移送から居場所作りに至った思い

新宿区後援・3月新宿フレンズ講演会
講師 東京パトロール株式会社代表取締役 生田清子さん

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【移送警護という仕事】
 
東京パトロールは、2007年に国内でも数少ない身辺警護専門会社として設立しました。私たちが受ける仕事は危険が予想される場合の身辺警護で、爆破予告をされた集まりや、相続時に相続人の中に反社会的な人がいたり、結婚式や告別式に精神的に不安定な方の出席で何かあった時に対応を…というような依頼があります。ある程度、リスクレベルの高い警護業務に特化しています。  
 その中で精神障害者の移送警護を設立以来、現在までに約900件以上完遂しています。相談案件を含めますと3000件ぐらいご家族にお会いしており、移送業務のほかに当事者の入院先の選定もします。精神疾患は退院して自宅に戻っても再発することが多く、交友関係のない人も多いことから、入院中から退院後のサポート業務にも力を入れています。
 また、当事者家族の高齢化に伴い、ご両親の高齢者施設への同行や、親なき後に葬儀や様々な解約などの事務手続きをする死後事務委任契約というサポートも始めています。昨今は認知症による精神科入院の移送業務も増加してきました。

【移送先の病院について】
 先日、戦前の精神科医・呉修三先生の『夜明け前』という映画を観る機会がありました。「この病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸」という先生の言葉から100年を経過しても、日本の精神科医療への取り組みはまだまだ…と感じています。
 医療機関は当事者を主体にした治療に取り組んでいますが、保険医療機関の病院は保険点数によって運営されるため、家族と当事者の関わり方に充分な時間は取れないのが現状です。精神科病院もスーパー救急と言われる病院、措置入院は受けないが医療保護入院は受ける病院、中・長期にわたって入院が可能な病院、とそれぞれの役割があり、病院によって対応は様々です。
 よく「どの病院が良いですか」という質問を頂きますが、当事者の状態や家庭環境によって違います。単純にアクセスが良いなどの立地条件か、病院がきれいか、規模や病床数なのか。病院や病棟の種類では、入院の緊急性があれば受け入れの良い病院を、ある程度長い入院が必要であれば中・長期対応の病院を探すことになります。入院までの手順、入院時の診察状況、入院後の体制も、病院によって少しずつ違います。
 入院のタイミングは、暴力や自傷行為など状態が激しければ決めやすいでしょう。そこまで行かないけれども仕事に行けないなど一般的な社会生活が営めていない場合には、決断は非常に難しいと思います。

【医師への伝え方の工夫】
 家族相談時に、家族の感情を入れずに病状や生活状況を正確に伝えることは大変難しいようです。入院の必要性と緊急性がどこにあるのかを伝える必要があります。その時に役に立つのが先ほど話した日々のメモで、それを元に時系列にまとめると家族も整理できて話しやすいでしょう。当事者は上手く話せないので家族の話が大切なのですが、病院では時間も限られ、ゆっくり聞いてくれる医師は少ないです。
 大切なことは身体の異常や不調です。「1人ではできないこと、困難なことは…」「食事を用意しないと食べられない」「促さないと食べられない」「イライラしている」「ふさぎ込んでいる」 「だるそうで昼間も寝てばかり」「眠れない」、頭痛や便秘などもそうです。
 妄想的な発言についてもできるだけ具体的な言葉を伝えてください。よく聞くのは「自分の悪口を言われている」「誰かが攻撃している気がする」など。「昨日と今日とで言っている内容が違う」「唐突に話し出す」などの様子もメモしておきます。

