抗精神病薬の種類と使い方

新宿区後援・12月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長・精神科医 山澤涼子先生

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【病気は素因と環境の足し算】
  精神病に限らず、どんな病気も素因、遺伝的な素質や体質がベースにあって、それに後天的な、生まれた後の様々な生活習慣がプラスされて発症します。糖尿病の家族がいれば、生活習慣に気を付けないと発症しますし、逆に家族には糖尿病患者は誰もいない、つまり素因がほとんどなくても、その後の生活習慣があまりに悪いと発症します。
 体の中でストレスに弱いところが脳であるという体質を持っている人に、限界を超えるストレスがかかると、脳内の化学物質のバランスが乱れます。化学物質の中のドーパミンが必要以上に出過ぎるのが統合失調症とされています。
 そこで治療は、脳の中のドーパミンのバランスを正常化する抗精神病薬の服薬となります。もう1つの治療はストレスを上手に管理することです。今日は、そのうちの薬の話をします。

【「脳」の仕組みと薬の働き】
 
まず脳の仕組みです。例えば、私が左手を動かそうと思うと、脳から指令が出て刺激で神経細胞から情報となる電気信号が発信されます。隣の神経細胞との境目をシナプスと言います。シナプスは電気信号が必要なところ、例えば左手にしか伝わらないように絶縁体になっていて、化学物質によって情報をやり取りします。
 刺激によって化学物質が神経細胞から出て来ますが、例えば化学物質ドーパミンであると、ドーパミンがピッタリ合う細胞のレセプター(受容体)にくっ付きます。例えば「ドーパミンが10個来た」と細胞が認識すると、ドーパミン10個分の電気刺激を瞬時に出します。こうして脳の指令が伝わっていきます。

【薬はどう効くのか】
 神経の末端からドーパミンが出過ぎているのが統合失調症です。そうすると、単純な言い方をすれば、「ドーパミンを5個出せばよい」という電気刺激しか来ていないのに10個出てしまう。出る方を食い止める薬はまだ無いので、ドーパミンを受け取る側(受容体、レセプター)に半分蓋をして適切な量に調整しているのが抗精神病薬です。

【抗精神病薬のタイプ】
 
薬の名前は、例えばリスペリドン、オランザピンは化学物質の一般名で、リスパダール、ジプレキサは薬品会社がつけた商品名です。以前は日本では商品名で語ることが多かったのですが、昨今では安いジェネリック(同成分の後発品)が出て、ここ数年は、処方箋はほとんど一般名で書くようになっています。

*ここでは「一般名(先発商品名)」で表記します。

抗精神病薬は、主に2つのタイプに分かれます。

定型抗精神病薬:最初に開発された薬で第一世代とも言われます。フェノチアジン系のクロルプロマジン(コントミン)、レボメプロマジン(レボトミン)、ブチロフェノン系のハロペリドール(セレネース)などです。非常に効果はあったけれども副作用が強かったので、こうした副作用をなるべく軽くしようという意図で、様々な工夫を重ねた薬が非定型抗精神病薬です。今では最初に第一世代を処方することはほぼありません。

非定形抗精神病薬:第二世代とも言われます。3つのタイプがあります。
 SDA(serotonin-dopamine antagonist):セロトニン-ドーパミン拮抗薬で、最初にできた非定型抗精神病薬であるリスペリドンをはじめとする仲間です。

MARTA(multi-acting-receptor-targeted-antipsychotics):いろんな化学物質のレセプターをとにかく沢山抑える薬です。一番知られているのがオランザピンです。

DPA(Dopamine Partial Agonist):DSS(Dopamine System Stabilizer)とも言い、ドーパミンの部分作動薬で一番使われているのはアリピプラゾールです。

定型抗精神病薬は、ドーパミンの抑え過ぎによる副作用が多かったのです。ドーパミンを抑え過ぎる副作用を、例えばセロトニンを抑える拮抗作用(互いにその効果を打ち消し合うように働く作用)で抑えているのがSDAやMARTAだったのです。
 部分作動薬DPAはそれとは違っていて、レセプターに蓋をする作用を0.5位の力で発揮して弱いドーパミンのような働きをするので、完全にブロックしないため抑え過ぎという副作用が出ないという考え方の薬で、確かに副作用が少ないのです。

