陰性症状から脱出 ~活動性を高める~

6月勉強会より 講師 慶應義塾大学精神神経科 水野雅文先生

 活動性の低下というのは精神科リハビリテーションの中でもたいへん難しい問題です。意欲が高まらないといった陰性症状については、皆さんたいへん頭を悩ましている問題ではないかと思います。たとえば、家族の方がご本人に対して非常に批判的であるとかご本人の状況に非常に振り回されてしまうという、その元がしばしば陰性症状であるという話もありますし、本当に症状なのか、ただサボっているだけなのか悩んでしまうのが陰性症状だとも言われております。

 そういったわけで、実際に「活動性を高める」というのも難しいことかと思うのですが、テキスト(精神科リハビリテーション・ワークブック/中央法規)にもどうすれば活動性が高まるかということも述べられておりますので、お読みいただいて、全部ではなくとも参考にできる分を参考にしていただければと思います。

 まずは、活動性と精神科の病気との関係についてお話いたします。

 精神科の病気にかかってしまった場合、元の状態に戻るためにはある程度の時間がかかってしまいます。からだの病気とは違い以下に述べる要素が加わることでさらに難しいと問題となっております。

薬による意欲の減退
 精神科で処方されるお薬というのはこころをおちつかせる作用がほとんどなのですが、そのぶん、何かをしようとする意欲が減退することもあります。

陰性症状
 精神科の病気の症状は、しばらく、あるいは、年単位で持続することもあります。この経過においてみられる、ご自分の状態や要望を表現したり、実行するのが困難になる症状のことをいうのですが、この症状のために本当にしたいと思っていることですらなかなかできなくなったりもします。一見何もしていない、興味がない、あるいはまるっきり怠けているようにすらみえるかもしれませんが、そうではなく、精神科の病気を持っていたとしても、人生における目標があり、建設的な活動をする喜びや満足感があるはずです。ものごとを再びうまく処理できるようになるまでには、思っている以上の時間がかかることが多いため、ときにはくじけそうになる方もいますが、あせらず気長にリハビリテーションを続けることが大切です。

抑うつと気力の減退
 陰性症状と抑うつ症状との違いを説明することは難しく、もちろん2つの症状が同時に起こることもあります。抑うつ症状があると、何かをすることに対する興味や気力が減退し、以前は楽しくできたことも楽しめないと感じます。さらには、将来に希望がもてなくなり、絶望してしまうこともあります。

落ち着きのなさと集中困難
 このために、常に何かをしようと動き回っているわりには結局何にも手をつけられなかったり、ただ動いているだけで楽しいと思えないといったことが起こります。薬の副作用のためにじっとしていられなくなったり、からだや気持ちがそわそわとしてしまうこともあります。

協調運動が十分にできないこと
 日々の活動性を取り戻すのが難しい理由として、からだをバランスよく動かすこと、協調運動が十分にできないということがあります。スポーツをしたり字を書いたりという際には、手足や指などをバランスよく動かすことが必要なのですが、これらが十分にできなくなるということです。また、お薬によってこの状態が悪化する場合もあります。

 それでは、以上のことを参考に、活動レベルの低下や陰性症状といったことを他人に説明するための練習を行なってみてください。

<会場/ロールプレイ >

 テキスト55Pにアクティヴリスニング(積極的傾聴)といって、どうやって相手の話に耳を傾けるか、自分の話を聞いてもらうかについてのノウハウみたいなものを記しているのですが、ここにありますように

「相手をよく見ること、相手のそばで聴くこと」

「相手の話すことに注意をむけること」

「相手の話に興味を示し、うなずいたり、あいずちを打つときには声も出す」

「わからないことがあれば質問をする」

「自分が聴いた内容は、よく覚えておく」

となっています。皆さんの話し合いを聞いていると一方的に語りかけるのではなく頷きながら耳を傾けたり、そのことに対して声をかけるといった会話のキャッチボールがうまくいってたようで、この五つの項目がうまく使われていたのではないかと思いました。

