訳では、統合失調症患者の入院数が一番多く17万4000人、外来が53万8000人です。それに比べると気分障害は、数は多いものの入院患者数は2万9000人で、外来が92万9000人と圧倒的に多いのです。 

【入院中心から地域への試み】
 
1970年くらいから精神科の長期入院が問題視され、それに伴っての動きが出てきました。
 最初に起きたのは精神科クリニックの増加で今、全国で6000件。1万5000人の精神科医の約半数がクリニックで働いています。クリニックが増えれば入院患者が減るのではないかと予想されたのですが、現実にはクリニックが増えても、入院患者数に大きな影響はありませんでした。

 精神科訪問診療の先駆けというか非常に期待されたACT(Assertive Community Treatment:包括的地域生活支援)は、2005年から千葉県市原市にACT-Jが試行されました。入院を繰り返している患者を地域で支えていくという効果はあったと言われ、現在は全国?で20数か所を統合する組織があります。でも、ACTが増えたといってもまだ20しかないとも言えるわけで全体に影響を与えるまでには至っていません。

 日本の精神科医療政策は入院医療の比重を減少させる手段を模索する歴史でした。2005年の「精神科医療の改革ビジョン」の「入院医療中心から地域ケアへ」以来13年以上が経過し、さまざまな試みは行われてきたものの実際にどれが有効なのか分からないままです。
 現実には、早期発見・早期治療、新薬、リハビリ、訪問看護など色んな要因のために、統合失調症入院患者数は減少しています。かつてに比べ、出生数が200万人から半数近くになっているので、統合失調症になる人の数も半分になるはずです。その上で新薬が登場するなどして、新しく入院する患者が減っていると考えられます。問題は古くから入院している人です。

【入院病棟をなくした病院】
 
千葉県の佐々木病院という非常に熱心に診療している病院の1968~2013年の変化を院長先生が解説しています。当初は入院してくる患者数は年間150人くらいでした。変化は1988年頃から起きます。1989年は精神保健法ができて、地域医療に力を入れることが法律に盛り込まれました。その頃から新規入院の患者が増えます。入院する期間が減ってベッドが空くので新しい患者を入れるようになると150人だった新患が年間200人くらいになります。さらに入院期間が短縮されて2003年ごろになると自前の患者がほとんどで、しかも新規の入院患者は年間で300人に増えます。
 これで何が起こったか。まず職員の疲弊が起きました。そして、2008年頃になると、自分の病院の通院から入院になる患者がどんどん減っていきます。その理由は、短期入院を繰り返すうちに入院せずにすむ人が増えたのです。そうなると、他のクリニック等からの入院患者を受け入れなければならなくなりました。そして、外から来る患者が増えてくると、さらに看護師たちの負担が重くなり、病棟は赤字にもなりました。外来部門の収入で病棟部門の赤字を埋めるようになり、こんな苦労をして病床を維持する必要はないだろうとなり、病床を閉じました。入院が必要な人がいる場合、他所の病院に依頼しますが、そういう人はあまりいないので病床をなくしても何とかなるのだそうです。
 佐々木病院は、国の施策を取り入れて良い病院を目指した結果、病棟が赤字になり、病棟の維持が困難になり、外来だけのほうが良いと判断した。国の言う通りに入院期間を短縮化したら、精神科の多くはこういう経過を辿るのではないかという一例です。

【精神科外来では何をしているか】
 通常、医師が診察する前に、精神保健福祉士(PSW)が面接(インテーク)を行って、診療を受けるか受けないかを決めます。初診では、診断と治療方針を決めて薬を出し、初めは1週間に1回くらい来て、だんだん落ち着いてくると1か月に1回くらいになります。
 薬については処方箋を書いて院外薬局で出した薬を服薬してもらいます。外来で注射をすることはあまりなく、デポ剤を多くのの患者に勧めるクリニックは例外です。
 精神療法は5分以上で診療報酬が3,300円くらいになります。30分では少し額が上がりますが、30?分も診察することは通常例外なのではないでしょうか?