【難治性に効果のあるクロザピン】
 ここで触れておきたいのは、クロザピン(クロザリル)です。治療抵抗性統合失調症と言って、定義としては、2種類以上の抗精神病薬を十分量十分期間使っても反応がない場合、もしくは副作用がすぐに出て必要な量が使えない場合に効果があると言われている唯一の薬です。
 これより良い薬はないと、出た当初は飛びついたのですが、無顆粒球症とか白血球減少症という副作用がまれに起きることがわかりました。すると感染しやすくなり、重大な感染症に罹って命を落とすこともあり得ます。

【医師は副作用で薬を選ぶ】
 
色々な薬が処方されているので、医師はどうやって薬を選んでいるのか不思議に思うこともあるでしょう。効果に関しては、クロザピン以外はほとんど差がないことが明らかになっています。では何で選んでいるか。主に副作用のプロフィールで選んでいます。

SDA(リスペリドンなど):副作用の中でも、高プロラクチン血症が生じやすいとされています。プロラクチンが上がってしまうと生理が止まったり、胸が張ったり、場合によっては乳汁が出ます。男性でも胸が張る場合があります。ですから若い女性には使いづらいです。

MARTA(オランザピンなど):ドーパミンを抑え過ぎなるタイプの副作用は出にくいので使い勝手が良いのですが、眠気が出やすく、また太りやすく糖尿病の患者には禁忌です。元々高脂血症の人や太っている人には使いづらいです。

DPA(アリピプラゾールなど):副作用が少ないので使いたい薬ですが唯一、足がムズムズするアカシジアだけは多いとされています。それに対処してできた薬がブレクスピプラゾール(レキサルティ)です。一方、副作用が少ない分、医師によっては効果が小さいという意見もあります。

【抗精神病薬の副作用】
 
主作用に対して本来狙っていない作用のことを副作用と言います。
 最も多いのは、ドーパミンを押さえ過ぎることによる副作用、錐体外路症状(EPS)です。ドーパミンが出なくなる神経病にパーキンソン病があり、EPSはいわば薬剤性のパーキンソン病で、体全体が動き難くなる症状です。
 アカシジア、ジストニア、ジスキネジアなどの不随意運動は、自分の意志と関係なく体が動いてしまいます。抗精神病薬を飲み始めて、どうも体が動かしづらいとか、手が震える、口がもぐもぐする、首がつるなど、動きがいつもと違う場合には、早めに主治医に相談して下さい。

様々な剤型】
 
抗精神病薬はいろいろありますが、どのくらいの量が強さとして同じなのかを比較する時に、クロルプロマジン(CP)換算を使います。クロルプロマジンは最初にできた抗精神病薬で、これを基準に臨床的な効果を目安として決まっています。クロルプロマジン100?に対して、リスペリドン1?、オランザピンなら2.5?、アリピプラゾールなら4?がおおよそ同じ強さとされています。
 薬の形、剤型は、昔は粉薬と錠剤、カプセル剤くらいでしたが、今はさまざまな種類があります。口腔内崩壊錠という薬は口の中に入れたらさっと溶けて水も不要です。
 徐放錠は、パリペリドン(インヴェガ)がこれで、飲むとカプセルから少しずつ溶けて、ゆっくり体の中に薬が出て行くので、1日1回の服用で良いです。
 舌下錠は、最近の薬でアセナピン(シクレスト)があり、舌の下に入れて溶かす薬です。飲んだ後しばらく水を飲んではダメで、そのまま飲み込んでしまうとほとんど薬として作用はしないとされています。腸や胃からは吸収せず、粘膜から体に入るので、他の薬で上手く行かなかった人にも効果が出る可能性があるかもしれません。
 貼付剤は最新の薬でブロナンセリン(ロナセン)です。手術後など飲食が難しい場合には、今までは点滴や注射しかなかったのですが、貼ればよいので使い勝手が良いかもしれません。高齢者で誤嚥して肺炎になりやすい人の場合にも使えます。また、目の前で貼るので、家族なども安心出来るメリットがあります。

特効性注射剤(デポ剤:LAI)は、2週間もしくは4週間に1回注射することで、毎日薬を飲むのと同じ効果が持続します。デポ剤の種類は、第一世代にはハロマンス、フルデカシンの2種類。第二世代では、リスパダールコンスタ(2週間ごと)、ゼプリオン、エビリファイがあります。
 メリットは何よりも飲み忘れがなくなることです。再発で入院してくる方には「薬を飲むのを忘れた」「飲むのを止めた」というケースが多いです。最初から「飲みたくない」と言う人もいますが、むしろ、毎日飲んでいて少し元気になってくると、遊びに行ったり旅行に行ったり仕事を始めたり色んな付き合いが増えてきて、家に帰って薬を飲まずに疲れて寝てしまうとか、旅行に薬を忘れたりする。そのうちに医師の処方量より実際に飲めている量がぐっと減ってきてだんだん具合が悪くなって「もう薬はいらない」と病識を無くして入院に至るというパターンも多いです。