1,毎日の行動記録をつける
 ここからいよいよご本人に協力していただく項目に入ります。

 私の外来では患者さんによっては「週間行動記録表」というものをつけていただくことを協力していただくようお勧めしております。

 長く一緒にいるときの印象として「いつも寝転んでばかり」「家の中から一歩もでない」ということばかりをお話しされますと、つい話しかけるほうも感情的な反応になってしまうのではと思われます。できるだけそういうときには問題点を具体的に指摘して提案するための材料として、実際にどんなスケジュールで日々を過ごしているのかを把握していただければと思います。

 たとえば、私の場合は前の外来からの状況を記入してきてもらっているのですが、そうすると起床時間とか行動パターンが何となく見えてきます。最初のうちは単に「食事」とか「テレビ」といった具合にざっくばらんに記入してあるのが、信頼関係ができてきますと献立や薬の種類や量まで詳しく記入してきてくれる方もでてきますので、コミュニケーションツールとして活用しております。

 ただ、肝心なことは小学生の夏休みの計画表などのように「事前にこういう行動をしよう」というものではないということです。あくまで「実際に行なった行動を記録する」ものでありますので、何か行動をする前でなくした後に記入するようにしてください。のちのち予定表のようにして、何日の何時には何をするという予定をたてるという段階もでてくるのですが、最初からそれをやろうとするとご本人にとっては負担になりますし、やる気がなくなって喧嘩になってしまうことも考えられますので、最初のうちは、自分の記入した一日の行動を見てもらってどのあたりに余裕があるのかを自覚していただくことが目的になります。

2,毎日の計画を立てる
 このような記録をつけることでのメリットをいくつか示しておきます。

 「思ったよりたくさんのことをしていることに気づく」
ご本人とご家族が話す上で大事なことを少しでもいいことを見つけて返していくポジティブフィードバックの態度なのですが、記録をつけることで意外に行動しているということを実感してみてください。

 「時間をどのように使うか計画を立てる際の参考になる。」

 「何かをするのにいちばん適した時間帯、都合の悪い時間帯がわかる」

 「計画通りに実行しようと無理をしていることに気づく」

 「活動の多くは、日常の雑用でしめられていることに気づく」

 
実際に記録表をつけてみると事前に立てたスケジュール通りにいかないことや、むしろ、日常の細々としたことに多くの時間を割いていることに気づきます。

 「休んだり、くつろいだり、楽しんだりする時間をつくる必要性に気づく」
これはサボっているのではなく、積極的に心安らかになるために必要な時間であるということです。

 「すばらしい計画を立てたからといって、ものごとがうまくいくわけではないことに気づく」
 
せっかく計画を立てたのに思ったようにいかなかったなぁと思われるのならば、そのことについての検討ができるようになるということです。

 次に、行動を起こすときに実際に計画表を立てていこうという段階になりますが、以下に述べるようなことをご参考にしていただければと思います。

 「いつでも楽しくできそうなこと」

 「単純なことで、他の人の協力がなくてもできること」

 「お金がかかりすぎないこと」

 「時間をとりすぎないこと」

 「あまり集中力を必要としないこと」

 「やりたくなったらいつでもできること」

 何といっても一歩一歩のリハビリテーションですから、力士などのスポーツ選手がケガから回復しても再出場までには時間を必要とするように、ケガをした部分だけが悪くなるのではなく他の健康な部分にも調子の悪さが伝わってしまうということもあるかと思います。長い目で、月や年という単位でご本人が少しづつできるようになる過程につきあってください。

 また、そういう変化に対して周りは驚きと敏感さをもって接してあげるということが大事だと思います。健康な方ならすぐにできそうなことでも、ご本人にしてみれば何か月も何年もひきこもって生活してきた上で今のリズムに落ち着いてきたわけですから、少しでも動きが出てきたということが大きな変化ですし、その行動を起こしている最中というのは、ご本人にとってはものすごいストレスがかかっているということに気づいていただければと思います。

 あせらずに必要なことができるようにゆっくりと見守っていってください。一週間予定通りにいったからといっても、次の一週間が同じようにいくかというとなかなかうまくはいかないでしょう。しかし、数ヵ月分の予定表を残しておいて見返したとき、あまり意識して目標としてなかったこと、例えば、生活リズムが整ってきたといったことなどの良くなった点が出てくるのがリハビリテーションだと思います。

