家族のリカバリー

新宿区後援・7月新宿フレンズ講演会
講師 埼玉県立大学保健医療福祉学部教授・看護師 横山惠子先生

ホームページでの表示について

抱え込む家族】
 今日は、精神障害者家族は困難を抱えていて、支援される存在ですが、適切な支援を受けることで、家族はリカバリーすること、家族自身が自分たちの持つ力に気付いていただければ…と願って話します。
 今、各地で「夜明け前」という、戦前の精神科医、呉秀三さんの映画が上映されています。当時は精神科病院がほとんどなく、家族が家や納屋に座敷牢を作り病人を入れるという非常に悲惨な状況でした。1918年に呉秀三は『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』という調査報告書をまとめ、「我国十何万の精神病者は実に此の病を受けたるの不幸の外に、此の国に生れたるの不幸を重ぬるものと云ふべし」という有名な言葉を残しています。
 それから100年、この私宅監置は1950年の精神衛生法で廃止されました。しかし、現在もなお、大阪市寝屋川市での両親による長女の監禁、保護責任者遺棄致死罪での起訴、兵庫県三田市では40代長男の監禁で、父親が逮捕される事件が起きています。事件を取材した記者は、「事件は家族の責任ではなく、病気の偏見や医療・福祉の不十分さであり、精神疾患は誰でもなる可能性があるにもかかわらず、その実態が知られていないことが問題だ」と、事件の本質を鋭く指摘しています。
 この時代から100年経っても変わらない日本の現状は、この時代が「二重の不幸」であれば、現代は「三重の不幸」とも言えます。こうした事件の背後には孤立した当事者と家族の現状があります。
 今、精神科病院の隔離や拘束が問題になっています。この身体拘束は、県によって10倍以上の開きがあり、東日本は西日本に比べて高いです。なんと、一番拘束率が高いのは埼玉県だそうで9.94%、一番少ないのは岡山の0.86%と、地域差があります。つまり。関わり方次第で、拘束は減らせるということです。
 日本は先進諸国では唯一入院中心の国です。在院日数も平均300日近くあり、何年もの長期入院の人がいます。一方で、急性期では診療報酬が高いのは3か月ですので、経営を優先する病院はまだ具合が悪くても退院させてしまう現状もあります。
 精神病床も大変多く、日本は入院医療にお金を注いでいます。イギリスやアメリカは病床を減らしました。イタリアはバザーリア法で精神病院がなくなりました。これらの国は、公立の病院だから国の政策で病院を閉鎖できたのです。日本は私立病院が9割で病床の削減が難しく、地域サービスが不足した状態が続いています。

【暴力はSOS】
 精神障害の親が子どもを殺す、あるいは逆の事件がニュースになりました。入院は11回、父親が相談をしても保健所は「本人が拒否するなら訪問できません」、病院は「連れて来なければダメ」、警察は「事件が起きないと対応できない」。父親は一緒に暮らせなくて車中泊しながら生活し、娘さんは「生きているのが辛い」と毎日言う。父親は娘を愛し、娘も父親が好きだったのに、殺人事件が起きてしまいました。
 父親が家族会に繋がっていたことは衝撃でした。家族会では、なぜ仲間を救えなかったのかと嘆願書を集め、父親は執行猶予になりました。父親は「自分は加害者なのに」と躊躇しながら家族会で話して下さいました。どちらが加害者、被害者なのかではなく、どちらも被害者なのです。
 精神障害者の暴力は犯罪全体で見れば少ないです。例えば殺人は一般集団0.037%に対し、0.015%。犯罪全体でも一般集団が2.5%に対し0.1%。しかし、川崎での事件の後も、暴力が外に向くことを心配した父親が息子さんを殺めるという事件が起きました。この方も誰にも相談できなかったのです。
 暴力は心の傷が原因でも起きます。隔離・拘束の行動制限や強制的な移送は心の傷となり、それが悪循環を生んでいると考えられます。認知機能障害も原因となり、些細なコミュニケーションのずれで起きます。例えば「ご飯食べたの」「そろそろ着替えたら」などのさりげない言葉が、本人にとっては「自分はそんなこともできない人間だと思われている」と捉え、暴力が出てしまうこともあります。

