精神障害者が働くこと、住まいのこと

5月新宿フレンズ講演会 講師 社会福祉法人巣立ち会 理事 田尾有樹子さん

ホームページでの表示について

 私は、精神科単科の病院に25年勤めて患者さんやご家族と接し、今の精神福祉はあるべき姿から程遠いと感じました。医療的な処置だけでは本当にその人らしく生きるということに限界があり、もっと違った形のアプローチが必要だと思ったのです。そこで病院勤務中からご家族と病院の職員との協力で「巣立ち会」を作りました。5年前に病院を辞め、今は地域に社会資源を作ることに専念しています。

【退院先のない患者たち】

 日本の精神科病院のベッドは35万床。1000人のうち3人弱が日本では精神科病院に入院しているということになり、目が飛び出るくらい多い数字です。なぜこんなに入院が多いのか。症状が悪くてではありません。入退院を繰り返す経過の中で、家族が年をとり亡くなってしまい、戻る場所がなく病院が住む場所になったためです。
 私が病院にいた当時、320床のうち40人以上、外の職場に病院から出勤して、入院費を自分で稼いでいる患者さんたちがいました。それでも退院できないのは、ご家族が受け入れないからで、10年たってもそれは変わりませんでした。
 当事者達が「このままだと自分たちは棺桶退院だ」と話しているのを聞いて、私は切なくなりました。死亡退院か、老人ホームか、合併症を併発して内科に転院か、それが何年も付き合ってきた患者に対する私の最後の仕事かと思うとやりきれない思いでした。

【地域の暮らしには「自由」がある】

 1992年、国が地域生活援助事業で、グループホームの制度を作りました。同時に東京都でも精神障害者グループホーム補助事業を開始しました。この制度を使って地域で生活を見てくれる人を雇えると考えました。つまり精神科病院は入院患者を診ることが中心で、通院する人のフォローをするシステムはありませんでした。退院すると支援が切れて、その人はしばらくたって痩せて病院に帰ってくる。その人の生活、働く場所を支援してくれるシステムがないと、地域での安定した生活はできないのです。

 「退院したくない」と言っていた長期入院患者だった人でも、退院してしばらくたつと「病院に戻りたい」という人はいなくなります。「自由がある」というのです。夜中に何かを食べる自由、お風呂に毎日入る自由、お手洗いつきの部屋に住む自由、許可を得ずに外出できる自由、パートナーをもてる自由…。普通に生活をしていると当たり前のことが、入院生活ではできない。長い入院生活だとそのことに自分で気づけないのです。

【受け皿をつくること】

 巣立ち会の理念は、自尊心を持って生きる、助け合える仲間がいる、そして地域で安心して生きがいを持って生活する受け皿を作ることです。そのためには、ピアサポート、当事者同士で支えあう仲間と、いつでも相談できる人が必要です。まず、その場所に行けば誰かがいる、支援してくれる人がいるというシステムを作りました。その次に、生きがいを持って生きられる環境をつくりたい。自分の力を充分に発揮できることは、自尊心を持って生きることにつながるからです。ストレングス(strength)、つまり自分の中にあるいろんな強みを引き出せるようになって豊かな人生にするという、エンパワメント(empowerment)を意識しています。

【地域にいる協力者を求めて】

 ご家族に理解していただきたいのは、精神障害があると明らかにしても、周りのみんなが拒否的なわけではないということです。障害のある人もない人も共存していくべきだという信念を持っている人は街の中にかなりいます。そういう人たちを掘り起こして連鎖を作るというのが専門家の仕事だと思います。

 本当に本人が安定して地域で生活できるようになれば、家族との良い関係が必ず復活します。家族には、当事者の責任を負わされるのではという不安や、病気になったこと自体を負い目に感じていたり、当事者がトラブルを起こして苦しめられたりした経験があるのです。それなのに家族だけを頼りに患者さんに退院してもらおうという考え方には、私は反対しています。

