統合失調症の陰性症状と回復への道

新宿区後援・5月月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長・精神科医 山澤涼子先生

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【統合失調症の4つの症状】
 統合失調症の陽性症状は、「元々無かったものが出てくる」という意味で、健康だった時には無かった幻聴や妄想、混乱などが出てくる症状をいいます。陰性症状は、逆に元々あった意欲、感情、元気など「元々あったものが出にくくなる」症状をいいます。
 昔から統合失調症の症状と言えば、陽性症状と陰性症状といわれてきましたが、実は最近、この2つだけではなくて、気分の症状、例えばうつとか躁状態といった症状も統合失調症に伴って出ることがあり、それも非常に重要だと分かってきています。もう1つは、最近非常に話題になっている認知機能障害と呼ばれるもの、この4つが統合失調症の症状とされています。
 陰性症状は、わかりやすく言えば、病院から退院してきたのに朝から晩まで寝てばかり、「早く起きなさい」「散歩にでも行ってきたら」などと言っても、だらだらしているように見えてしまう症状が陰性症状です。

【陰性症状と間違われやすい症状】
 
陰性症状に似た症状ですが、いくつか鑑別しなければいけないものがあります。

1)抑うつ状態
 
精神病後抑うつ(Post psychotic depression)といって、急性期の激しい症状が落ち着いた後に、一時的にうつ状態を呈することがあります。陰性症状と同じようにダラダラして動けず元気がないように見えますが、うつというのは気分の落ち込みが強く、本人が非常につらいので、ここの鑑別が非常に大事です。

2)薬による過鎮静
 
見逃してはいけないのは、薬が少し強すぎて眠いとかだるいという過鎮静です。精神科の薬は、基本的に抑える方向に働きますが、眠気の強さは薬の種類にもよりますし、同じ薬を飲んでも全く眠くない人もいれば、ほんの少量で物凄く眠い人もいるので、個人差もあります。
 特に急性期は、興奮を鎮めるために薬を多めに使う必要のある場合があります。非常に幻聴や妄想が強く、凄くイライラして怒りっぽい時は症状を抑えることが大事で、眠気やだるさがあっても薬を使って治療しなければならない段階といえます。

3)認知機能障害
 日々の生活をするために必要な認知の働きに障害があることを認知機能障害といいます。そのせいで元気がないように見えることがあります。

【陰性症状と薬物療法】
 
これらを鑑別したうえで陰性症状だろうとなった時に、残念ながら薬は、陽性症状に効果があるようには陰性症状には効きません。
 「陰性症状に効く」とうたう薬はありますが、例えばエビリファイや最近出たレキサルティは鎮静作用が少ないので、別の薬から変えると陰性症状が良くなったように見えることがあると思います。しかし陰性症状に効いたのか、少し押さえ気味だった鎮静が取れたとするのか、若干微妙と思います。
 薬を変えるというのはチャンスでもあり、リスクも伴うので、本人と家族と主治医の間で、リスクとベネフィット(利益)のバランスをよくよく相談して「やってみよう」となった時は、通院を増やすとか家族はいつもより気を付けることが必要になります。

【症状と生活の質-社会的転帰】
 転帰とは「病気が経過して他の状態になること」ですが、社会的転帰は「就労」「人付き合い、友人」「家族との関係」「余暇や趣味」「1人で生活」などを総合的にまとめて、「本人がどれくらい社会的に良い状態で充実した生活をできているか」を言います。
 かつては精神科の治療法の有効無効は、陽性症状と陰性症状で測っていました。しかし患者の社会的転帰や本人が生活に満足しているかには、陽性症状はほとんど関係しないことが分かってきました。とはいえ陽性症状を治療しなくても良いということではもちろんなく、幻聴に酷く悩まされていると差し障りは出ます。ただ、陽性症状を無くすことにあまりに必死となって薬が増え過ぎたり、治療中だからとリハビリが疎かになると、生活的には逆効果となります。

【再発と服薬・ストレスの関係】
 
1年後の再発率の統計では、寛解状態から薬なしで1年後に8割が再発します。薬を飲むと3割に減ります。薬を飲んでも3割も再発するのかと思うかもしれませんが、服薬中の再発は薬の調整で再発を乗り切れることが多いのに比べ、断薬での再発はゼロからやり直しになります。
 服薬して、なおかつ本人がストレス・マネジメントをしても、再発率は薬のみの場合と有意差が出ません。ところが支援者中心のストレス・マネジメントを加えると、再発率は1割まで下がります。言い換えると家族のストレスは、そのまま本人のストレスに跳ね返ってしまうのです。家族がストレスを溜めると、その分、患者に強く言ってしまったりなど、日々の生活上のストレスがお互いに掛かるので、家族が自分の生活を質の良いものすることが、患者本人の再発率を下げるのです。