【内なる偏見】
 一般市民からレッテルを貼られることで生じる否定的な影響、これをパブリックスティグマ(社会的偏見)といいます。理解できないものに対する社会的偏見は、ある程度致し方ないと思います。
 問題はこの偏見を自分の中に取り込むこと、これを内なる偏見(セルフスティグマ)と言い、一番影響が大きいです。ある文化の中で出来上がったスティグマを自分が取り入れた状態で、結局それが自分を苦しめ、相談や受診を遅らせてしまいます。内なるスティグマは誰もが持っています。
 皆さんは多分「スティグマは社会が最も強い、だから私たちは話せない、隠さなければならない」と思っているかもしれません。実は社会よりも医療者のほうが強く、もっと強いのは家族、さらに強いのは本人なのです。近所の目を気にして夜に買い物に行く、デイケアの帰りも仕事帰りの時間になるまでどこかで時間つぶしをするなど、当事者は自分がどう見られているのかにとても敏感です。
 内なる偏見は当事者に近いほど強くなり、本人が外に出ることを障害し、家族も人に相談したり警察を呼ぶことを躊躇することになります。
 内なるスティグマが家族の問題を抱え込ませているのではないかと思います。家族は「知られたくない」という思いがあって、家庭の中で収めようと必死になります。病気を否定する気持ちもあって受診や社会資源の利用、家族会に辿り着くなど、行動に移すまでに時間がかかります。
 暴力は自己破壊的な行動、自殺願望でもある一方で、関係を変えたいという思いでもあります。毎日家で過ごしていると、親はそう思っていなくても、本人は親に抑圧されていると感じます。暴力は悪いことですが、気持ちを伝えたい、親との関係を変えたいなど、本人の変化したいという起爆剤でもあります。

【外から届けるサービスを】
 大学卒業後に発症して10年引きこもっていたうつ病の35歳の女性は、両親や物に当たり、「死にたい」と口にしていたそうです。両親に何で相談しなかったのかを聞いたところ、「良くなっても噂とか残るじゃないですか」と。だから受診もできず、解決の糸口となる相談すらできなかったのですが、ようやく家族会に参加して訪問看護の情報を得ました。ここでも両親は他人を家に入れることに躊躇したものの支援に繋がり、娘さんは元気になっていきました。外からの風を入れることが大事です。
 精神疾患の場合には、家に引きこもる人が多いので、外から届けるサービスが必要です。平成24年診療報酬改定で「精神科訪問看護基本療養費」が新設され、その算定要件として、精神科訪問看護基本療養費算定要件研修の受講が必要となりました。精神科臨床経験のない看護師や作業療法士が多いからです。研修の受講希望者は多く、地域に精神科に特化した訪問看護ステーション、精神科の訪問も行う高齢者対象のステーションも増えています。まだまだケアの質にバラツキがありますが、必要な人が積極的に使わないと、ステーションも成長しません