【家族の関わり方】
 当事者との距離の取り方も家族として大変困ることではないかと思います。心配のあまり過干渉になり共依存になりがちですが、一定の距離感がないとお互いが疲れてしまいます。この程よい距離感を作ることはとても難しいのですが大切なことです。
 いつも家族に申し上げるのは、家族が元気にならないと、当事者も元気になれない。「できないことはできない」「無理なものは無理」と伝えても良いのではということです。ただしクドクド言わない配慮は必要です。念を押したくなるのが心情かと思いますが言う時は1回のみ、同じことを何回も言われて気分の良い人はいません。疾患があって心配だったとしても、その対応は同じです。
 そして悪い雰囲気になったら目に入らない距離に移動する、暴力があればその場から離れる。お互いが傷付き合っては何もなりません。激しい暴力沙汰になるようであれば、迷わず110番通報です。
 投薬管理は家族の悩みと思います。処方された薬は当然飲まなければなりませんが副作用を伴うことも多く、管理されるのを嫌がる当事者も多いです。とは言え自己管理にすると断薬してしまうことが多い。
 当事者と最初にルールを決めて守れるのであれば良いです。しかし声をかけても服薬しなくなった場合、まずは主治医に相談です。しかし1人で通院していて、主治医が当事者としか話さない方針の場合はどうするか。クリニックではよくあるケースで「家族だけでは受診できません」という先生もいます。
 病識がないためだけなのか、副作用が強くて飲みたくないのか、飲まなくなってからの状態の変化があるかを注意深く見ながら、何回かは薬の促しをして様子を見ていく。その上で、保健所や相談できる機関を持つと良いです。そういう手順を踏んで家族としてやるべきことをやっても服薬が上手くいかず、クリニックが家族相談を受けてくれないのであれば、ある程度病床数のある病院に行き、入院も視野に入れて家族相談をする形が良いと思います。
【移送の実態と手順】
 家族が手を尽くしても医療に繋げられない場合に、入院を前提としての移送の相談を私どもの社に頂いています。家族だけでは病院に連れて行けない、どこの病院が良いか分からない、未受診など入院の流れを作ることが家族だけでは難しい場合や、通院中でも主治医が入院に反対の主義、病院を紹介してもらえない、前の病院には入院させたくない場合など、病院選択からお手伝いしています。
 ここで重要なのは、先ほど主治医への伝え方でお話したように、入院への必要性と緊急性がポイントになります。それまでの状態をご家族に伺ってまとめ、ある程度、私どもが意見書を作成して、どの病院が良いかをご家族と相談した上で、その病院の入院の可否を打診します。その時のポイントは、緊急性を優先するのか、それほど緊急性はない場合は今後も関わることを考慮した病院選択で、ここは家族によく考えていただきます。今まで色々な病院の紹介をしてきました。
 大変なケースは、警察に保護されたが措置入院にはならず「家族の元は無理なのですが、どうしたら…」「自宅に今警察官が来ていますが、このままでは家ではみられません。でも措置入院にはなりません」。医療保護入院しかありません。
 平日の日中であれば、ある程度、何か所かの病院に打診できるのですが、平日でも夕方5時を過ぎていたり、土日休日だと病院に電話が繋がりません。東京都であれば福祉局の24時間医療機関案内サービス「ひまわり」に電話(03-5272-0303)をして、受け入れ病院を確保する作業が出てきます。この場合は、入院の必要性よりも緊急性を電話で伝えます。受け入れ先は東京都では輪番病院で、自治体によって日ごとに変わったり1週間ぐらいだったりの単位です。この輪番病院に受け入れをお願いするという形になり病院を選べません。
 「ひまわり」に電話が繋がり保健師と話します。この状態で家族の同意もあり、医療保護入院が必要と認められれば、初めてその時に「では輪番病院に聞いてみます」と一旦電話を切られます。保険局が輪番病院に問い合わせて受け入れの許可が得られたら、福祉局から電話が入って、〇〇病院と教えてくれます。

【「病院に行く」と伝えてから】
 当事者が入院を拒否している場合、治療のためといえども、家族にとって移送を依頼するのは苦渋の決断かと思います。私どもは当事者と家族の関係性を考慮して、説得時にどのように話を進めるのが良いか、ご家族と綿密に打ち合わせを行います。
 当日は必ず声を掛けて説得をし、一切の身体拘束をせずに自分の足で歩いて入院を目指しています。しかしどうしても拒否する場合、病院に連れて行くことが優先ですから、腕を持って車に乗っていただきます。一切の拘束はしませんので安心してください。
 どのような声掛けかはケースバイケースです。それぞれの病状も違い、家族の状態も違うので、1つとして同じケースはありません。当事者に必ず伝えるのは「病院に受診に行くのですよ」ということです。騙して連れ出すことはありません。入院になるかどうかは、病院に着いてから精神保健指定医が診察後に決定することですから、「入院」というキーワードは言いません。「あなたには受診が必要だよ。家族も心配しているよ。とにかく大きな病院に行って、きちんと診ていただきましょう」と繰り返し説明します。
 ご家族がよく心配するのは、当事者から「誰が依頼したのか」と聞かれることです。意外でしょうが、この質問は非常に少なかったです。またすべて歩いて車両に乗れたわけではありませんし、興奮して暴れる人も、「嫌だ」と動かない人もいました。しかし当事者と接触できれば、病院にお連れできなかったことはありません。家族が「暴れますから」と言われていてもすんなり歩いて車両に乗る場合も、「今まで1度も暴れたことはありません」と言うお話でも興奮されたケースもあり、これは本当に予想できません。
 依頼先に行っても1人暮らしの当事者がいないケースもありました。この場合も近隣で見つかった、手掛かりを得て場所が判明して無事に病院に連れて行けた、日程を再調整しなくてはならなかった…と様々です。家中にゴミが散乱して床が見えなくて臭いも酷いケース、排泄物が垂れ流しで移送中も車の窓を開け放しにしたケースもありました。その中でとても残念だったのは、伺った時にすでに自死されていたケースです。
 本人にとっては事実ですが、周りの人は共有しかねます。でも「本人は感じて、苦しい」ことは私たちにも理解できます。「そうなんだね。でも、今は大丈夫だね」という形でのフォローでした。主治医にも相談して、少しでもその状態が緩和するようにと投薬の処方変更のための任意入院も行いました。日中活動の場所は就労移行を利用していたのですが馴染めず、前に進めない状態は続いています。
 また別の当事者は、退院後も幻聴があるそうで、調子が悪い時は「お前なんかダメだ、死ね」、調子の良い時は「ちょっと失敗しちゃったね、今度頑張ろうね」と聞こえるそうです。「優しい幻聴であればいい。幻聴はなくならないけれども、自分の個性だからしょうがないか」という受け止め方になって来ました。ある程度寛解に近い形かなと感じています。

