統合失調症 治療の基本を知ろう―『統合失調症薬物治療ガイド』を使って

新宿区後援・1月新宿フレンズ講演会
講師 国立精神神経医療研究センター 精神科医 橋本亮太先生

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【ガイドラインが推奨する治療法と実際の治療】
 最近はいろいろな病気のガイドラインが出てきました。ガイドラインというのは、多くの論文や大規模な調査によるエビデンス(科学的根拠)に基づいて、最適と思われる最新の治療法を示した文書です。
 『統合失調症薬物治療ガイドライン』は、2015年に日本神経精神薬理学会が作成し公開しました。ただし、『ガイドライン』は専門家向けなので難しい。そこで、当事者や家族、支援者…どなたにも分かり易いように、『ガイドライン』の中身を変えずに簡単に解説したものが、2018年に公開・出版された『統合失調症薬物治療ガイド』です。ガイドとは英語で指針という意味で、統合失調症の薬物治療で進むべき方向を「指し示す針」だと思ってください。
 『ガイドライン』や『ガイド』が実際の診療にどう関わるかを、多剤大量処方で転院してきて私が担当した患者さんの例で話します。
――40代後半の専業主婦は10年ほど前から被害妄想や幻聴があり、薬の服用もきちんとできずに3度の入院をし、そのたびにリスペリドン(リスパダール)からクエチアピン(セロクエル)、ブロナンセリン(ロナセン)と変薬。体の揺れの訴えがあり、副作用の口唇ジスキネジアが出ていました。自宅では幻聴があり、実家では幻聴はないのですが妄想は持続していました。
 統合失調症専門外来に転院した当時は、抗精神病薬2種類、抗パーキンソン薬、気分安定薬、抗うつ薬、抗不安薬(睡眠薬)、便秘薬、抗めまい薬など、全部で7領域14種類の薬が出ていて、多剤大量服薬の状態でした。本人も家族も薬を服用しても良くならず、かえって症状が悪化していると訴えました。
 入院して、第二世代の抗精神病薬1種類以外の13種類の薬をすべて中止しました。症状の悪化はなく、むしろ日中の傾眠傾向が改善しました。この頃のIQ(知能指数)をみると、病前推定知能94から67に低下しているため、生活能力も落ちて強いストレス反応が診られたので、その精神療法を行うと多彩な訴えのほとんどが消失し、ふらつくという訴えのみとなり、さらに副作用の錐体外路症状である口唇ジスキネジアも完全に消失しました。家庭の主婦としての役割は今は無理であることを説明し、ゆっくり過ごせるように実家に退院。
 それから、1年後に検査を行うとIQは87まで回復していました。第二世代の抗精神病薬をきちんと服用し、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン薬を中止したこと、過度のストレスがかからない実家で過ごしていることなどによる効果であると考えられました。
 その後、「両親が高齢になり介護があるの、遠くの病院に行って検査を受けている暇がない」と電話連絡がありました。父親に病院まで連れて来られていた状態から、いつの間にか介護や家事をしたりと良くなっているのに驚きました。――
 この治療をしていた時期は、統合失調症のガイドラインがありませんでしたが、『ガイド』をみると、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン薬などを服用していたことでかえって悪かった可能性があるかもしれないことが分かります。
 このように『ガイド』の指針は、実際の診療の場の参考になるのです。

【『ガイド』の読み方】
 『ガイド』は、精神科医だけではなく看護師や福祉関係者、当事者や家族も一緒に、分かり易さを考えて制作しました。できる限り専門用語を使わず平易な文章に、結論である〈推奨〉を★印で分かりやすくし、「ですます調」にして文字を大きく、元々123ページあったものを簡潔に49ページまで圧縮しました。
 ふだんの疑問から各《臨床疑問(CQ)》に直ぐに行けるよう「わかりやすい目次」を作り、一つの《臨床疑問》を2ページにまとめ、独立して読めるよう〈用語解説〉を再掲、患者・家族・支援者がそれぞれの立場で『ガイド』の読み方の解説を追加しました。
 《臨床疑問》とは、ある状態の患者さんにある治療を行うことが勧められるかどうかということを短く示したものです。
 〈推奨〉とは、上記臨床疑問が勧められるか勧められないかについて簡単に答えたものです。【★★★】
 【★★】【★】の三段階があり、★が多いほど確かな内容ということになります。
 〈解説〉は、「臨床疑問や推奨の背景の説明」、「推奨の内容の更に詳しい説明」を記載して、これらの内容を理解しやすくしています。
 「当事者から」の「読み方」のアドバイスを見てみましょう。
 「全てを隅々まで読もうとする必要はありません。自分があてはまるものを探して対応するページを見つけてください。
 〈推奨〉と書かれているところは必ず読んでください。その臨床疑問の結論です。〈解説〉と書かれているところは余裕があったら読んでください。その結論となった理由や付け足しの説明が書かれています。特に難しい言葉には〈用語解説〉が載っています。臨床疑問を理解するためにもここはしっかり読むことをお勧めします。
 書かれていることがある程度理解できたら、実際の診察の場面で主治医に疑問・質問を話してみましょう。その際に「『統合失調症薬物治療ガイド』にはこう書いてあったのですが?」と必ず説明してください。
 ただし、このガイドで〈推奨〉されていることが絶対に正しいわけではないということです。時にはあなたの主治医の方針と一致しないこともあるでしょう。その際にはあなたと主治医とでよく話し合うようにしてください」