【精神科リハビリテーションの原則】
 では、リハビリとは何でしょうか。脳出血後でマヒが残ったり怪我で障害が残った場合のリハビリを思い出しますが、これらは手術が終わって外科的にはやることはない、あとはリハビリという流れです。しかし精神科では、治療もやりながらリハビリテーションも進めて行かなくてはなりません。
 注目したいのは「疾患の管理」です。リハビリを頑張って良いレベルまで進んできたのに再発したせいで、それまでのリハビリが無に…ということがあります。リハビリの一環として、疾患の管理ことに服薬管理は非常に大事になります。
 どんな病気の方でも全身が病気ということはほぼなく、病気の部分もあるけれども、できることが沢山あります。薬物療法は悪い所をつぶす治療、リハビリは良いところ、健康的なところを伸ばす治療です。良いところが伸びれば悪い部分が変わらなくても、割合的には減って行きます。
 良い所を伸ばす、健康的な面を生かすためには、当事者の参加、個別性の重視が大事で、本人の意志を大切にすることです。医師も家族も、当事者から途方もない希望や無理と思えることを言われると、自分の考える理想形に引き寄せたくなるのではないでしょうか。でもそれでは患者本人はなかなか頑張れないので、本人の意思を丁寧に聞いていきます。
そのためには、アクティブ・リスニング(積極的傾聴)が大事です。

1.相手をよく見ること、相手のそばで聴くこと

2.相手の話すことに注意を向けること

3.相手の話に興味を示し、うなずいたり、相槌をうつ時は声も出す

4.わからないことがあれば質問する

5.自分が聴いた内容はよく覚えておく

 日本人はなかなか面と向かって話し合うことが少ないと思いますが、「これからどうしたいの?」など本人の意思を聞くとか、大事な話をする時は、アクティブ・リスニングを意識するとよいと思います。当たり前のようで、実はできていないことが多いので、ぜひ意識して下さい。

【夢と目標とご褒美が必要】
 リハビリテーションは地道な作業です。抗精神病薬を毎日飲めば幻聴が治まるのとは違います。ちょっと頑張らないとリハビリは進まない。例えば脳出血後のリハビリでも痛かったり辛かったりするのを、「歩けるようになりたい」と辛いのを頑張ります。
 頑張るために必要なのは、1つは夢と目標。もう1つはご褒美がある程度ないと頑張れない、これは誰しもそうだろうと思います。
 そういった場合に、長期目標や夢を持つことに、先ほど出てきたアクティブ・リスニングを使いつつ、頭から否定しないことです。例えば、結婚願望がある場合、状況が厳しくても「それなら料理を覚えたり、おしゃれをしようね」と身近な目標を定めます。楽譜も読めずピアノも弾けないのに「作曲家になりたい」夢を持って「ピアノが欲しい」という人がいます。「ピアノは施設に置けないからアパートに住まなければね。そのためにはデイケアに通おう」。本人は、デイケアはモチベーションが上がらないのですが、生活が安定しないとアパートに住めないからと、デイケアには何とか通いながら、電子ピアノのカタログを集めるのを楽しみにしています。
 リハビリの話で必ず出てくるのがデイケアです。「いい大人が病院で絵を描いたり歌を歌ったり何の役に立つんだ」と思われたりしますが、やはり意味があります。もちろんそれだけに止まっていてはいけないのですが、本人の病状によって今やれることがあります。

大泉病院も2つのデイケアがあって、1つは生活維持と再発予防です。歌を歌ったり絵を描いたりもしますが、特に気を付けているのは体のことで、ストレッチや、適切な体重管理を目的としたBMI25(*1)というプログラムを行っています。
 リハビリの効果を見るには、例えば、いつまでにいくら貯金して旅行に行くというような夢や目標を立てて、そのために今何ができるか、そのための短期計画を立てることです。そして、計画が実行できているか評価して、計画を立て直すこと、この繰り返しが大切です。
 入院治療は退院というゴールがあるので、否応なく計画が立ちますが、外来治療では「自分はどうなりたいのか、今は何を目指していて、そのために何をしているか」を定期的に見直すことを、本人も家族も主治医も忘れてはいけないと思います。