【親亡き後はきょうだいに?】
 「親亡き後」は、必ず出てくる言葉です。精神疾患を持つ人の問題を家族だけで解決しようとすると、結局、本人と家族が孤立して「自分たちが元気なうちは良いが、年を取ったらどうしよう」と心配をします。
 親亡き後の問題を誰に引き継がせるのでしょうか。きょうだいは不安になります。きょうだいに「お前が面倒を見ろ」という親もいますが、しっかりした親は「お前は自分の人生を生きなさい」と早くから離してしまいます。しかし、親だけで頑張れば頑張るほど、結局は同じ状態です。きょうだいは外から心配して、しかも事情が分からないという中で、急にその責任が被さって来るのです。支援者も高齢化した親に代わる役割を期待します。
 きょうだいは当事者と同世代を生きます。優先するのは自分の人生ですが、職業選択や結婚などで人生に大きな影響を受けます。特に親のスティグマがきょうだいの人生に影響するのです。きょうだいは社会サービスを使いながら、当事者と「ほどよい距離」を作ることが大事です。
 きょうだいは親とは対立する立場でもあるので、家族会に少ないです。それで「兄弟姉妹の会」*は1975年に生まれました。家族会同様、兄弟姉妹の会も高齢化し、今20代のきょうだいを支えられなくなっているようです。一方、障害者全体の「全国きょうだいの会」*が1963年からあって、そこに精神の方も参加しているようです。
 きょうだいも40代50代になると親と同じような気持ちになります。自分の結婚や生活を犠牲にして面倒を見ている人が結構います。そういう方は家族会に入っています。それに対して、自分が期待されることに反発するきょうだいは、家族会には近づきません。
 きょうだいの良いところは、親とは違う「ほどよい距離」で冷静に対応できることです。きょうだいも交えて話し合うと、距離が取れるようになります。兄弟を離すだけでなく、状況も分かるようにしたほうが良いと思います。社会的な資源はきょうだいの方が調べやすいし、親に忠告もすれば教えてもくれます。

【配偶者や子どもたち】
 配偶者はすごく辛いと言います。夫が病気になると、経済も家のことも子育ても全部妻がしなくてはなりません。妻が病気になった時は、夫が家事育児全てをやることになり、しかも夫は親戚から「あなたが悪いから病気になった」と責められたり、役所に相談すると「別れたら良いのでは」と簡単に言われるそうです。配偶者だけが家族の中で他人ですが、連れ合いに対する愛情があるから繋がっています。
 2016年に「精神に障害のある人の配偶者・パートナーの会」*ができました。配偶者は子どもへの影響をとても心配しています。親が病気になると、子どもの養育が不十分になりがちです。親の病状によるストレスや経済的な困窮も生じます。
 しかし、子どもは普通を装うため誰にも気づかれず、親と共に孤立している現状があります。子ども自身が精神疾患のハイリスクな状態です。誰にも相談できずに頑張ることが、大人になってからの生きづらさになります。『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)には、9人の子どもたちのこのような体験が収められています。
 家族だけで抱えることは、結局、当事者が自立出来ないようにしてしまいます。第三者の力も借りて、お互いの人生を大切に、そしてお互いが自立した1人の人間として尊重しあえる関係が互いのリカバリーになることを、最近より強く思うようになりました。

【大人として自立する】
 健康な子は自然に自立の歩みができますが、ちょうどその時期に病気になって親が抱えてしまうと、30代、40代、時には50代になっても子どものままになってしまいます。互いに不幸にしてしまうので、早い時期に別居を考えることを勧めます。親の経済的な負担にならないよう、障害年金や福祉を使うなど、支援者に相談しながら、自立のための訓練を始めた方が良いです。
 心理学者のエリック・バーンは「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」と言いました。誰も相手を変えることはできません。自分が影響を及ぼせるのは自分だけです。しかし、自分が変わると不思議なことに、相手も周囲も未来も変わるのです。
 支援を求める時は粘ってください。「困っているので…」と何度でも相談する親が良いのです。「また来た」となったら、何とかしてくれます。まずは家族のリカバリーが先行するしかありません。本人はそれに後から追いついてきます。そのためには、家族がまず外と繋がることです。
 親が余裕を持つことが大切です。遊びに行って家を空けた方が良いです。自分が親を不幸にして申し訳ないと思っているので、親が幸せな顔をしていた方が安心するのです。