【『ガイド』で基本を知る】
 では『ガイド』の臨床疑問の内容について、皆さんに特に関係すると思われる2章「再発・再燃時」、3章「維持期治療」から一部を紹介します。これが現在、科学的な根拠のある薬物治療です。
 〈解説〉は細かく書いてありますが省略します。
 3章「維持期治療」は、急性期の後に薬を飲んで症状がだいぶ良くなり、安定した状態の治療です。
 皆さんは、ご自分の治療と比べていかがでしょうか? ここで『ガイド』の「読み方」の「患者家族の立場から」を一部紹介します。
 「生活を共にしている家族は、発症時から慢性期に至るまでのさまざまな症状を見つめる中で、薬に対する多くの不安や疑問がわいてきます。そのような家族が手にして、できるだけ簡単に知りたい情報にたどりつけることを願いました。
 現在、服薬に関しては、コンプライアンス(compliance:医師の指示による服薬遵守)からアドヒアランス(adherence:患者の意思決定による服薬遵守)という考え方に変わりつつあり、SDM(Shared decision making:診療方針決定過程の共有)といって当事者・患者家族は医師と相互理解を図って、治療計画に参画することが求められる時代となりました。そのためには、当事者や患者家族にも正しい薬の情報が必要です。

【医師のガイドラインへの誤解】
 当事者や家族がこのような『ガイド』で勉強して「薬について話し合いたい」と求めたら、相手の医者はどうなのか。当事者はみな違うように医者も一緒ではありません。
 例えば「診療ガイドラインはそもそも精神科医療になじまない」という医者は相当数います。「精神科はナラティブ(個人の語り)によるもので、個々の患者さんで状況が異なるから、平均的なガイドランは使えない」「先輩がしていることを盗むようにして学ぶのが精神科医療」「経験の乏しい精神科医がガイドラインを鵜呑みにすると問題が起きないか」「エビデンス=科学的根拠というが、精神科の診断そのものが科学的根拠に基づいていないのではないか」とすら言う医者も結構います。

【医師と患者の関係と『ガイド』の利用】
 医療には医療パターナリズムという考え方があります。黄金律とされた「ヒポクラテスの誓い」は父性主義・温情的干渉主義で、医師は医学的知識と技術を有するスペシャリストであるが、患者はそれを理解していない(またはできない)ことが前提になっています。
 しかしそれでは問題があると、インフォームド・コンセント(informed consent:充分説明された上での同意)という、患者自身の自己決定権を確立し、患者の意思を尊重する考え方に変わってきました。しかし、患者と医師では医療情報の質と量に差があり、医療技術評価の困難性や閉鎖性、患者の医師への心理的依存性などの問題があります。
 そこで出てきたのがSDM(Shared Decision Making:共同意思決定)です。これは患者と治療者が治療に関する情報を双方に共有して話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を共に行うという考え方です。
 エビデンスについて分かりやすい例では、風邪で抗生物質(抗菌薬)を飲んだことがある人は多いでしょう。ところが内科のガイドラインには、「急性気管支炎に対して原則的に抗菌薬投与は推奨されない」とあり、風邪に効果は認められなかったということです。でも患者は「抗生物質が効く」と信じている人が多い。医師にも「抗生物質が効く場合もあるのではないか」「大した副作用も起きないだろう」と思っている人は今でもいます。