 予定を立てて日々を過ごすことができるようになったら、目標に向かって自分の行動を合わせていくという段階になります。ご本人とご家族がいっしょになって家事や休憩など「絶対にして欲しいこと・するべきこと」をご本人が達成しやすいように付き合わせてください。ただし、表を埋めることを目的とするのではなく、アクティブリスニングの精神でご本人が何をしたいのかを表現することを助けながら時間をかけて話し合っていってください。

3,仕事への動機づけ
 仕事というのは就職するということだけでなくご家庭のなかでどういった役割をこなすのかということも含めてお考えください、また、ご本人がその仕事を楽しくするためにどんな報酬が用意できるのかということもお考えください。

4,趣味を持とう
 趣味を持つといっても簡単にはいきません。「ヒマだったら何かしなさい」と抽象的にいっても通じにくいとは思います。どんなことが好きなのか、どんなことをしたいのかを引き出すために徹底して相談相手になる必要があります。実際には言葉にならないような楽しみはたくさんあるかと思いますのが、参考までにテキストの中に「アート・工芸、コレクション、食べ物・飲み物、日曜大工・庭いじり、スポーツ、その他…」と列挙しておきました。こういった資料を具体的に提示するのも一つの方法かと思います。「どこかに出かけてみれば」というのも手段かとは思われますが、ただ行ってこいというよりは「私がこの前行ったところなんだけど、あなたにも楽しそうなところだよ」といった風に、いわばご本人が何かに気づくように仕向けていく、上手に設定していくということが大事になってきます。

 毎日毎日同じように次の行動を仕向けようとすると難しいと思うのですが、ただ、進歩は急にやってくるのではありません。一週間に一つでも特別なイベントが入っていればご本人もそれに向けてのこころの中での変化が起こってくるわけですから、実際に計画を立てるのが週に一回であってもその間の時間が無意味な時間になっている訳ではありませんので、そういった目に見えない変化とかこころの通じ合いといったものを大事にしていくということがリハビリテーションという長い道のりを継続性を持ちながら続けていくコツになってくるかと思います。

 たとえば、私の患者さんにはプチトマトやナスなど広い庭でなくても鉢で育てられるような変化に富むものや、時間の経過が周りの人にとって自分が直接手にかけたと実感をもちやすいものを育ててみることをおすすめしております。たまに患者さんに持ってきてもらうこともあるのですが、「去年は一本しか実らなかったけど、今年はたくさん実ったね」なんてコミュニケーションをすることもあります。

 患者さんの中には自分で何かに直接はたらきかけてそれが変化するということをなかなか感じられる場面が少ないという方がたくさんいらっしゃるのではないかと思っております。働きかける対象が人や動物であったりすると対象の動きがなかなか思い通りにならないので傷ついてしまう場合が多いのですが、植物だったら時々期待外れはありますけれども季節のものだったらわりと育ちますので、そういうものも一つのヒントかなと思います。そういうことを地道にやっていくのがリハビリテーションですし、ご本人の活動性のキッカケになればいいなと思っております。

 本日はご本人が自分で生活のリズムをつくりづらいとか計画を立てづらいとかそういった状況のときにヒントになる活動記録表とそれを使うにあたってのアクティブリスニングとの二つを柱にしてご理解いただければと思います。
何かご質問のある方はどうぞ。

質問1 今回のお話の記録表・予定表というものはどのくらいの段階から導入できるものでしょうか?

先生 元々精神科の病気というのは皆さんの症状が一定しているというわけではありませんので、そういった定式があるわけではありません。肝心なのはご本人にとってこういったツールをお見せするのは負担感を与えるという考え方もありますので、そういったことのない時期を選んで始めるということが大事になってまいります。ただ、何度もいいますように成果を急いで早目に始めようというのは禁物なのですが、だからといって陰性症状や自発性の低下という状態に対していつまでも手をこまねいていてもいいというわけではございません。

 ですから、ある段階から意識的にはたらきかけるということをいたしませんと皆さんご存知の毎日何となく同じ時間が続いていくという生活がだんだん積み重なってしまいます。やらないでいるとだんだんできなくなってしまいますので、その期間はできるだけ短い方がいいと思います。

 もう一つのポイントは、これはご本人ががんばったからで済むことではありませんから、周りの方も当初のたいへんな時期を過ぎても気持ちが落ち着いている時期を選んでください。ご本人が主体であることは間違いないのですが、これは周りの方がかかわってリードしていくものであるからです。