【認知機能障害】
 陰性症状は認知機能と関連性があるとされていて、結果的には機能的な転帰、その人の暮らしやすさ、生活の質に影響しています。
 認知機能とは、記憶力、注意力、何か計画を立ててそのゴールに行きつくような計画を臨機応変に立てる遂行機能、色んなアイデアを柔軟に思いつく流暢性、また社会的認知と言って人の表情を読むなどです。私たちは、それらを適切に使いながら日々生活していますが、それへの障害が統合失調症では出ることが分かっています。

 では、認知機能を良くするにはどうすればよいのでしょうか。これには2つの手法があります。
 1つはトレーニングして、認知機能そのものを良くする方法で、それに有効だと思われるプログラムが、コンピューター・プログラムでいくつも開発され、病院で利用されています。本も出版されています。
 もう1つは、苦手なことを、環境を変えることで補う方法です。みなさんも得手不得手があるでしょうが、不得手なことを無くす努力を日々やっているわけではなく、環境を変えることで補っています。認知機能障害も一緒で、補う方法を身に着けることもリハビリです。
 改善を目指す方法としては日常生活でできることがたくさんあって、家事の手伝いもトレーニングになります。中でも料理はとても良いトレーニングになるのですが、元気がなくなると最初にやりたくないのも、うつの患者が最後までできないのも料理です。料理が無理でも、必要なものを買い物に行くのも認知機能のトレーニングになります。
 ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)はコミュニケーションの訓練です。これはきちんとしたプログラムがあるのですが、プチSSTと私が呼んでいる方法は、例えば母親に謝らなければならないなどがあれば、外来の診察で「ではここで私をお母さんだと思って謝ってみてごらん」というような練習をしています。
 環境的に補う方法は沢山あり、薬の飲み方でも覚えておくことが難しければ、目につきやすい場所に置く、飲んだかどうか忘れてしまう場合はカレンダーに飲んだ印をつける、曜日ごとのお薬ボックスに入れるなどの工夫をします。
 メモを取る習慣をつけるのもよく、一時的な記憶であるワーキングメモリーは認知機能障害だけでなく、調子が悪い場合も悪くなるので、ことに就労支援の場合は、言われたこと、しなくてはならないことなど、とにかくメモを取るように話しています。
 他人とのコミュニケーションのために地域活動センターやデイケアを利用するのは良いことですが、家でも取り組んで下さい。
 大きな目標も小さな一歩から、大きな目標も大事にしつつ、小さな一歩を確実にできるようプランを立てて、時々見直すことと、使える資源は沢山あるのでフル活用してやっていただければと思います。
                                            ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 夏を思わせるような気候が続いているが、皆様お変わりはないだろうか。小生、少々バテ気味である。

 今月のテーマ「陰性症状と回復」というタイトルで山澤先生にお願いした。しかし、このテーマほど難しいタイトルはないだろうと思われる。親は早く回復させたい一心であるが、娘、息子たちはぐでーっと寝てばかり。先生は「これを飲めば陰性症状は治ります」という薬はないと断言する。

 先生はこの難しいテーマをこと細やかに解説してくれた。社会的転帰の重要性。これは患者本人の気分が安定していることが大事であるとしている。多少の幻聴、幻覚があっても本人が安定していればそれでいいではないかと。

 そして、家族が無理しないことであるとしている。この病気は十年、二十年と続くものであるとし、家族が犠牲になって介護に汗してしまうと結果的には再発を増やしてしまうと言う。

 ならば、どう対処すればよいのか。先生曰く「薬物療法は悪い所を治す。リハビリは良い所を伸ばす」であると。つまり、リハビリである。それにはアクティブ・リスニング、積極的傾聴である。小生も最近になって、本人との付き合いの中で、聞き流しはしないよう心掛けている。すると、本人も本気で語るようになる。結果的には本人にとって陰性症状を瞬間脱出した面持ちになるのではなかろうか。

 最後に認知機能の障害について述べたが、認知機能とは記憶力、注意力、計画性、流暢性、それにKY・空気を読む力、これらすべて我々健常者と思われる者にも要求される力ではなかろうか。畢竟、陰性症状とは、そのようなもので、難しく考えるものではなさそうである。