【希望する人生を生きる】
 
リカバリーには病気の改善を目指す臨床的リカバリーと、希望する自分の人生を目指す、パーソナルリカバリーがあります。医療者は臨床的リカバリーを務めて欲しいと思いますが、大事なのはパーソナルリカバリーです。
 リカバリーとは病気が良くなることや、元に戻ることでもなく、ゴールを示す言葉でもありません。希望を抱いて自分の能力を発揮して自分が選択した人生や、人生を生きていくということで、当事者の手記や語りから作られた考えです。「希望や自分の生活の主導権を取り戻す」ことであり、中心にあるのはエンパワーメント(力を取り戻す)ことです。
 家族のリカバリーもあります。本人が良くなったから私のリカバリーが始まるのではなくて、本人の病気の状態に関わらず、家族自身が希望を取り戻して、自分なりの生きがいや生活を取り戻していくことです。家族のリカバリーが先行すると本人のリカバリーにも影響します。  
 家族にも本人にも過酷な現実があるからこそ、本当に価値のある人生を見出すプロセスではないかと思います。家族がリカバリーの道を歩み始めると変わっていきます。とても素敵な価値ある人生を見出すことができます。 
 スティグマは簡単には消えないけれども、家族会で活動することで、新たな価値観が得られます。今までの社会の既存の価値観に捉われず、本来的な新たな価値観を見出すことです。「子どもが病気をしなかったらこんな活動をしていなかった、自分の力にも気がつかなかっただろう、生涯の友人を得た」と言う家族もいます。家族会で生き生きと活動している家族の姿は本当にリカバリーだな、とても魅力的な方々だと思っています。

【家族は専門家のパートナー】
 仲間と出会って自信を取り戻した時に、家族のリカバリーが始まって、その結果、専門家にとっても強力なパートナーになります。専門家と家族が互いの強みを活かす社会が、先ほどの地域包括ケアを支えていく。
 家族支援が目指すのは、家族のリカバリーだと思います。家族のリカバリーを支援することで、家族は専門家の対等なパートナーになり、地域づくりに貢献できます。

 色んな体験をしている家族同士、家族会で得るものは大きいです。帰りも時間を気にして「子どもが待っているから」「夕飯作らなくちゃ」という良い親にならないで、夕食会など楽しいことをしてニコニコして帰って下さい。すると家で待っていた子どもがホッとする。「ありがとう、待っていてくれたから、お母さんは本当に助かった」と感謝をすると本人が元気になります。まずは家族のリカバリーが先行するのです。
 家族の皆さんは弱い人達はなくて、リカバリーに目覚めた時、家族会を支える人になり、地域の中で活動する人たちも現れるでしょう。ぜひ、家族会に繋がり続けて下さい。                       

                                             ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 やはり夏は暑い。この暑さは地球温暖化の影響なのか。熱中症による死亡事故も多発している。気候による死亡などかつては考えられなかった。今は東京だけで三十数人という命が奪われている。恐ろしい気候の牙である。
 「スティグマは社会が最も強い。だから私たちは話せない」という意見に真っ向からそうではないと言い切ったのは埼玉大学保健医療福祉学部教授の横山先生である。新宿フレンズ七月の講演で熱弁をふるっていただいた中でのお話しだ。実は私もその意見に同感の持ち主だ。
 先生は社会よりも医療者の方が強く、もっと強いのが家族、さらに強いのが当事者本人なのだと言う。
 新宿フレンズでは定例会の席で受付を行っているが、そんな中で名前を言えない人がいる。「会報を送りたいのでお名前を」というと「じゃぁ、結構です」と帰られた方がいた。十年ほど前の話である。しかし、時代は変わってきている。多くの家族に笑い声や喜びを交わす光景が増えて、会の雰囲気は和やかさが増えている。
 先生は内なるスティグマが家族の問題を徒に掻き立てているのではないかと述べ、他人に知られたくないという気持ちで、医療への係わり、社会資源の利用などに後れを取ってしまうと忠告する。  
 家族のリカバリーというタイトルで始まった横山先生の講演で、家族はリカバリーに目覚めたとき家族会を支える人となり、地域の中で活動する人となるでしょうと結んだ。新宿フレンズの会が終わって毎回食事会が催されている。そこでの話の豊かさが今後のフレンズ支えて行くだろう。