日本の精神科医療外来の特徴をあげると・・・

患者数の多さ:1日当たりの外来患者数が多く、1日に20人が損益分岐点と言われていますが、実際の通院数はそれを超えているところが多いと思われます。

診察時間の短さ:一日の限界は80人ですが、5分間ギリギリ診療しても6時間40分かかります。1人について1分長引くと80分長くなってきます。そうなると「元気そうだね」と一言声をかけて、処方箋を渡して終わるのでないと無理でしょう。

新患の受け入れが難しい:定期的な患者が多く、あまり変化がなくても顔を見て診察しないと薬が出せません。その結果、予定外の急患、入院が必要かどうかの判断を要する人が受診できなかったり、後回しにされます。新患の枠はありますが、申し込んでも最近では2か月や3か月待ちといわれるところも少なくないようです。

向精神薬が多く使用される:日本では薬が処方されるのが当たり前ですが、向精神薬を1種類でも投与できる国は世界でたくさんあるわけではありません。少し前ですが、インドでも大学病院がある都市では向精神薬の処方を受けられるものの、地方に行くと患者さんに薬がいきわたらないと聞いたことがあります。

社会的支援の少なさ:医師の診察以外に心理、社会的支援が行われていない人が多いです。病院に行って薬をもらってくるものの、そこ以外は通う場所がないという人もいます。

デイケア:最初は入院患者を減らす効果を期待して始まったデイケアですが、居場所化してしまい何年もデイケアにいて泊まっている人すらいる状態です。

満足度が高い:2か月ほど前の新聞に「通院先に満足という外来患者は過去最高の59%」と出ていました。満足度はだんだん高くなってきています。

【再発防止が最重要の外来診療】
 医師は薬を使って再発を防止します。外来では今以上に良くすることはあまり視野に入っていない。具合が悪くなっていなければ、良くなっていなくても、このまま同じ薬で同じように処方していくやり方がとられています。
 決まった処方がなかなか変更されず、「このままで良いのでしょうか」と家族から聞かれるのですが、それは良くするというよりも、悪くしないことのために出ている薬なので、悪くなっていなければ薬は変わらないということです。
 パターン化した外来通院は、患者さん自身が日常生活の一コマとなり、それを受け入れていることによって成り立っていると思われます。慢性の統合失調症の患者は変化を好みません。むしろ良くしようとか、ここを変えてみようと言われると通院が続かないと思います。うがった見方をすれば、日本の精神科外来が繁盛しているのは、医師が良くしようと思って患者を診察していないからであるということになります。

 EEという感情表出(Expressed Emotion)についてですが、熱心な家族が良くしようと叱咤激励するとEEが高くなって結果として再発することがあります。
 もし、精神科医が、これ以上良くしようと思ったら色んなことを言うことになるので患者にとっては高EEになってしまい、通うのが嫌になる、もしくは通うことで悪くなることもあるかもしれません。
 そういうことでは統合失調症を再発させないシステムとしては、短時間の患者にやさしい診療は、患者には悪くないのかもしれません。でも、患者さんは良くもなりません。そういう状況をどう変えるのかということがこれからの課題です。日本の精神科外来は、変化を求めない統合失調症患者の意識にマッチして生活の安定化をもたらしますが、裏を返せばマンネリ化に寄与したとも言えます。

【地域に根差してニーズに応える】
 イギリスのGP(General Practitioner:家庭医、地域総合診療医)が何を重視しているか、GPミッションを紹介します。

1.身近な存在(地域基盤)

あらゆる相談に乗る(全科診療、包括性) 

2.チームで対応する(多職種連携)

3.患者と二人三脚(患者中心)

4.継続的に診る(かかりつけ機関)

5生活を支える(介護、住まい、生活支援)  

6.地域を守る(健康増進、予防)