質問2 認知行動療法というものをもう少し詳しく教えてください。

先生 アクティブ・リスニングということを最初に述べましたが、認知というと外の様子を観察したり知覚するというインプットです。行動というのは逆に情報を発信したりというアウトプットです。人間の行動を受信=周りの情報を得る。処理=頭の中で考える。送信=行動を起こすという三段階にわけて考えると受信~送信という頭の流れを分析しながら治療に活かしていく考え方が認知行動療法になります。

 人に何かを伝えたいときには言葉の勢いであるとか、目の合わせ方とか全部変わってくると思います。そうすることによって相手にもテキスト上の情報だけでなく肉付けのある情報が相手にも伝わって、そして、本人にも還っていく……そういうことを研究している学問もあるのですが、それが日常のいろんな場面につながって認知行動療法と言われているいろんな考え方が現われてきております。

 その一つがアクティブ・リスニングということになるのですが、他にも問題解決技法といって大勢で話をしていると、とかく混乱したりとか誰かが一方的に言ってしまったりという場面で、どうやったら話を整理して話し合いを進めることができるのかとかいった手法がいくつかあります。いちばん代表的なのがSSTといって日常生活の中で必要な技法をどうやったらスムーズに行なえるかという訓練をするもので認知行動療法の典型的なものの一つです。

(紙面の都合で抄録は終わります。)

勉強会講演記録CDの2枚目が完成しました。
フレンズ編集室では講師の先生方の講演記録を生の声で聞いていただこうと、CD制作を行っていきます。
まず第1弾として、9月勉強会で講演していだいた曽根晴雄さんです。詳細

タイトル『ちょっと私の話を聞いてください』  
 =聞けば見えてくる・精神分裂病当事者が語る患者の本音=

 家族は患者本人の気持ちを知っているようで理解できていません。二十数年間この病気と戦って来た曽根さんが、自らの体験をもとに訴える精神病者の苦悩、怒り、病気のこと、希望、それはすべての精神の病いに侵された人たちの声を代弁しています。
 また、当事者仲間の先輩として語る内容は、回復しつつある皆さんのお子さんが聞いても大いに励まされます。
 そして誰よりも聞いてもらいたいのは、分裂病を全く知らない人たちです。”もしあなたのお子さんが病気になったら”という目的の他に、各地で取りざたされる障害者の事件の度に生まれる誤解や偏見を防ぐためにです。一般の方に呼びかけてください。

第2弾は
「心の病を克服 そして ホームヘルプ事業へ」 
大石洋一さんです。詳細

収録分数;61分 CDラジカセ、パソコン、カーステレオ等で聞けます。
価格;各¥1,200(送料共、2枚同時申込の場合2,270円)
   申し込みはフレンズ事務局へ E-mailでお申し込みください。frenz@big.or.jp
発売:平成14年1月
企画・制作 新宿フレンズ編集室
(新宿家族会創立30周年記念事業)

編集後記

 日本精神神経学会は精神分裂病の呼称を「統合失調症」とすることを発表した。以前から当会でも病名変更を強く望み、その案として「スキゾフレニア」を提唱してきた。全家連が一大キャンペーンとして行った呼称の公選投票でも、当新宿家族会の意見としては「スキゾ・・」が大多数であった。しかし、結果は不思議にも、この「統合失調症」が大多数であったという。

 この「統合」の意味が分かりやすいようで分らない。新聞によれば幻覚、妄想状態を代弁しているように書かれている。しかし、旧名・分裂病の人たちが必ず幻覚・妄想を引き起こすというわけではない筈だ。また仮に幻覚・妄想があった人でも治療の結果において幻覚・妄想は消えるものであるが、それでも統合失調症なのだろうか。

 「分裂病」は語感が悪いとされて改名になったが、「失調」と比べれば五十歩百歩である。むしろ「失調」にはその人が「欠けている」「欠陥がある」とのイメージがより具体的、かつ鮮明に表現されている。

  一度「統合失症」として診断されれば、その人は回復後においても「統合力に欠けた人」というイメージがつきまとう。

 偏見解消を前提に、この病気について認識がないとされる一般からの公募によって決めた「統合失調症」、当会では当分「スキゾフレニア」を共通語にしていきたい。