【ガイドラインと違う処方をどう考えるか】
 『ガイドライン』つまりエビデンスのある治療は単剤治療です。では現在、多剤大量処方をされている患者はどうすべきでしょうか? 
 「患者・医師は単剤治療の推奨を知った上で、多剤になっている薬剤の中止による症状悪化のリスクを心配し、このままの処方を選択」、あるいは「患者・医師は単剤治療の推奨を知った上で、減薬による症状悪化のリスクよりも、多剤大量治療のリスクを心配し、単剤化を選択」という考え方に分かれます。
 この場合、どちらが正しいということではなく、相談することなのです。患者が『ガイド』で、医師が『ガイドライン』で、「こういう新しい内容が分かりました」となったら、「よく相談して決める」ことが最も望ましいのです。
 また、「患者は症状が重く長期入院中」という場合も、「患者(意思疎通が困難な場合は保護者も入れて)・医師は単剤治療の推奨を知った上で、単剤化による改善を期待して、単剤化を行う」、あるいは「患者・医師は単剤治療の推奨を知った上で、単剤よりも現在の方が改善していることから、このままの処方を選択」という考え方もあります。その他にも情報を共有した上で、一部だけ減薬するなどの様々な選択肢があります。

【認知機能障害と仕事への復帰】
 『ガイド』には認知機能についてもかなり詳しく書いています。認知機能障害がなぜ大事か、精神疾患で認知機能が衰えると仕事や生活をし難くなるためで、認知機能を良くすれば、仕事ができるようになることが知られています。
 その治療のために認知機能を測りますが、主観的な判断は良くないので15分くらいで客観的に測れる仕組みを作りました。実は障害前の認知機能は誰も測っていません。それで推定の式を作って認知機能を調べたところ、例えば30時間以上働けている人は障害前に比べて35%の確率で障害が出ており、20時間の人は55%、10時間の人は78%という目安が出ました。この労働時間は家事や育児、学業も入っています。
 そして個々の患者の認知機能の数値に合った労働時間の目安から、就労や生活の目標設定をします。今までなら認知機能を測定して、平均以上の人は問題ないし、低い人はしょうがないと諦めムードでした。しかし認知機能の障害レベルが分かるようになると、就労という目標に向けて認知機能障害、精神症状、社会機能のどれを向上させることが重要であるか、治療選択ができます。

 認知機能が良くなると、社会機能が良くなって仕事がだんだんできるようになることが知られている。今は、介護の5時間と作業所だけど、少しずつできるようになると思う」と話をした。その後の治療経過は、現在の認知機能で何ができるかをよく考えて、安定した生活を当面の目的とした(心理社会的療法)。
 作業所で作業はしっかりできて性格もよいので、リーダーを任されて調子を崩すことも多かったが、リーダーは向かないと自覚して役割を担うのを止めると、プレッシャーもなく穏やかに作業に集中できるようになった。その結果、ミスを指導員に指摘されることも減って被害妄想の出現がなくなり、安定した精神状態を保てて作業所を休むこともなくなった(心理社会的療法による改善)。
 この状態が半年以上続けば、次にエチゾラムやトリヘキシフェニジルの減量・中止にトライして、認知機能の向上を目指し、再度、認知社会機能を評価した上で、次の目標設定を行う予定です。――
 統合失調症の認知機能・社会機能・精神症状から、現在の働ける時間は推定可能です。しかし予測できる検査はなく、未来の働く時間は推定できませんし、できなくてよいのです。なぜなら「より良い治療で未来は変えられる!」からです。それぞれの目指す労働時間に応じて、認知機能・社会機能・精神症状の改善を行うことが大事です。
 『ガイドライン』や『ガイド』で、エビデンスのある基本の治療を知って、現在の治療を主治医と検討して、より良い治療が行われるように願っています。
                                            ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 今月はまず皆さまにお願いすることが2点あることを伝えたい。一つは毎号貴重な、そして親の気持ち、当事者の気持ちを綴っていただいている「In my case」だが先月号、今月号と掲載できなかった。原稿が尽きてしまったのである。H役員が皆さまに声掛けして作品提供をお願いしていたが、「私書きます」という方に是非ともお願いしたい。約千字。偽名、ニックネームでOK。
 そしてもう一つ、新宿フレンズが50周年記念企画として取り組んでいる「精神科特例を撤廃しよう」キャンペーンである。現在、指定用紙を使った署名に加え、新宿フレンズホームページにもキャンペーンが載っている。紙の署名か、HPのアドレスだけでいい「賛同」を是非友人に、知人に、SNSでお願いしたい。
 さて、今月号は橋本亮太先生の「統合失調症薬物治療ガイド」の話である。全体を通して感じることは精神科の治療もこんな風な治療が行われているということに感動に近いものがあった。小生の場合、20数年前の治療ゆえ、精神科医と患者・家族の関係など考える余裕というか、感覚がなかった。今SDM共同意思決定で、患者と医療者が治療についての情報を双方が共有して話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を行うという。夢のような話ではないか。
 一方で「私の治療が気に食わないのならもう診ない」や「CP換算?なんだそれは」といった精神科医が横行している現実がある。そうした精神医療を良い方向に導くのも我々の責任なのではないだろうか。頑張ろう!