7.資源の無駄を抑える(費用対効果)
 精神科の外来通院では、このうちの1から6までをもう少し充実させていくということが必要になるのではないかと思います。

私が院長を務める「なでしこメンタルクリニック」は、今年6月1日に開院しました。その地域とのかかわりを紹介します。(https://nadeshiko-mcl.jp/)
 埼玉県済生会鴻巣病院という370床の精神科病院のサテライト・クリニックで、鴻巣駅からすぐのクリニックです。火・木・金曜は夜7時までの受付で勤め帰りの方の便宜を図っています。私の診察日は月~木です。
 業務内容は、診療、リワーク(うつ病の人に対する社会復帰支援)、EAP(Employee Assistance Program 企業と契約し従業員の精神保健の相談に乗るサービス)、他のメンタルクリニックでは少ない児童精神科やアルコールなどの依存症の専門医の診察もあります。チーム医療でケースワーカーと看護師と臨床心理士が連携し、看護師が予診をした後、医師に回すようにしています。電子カルテを使っています。 
 現在、毎月新患が40人くらい、だいたい1日に10~20人くらい来院しています。統合失調症の患者さんは本院が診ている場合はそのままという方針なので数えるほどしかいません。多いのは高齢者や会社員のうつ病、子育て中の母親、家庭内不和の妻、不登校やひきこもり、DVの被害者、パニック障害といった人たちで、新患ですぐ受け付けるので、ある程度地域のニーズを反映していると思います。他のクリニックからの転院もあります。まだ少数ですが、当院に来てよくなったと言ってくださる患者さんがいるのは、そうした配慮の結果かもしれないと多少自負しております。
 患者さんには、まず、安心してもらうことが大切です。継続して通うのが難しい人も、ちょっと工夫するとうまくいく場合があります。本人に敬意を払って、必ずしも症状を治すことに限らず、本人が困っていること、関心あることに耳を傾けることが通院に繋がると思います。新しいニーズを発見して、隙間を埋めていくという活動を大事にしています。うつ病の復職支援、産後の母親グループ、高齢者のための歌声サロンや体操教室、アルコール乱用者の心理教育など気づいたものから取り入れています。
 また、保険センターや地域包括支援センター、企業、近隣のメンタルクリニックなどとも連携して困難例に関わっています。
 私たちのクリニックでは何かの病気に特化するのではなく、まずどんな人も受け入れて、その人たちのニーズに応えられるように、臨機応変に対応していきたいと考えています。地域のニーズとかけ離れない運営が大事と思っています。           ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

  台風24号、25号とダブルパンチを受けた日本。それでもドッコイ生きていく。金木犀が秋の香りを漂わせているきょうこの頃である。

 今月の白石先生と小生の交流は、ほぼ息子の病歴と同じ年数である。以前の家族会運営時に会員の一人から紹介された。その時の資料が「家族に知っておいてもらいたいこと」というコピー版であった。それを隅から隅まで読んだ記憶がある。それからバーン・ホーンさんの紹介である。先生から呼びかけられ、2・3人で会うことが、実際には30・40名に膨れて、ホーンさんに「アメリカので精神医療」についてお聞きする会となった。 

 そんな先生が今回クリニックを開業された。これまで研究所や教壇に立たれていた先生の心境やいかに、という軽い気持ちから講師を依頼してしまった。

 ところが今回貴重なと言うのか、私が絶えず疑問に思っていたことをズバリ答えていただいたような気がする。それは当会の質問コーナーで出る「慢性期を脱するにはどうすればいいか」という質問である。先生曰く「患者は変化を好みません。医師も良くしようとしないから繁盛しているのです」。うーん、なるほど。
 しかし、そのあとに「そういう状況をどう変えるのかがこれからの課題です」とも述べた。さすれば、我々家族としてはどうすればよいのか。医師と共に変化を求めず、5分診療を唯々諾々と受けて、息子、娘たちをそのまま過ごさせて良いのか。私は思う。医師たちには医師たちの生きて行かねばならない生活がある。我々も我々が生きて行く方法を見つけなくてはならないということだ。そこを探る学習をするのが家族会なのではないだろうか。