【当事者と家族の距離をおく】

 私が患者さんにお願いしているのはひとつだけ、「人に迷惑をかけないこと」です。それさえできれば、例えば部屋が散らかっていようが、食べることが不規則であろうが大丈夫です。以前、ある患者さんがドクターになぜ退院できないのかを聞いたときに、糖尿病があるからという答えでしたが、当事者に糖尿病の自己注射を覚えてもらえばいいだけです。結局その患者さんは退院しましたが、これまで管理された中で暮らしてきたので、退院後にすぐ太り始めました。私は「あなたが糖尿病で死ぬようなことがあったら私は退院させたことを後悔することになる」と伝えました。するとその患者さんは「もし私が死ぬことがあったとしても、私は退院したことをこんなに喜んでいる。絶対後悔しないでほしい」と。つまり、我々がよしと思って押し付ける価値観が必ずしも本人にいいとは限らないのです。家族は厳しい要求水準を突きつけがちですが、それは当事者にもご家族にもストレスになります。

【家族は抱え込まないで】

 それから、家族は当事者を抱え込まない、甘やかさないこと。ご家族はこういう病気になったのは育て方が悪かったからと思いがちです。はっきり申し上げますが、病気の原因は家族ではありません。原因のメカニズムについてはまだ明らかではないのですが、同じ環境で育った兄弟が病気にならないのだから、家族のせいで病気になったのではないというのは明白です。だからご家族が自分を責めるというのは不合理だし生産的ではありません。

 家族が本人を囲い込んで世間の冷たい風から守ろうとしても、それは本人のためにはなりません。すぐに仕事が無理なら、前段階としての社会参加を考えるなど、社会に戻していこうとするのが家族に与えられた大きな役割です。

【私の信念】

「夢は言葉にして共有しあう」:最初に巣立ち会を立ち上げたときに、1病棟退院させるといいましたら、みんな笑いました。ですが、現実にこの15~6年の間に140人位、3病棟近い人たちが退院しています。それを考えると、言葉に出してみるのが大切だと感じます。

「現状維持は後退」:現状維持が目標だと、後退にほかなりません。今回自立支援法が施行され、事業所は新しい法に移行せざるを得ず、様子見の事業所もある中で、うちはすべて新法に移行しました。さっさといろんなことを経験して自分のものにしよう、という考えに基づいてです。

「人への感謝を忘れない」:助けられたら感謝する気持ちを忘れないことが大切です。私はどんなに偉い先生よりも、利用者からたくさんのことを学んだと思っています。そのニーズに沿うことが現状につながりました。利用者が一番の先生です。

「ピアサポート」:人のために何かできるのは幸せなことだと、利用者にも伝えています。支援されっぱなしだと自分が頼りない感じがします。人にサービスを提供できる、人の幸せに貢献できるということは、自分の支えや生きがいになります。当事者が役割を持てると、それだけで元気になることをご家族も覚えておいてほしいと思います。

「何を言ったかではなく何が伝わったか」:相手がどう聞いたかということに気を配ります。ご家族が本人に何を言ったということよりも、本人がどう捉えたかが大切です。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 今年の梅雨はしっかり降ってくれている。夏の渇水はないだろう。
 さて、今号の田尾有樹子さんのお話には刺激を受けた。新宿のグループホームは上表の通りだ。巣立ち会では8か所、63室の部屋を有している。さらにこれから5か所のグループホームを新築するという。

 新宿ではグループホームを作ろう、という話が出ても、土地や部屋を貸してくれる人がいないといわれる。田尾さんの話では「巣立ち会に貸せば滞納がない」と進んで土地や部屋の提供者が現れている。
 さらにうれしいのは「精神障害と明らかにしても周りのみんなが拒否的なわけではない」ということ。もちろん、それは一朝一夕でできたことではないだろう。街の理解者を集め、手を取り合って、また次の理解者を掘り起こしてきた結果である。

 このフレンズの事務所に月に何度か電話で相談が来る。あえてこちらも聞かないようにしているが、名前を名乗って質問してくる人はほとんどいない。やはり、病気への偏見があるのであろう。体験的に感じるのは、カミングアウトした方ほど回復が早いと思える。
 関連して田尾さんの言葉「病気を隠された本人はどんな思いをするだろう」「本人の存在を否定している」と述べている。

 健常者の立場だけでものを見ている。隠すだけでも許せないが、長期入院の原因に、周囲の者が当事者を入院させれば自分たちの立場に影響がない、とまで言わせる時代もあったようだ。それが田尾さんの活動の原点であることも伺った。私たちはどこまで当事者の気持ちを汲み取れるか、が問われている。