【運動できる居場所を提供】
 寛解しても人によって支援の方法も違い、時間もかかる精神障害は周りの理解が得にくいと思います。皆さんも大変苦労していらっしゃるでしょう。この10年間で約900人を病院に連れて行った中には2回3回と入院になった人や、その後、残念ながら自死した人もいました。
 数人の当事者のご家族から、「大手スポーツクラブに入会しようとしたら精神薬服用を理由に入会を拒否された」、「規約には精神障害者の入会を禁じる文言はなかったが、独語が原因で退会を迫られた」と聞きました。事務所近くには、多数の高齢者施設もあり、見学に行くうちに「自立している高齢者も多いので今後の健康寿命を如何に延ばすかがテーマ」と施設関係者に伺いました。高齢者施設の場合も、健康な人を対象にしたリハビリ施設は少なく、介護保険で利用できる通所リハビリステーションにはそぐわない人も多くいます。
 気軽に当事者も家族も集える場所があれば良い、また今後、高齢社会に向けて健康寿命が伸ばせるように簡単に運動ができるスペースがあれば良いと思い、それならば当事者主体のスペースを設立しようと思いまして、小さいスペースですがジムを作りました。
 ジムは、「引きこもらない、引きこもらせない、拳を上げるな、家族に他人に自分自身に」をテーマに、精神障害者と健常者の交流をはかる場として、また当事者の健康促進と日中活動の場として、オープンなスペースにしました。
 高齢者のご利用もできるようにしました。サポート中のご家族が高齢になって、高齢者施設を利用されるというケースが増えてきている時に、一緒に見学をさせて頂いたという形から発展してきています。高齢者が安全に運動できるように、TRX(自重:自分の重さだけでできる)トレーニングを導入しました。
 ただ当然、入会するには最低限の約束はあります。通院・治療・投薬管理の継続、習慣的な入浴、他人に不快感を与えない衛生管理ができていることです。当事者が外出をして、決められたルールの下で健康促進につとめ、なおかつ家族や医療関係者以外の人との交流を持つ。根底にはこのようなコンセプトがあります。
 社会では未だに精神疾患に誤った認識を持っている人が多数です。今回のジムに関しては一般公開する予定はありませんが、当事者も支援者も関係者のみとの交流に留まらず、広く社会に理解を求めていくことは、今後の最大の目標と認識しています。
                                            ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 桜の季節が終わった。なぜか今年の桜は長く尾を引いたような気がする。気温がそうさせたのだろうか。毎年そう長く楽しませてほしい。
 さて、今月の講演者は新宿フレンズならではの人選であったような気がする人にお願いした。その人は東京パトロール代表取締役の生田清子さんである。東京パトロールは2007年創立だという。前回お話をお伺いしたのが2008年11月であった。以来新宿フレンズでは移送で困ったという方に最後の手段として東京パトロールという会社があると紹介してきた。
 生田社長も創業時は精神障害についてはそれほど知識はなかったと思う。しかし、毎日相談を受けるようになり、いつしか専門家としての知識を持つようになった。それは精神科医とも違う、精神保健福祉士とも違う、ある意味家族の立場を知った、家族の代弁者に近いお話であったと思う。
 生田さんが述べられた話の多くが事例である。その事例が誰でも一度は経験したようなことで頷くことしきりであった。
 移送の際、東京パトロールが守っていることがある。それは患者を騙して車に乗せるようなことはしないことである。治療のために私たちと病院に行きますとはっきり言う。患者との信頼関係を作ろうという姿勢なのではないか。 
 そして、家族が移送を依頼する時、それは苦渋の決断ではないかと家族の気持ちを理解してくれている。自分の息子、娘が精神科に入院するというだけでも家族は動転している。その時こそ移送会社の対応が問われるのである。生田社長の力量に期待している。