【薬を変えるとき】
 
基本的には症状に応じた薬を、まず1剤を試します。初期投与量から徐々に増量し、十分量、十分期間様子をみることが必要です。
 最大量まで試しても効果が不十分な場合と、副作用が問題になった場合に変薬を考えます。薬を変えるのは良くなる可能性も秘めている反面、今安定している症状が悪くなるかもしれないというリスクもあるので、デメリットとメリットを比較検討します。

【薬を併用するとき】
 
日本の精神科で以前は多かった多剤併用は、かなり減ってきました。精神科に限らず基本的には単剤投与が好ましいのです。2つも3つも飲んでいると、効果が出た時にどの薬が効いたのか、副作用が出た時もどの薬のせいで出たのか判断が難しくなります。
 ただし、まったく同じものを2剤重ねるのはナンセンスですが、違うプロフィールを持つ薬をうまく併用することでよりよい効果が得られたり、副作用が少なくてすむ可能性もあります。例えば、オランザピンを飲んでいて、10?まで服用して、幻聴も落ち着き、会話もスムーズにできるようになり、情緒も安定した。しかし不眠だけが残っている場合、ここで15?に増やすよりも、軽い睡眠薬を併用するほうが、オランザピンの様々な副作用を避けることができて上手く行くケースがあります。

【薬の投与回数】
 一番多くて1日4回(朝・昼・夕食後・寝る前)。少ない場合は朝だけあるいは寝る前に1回となります。原則は、薬物の半減期(飲んでから血中濃度が半分になるまでの時間)によって投与回数は決められます。
 飲む回数が多いほど面倒で飲み忘れが起き易いので、原則は1日に1回あるいは2回にしたほうが望ましいのですが、急性期には複数回の投与で症状をきちんと押さえることを優先します。維持期には患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を考慮して、投与回数や服薬時間を決めます。維持期であれば、1日1回で良いことが多いのですが、不安が強い場合には調整します。

【適切な量とは?】
 効果のある最も少ない量が一番良いので、原則は必要最低量です。薬はまずは少量から始め、症状と副作用のバランスを見ながら、少しずつ増やします。ただし急性期では、まずは症状をしっかり抑えることに主眼を置き、あえて鎮静をかける薬剤をある程度の量を使用することもあります。
 維持期になると鎮静は抑え、なるべく量を少なくして、患者のQOLを優先できるようにします。薬の効果が出るまでには2~4週間ほどかかることが多く、「待つ」姿勢が大切です。また、同じ薬が同じ症状の人に同じように効くとは限りません。副作用も個人差があります。 

【処方は患者と医師で作るもの】
 
処方箋を書くのは医師ですが、飲み心地は医師には分かりません。どのくらい眠いのか、立ち眩みがあるのか、幻聴がどれくらい減ったのか、気になることは医師に教えてください。処方は患者と医師とで一緒に作っていくものです。
 外来だとどうしても5~10分の診察になり、また患者も元気な姿を見せたいと思うので、実際の家での現状が分からないことも起きます。疑問に思うことや困っていることはすぐ相談して下さい。本人や家族の意見は、処方を作る上で大切な情報源となります。
 疑問を解決したら、信じて飲み続けることも大切です。いつも言っていますが、「内緒」がお互いにもっとも辛い結果になります。勝手に減らして黙っていることは決してせず、困ったことは必ず相談するようにお願いします。
 最後に、これはいつも言っていますが、変化は1つ!です。薬を変える時、特に減らす時は生活を変えません。逆に新しいことをする時は、薬は減らしません。退院直後も薬はすぐには減らさないのが原則です。
                                           ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 おめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
 さてさて、今年の初笑いは、facebookの一コマ、カルロス・ゴーン氏の写真と共にHe has Gone!
 ニュースの真相は我々には不明だが、今年も色々と難しく、厳しい問題が起こるのではないだろうか。暖冬でスキー場が泣いてる一方で、災害からまだ復帰していない人たちが寒さに震えている。
 そんな悲喜こもごもの日本。されど我々の問題は精神科である。その問題に一つのアドバイスを与えてくれるのが大泉病院精神科医・山澤涼子先生である。今月の話題「抗精神病薬の種類と使い方」で先生は薬の服用に当たっての注意すべき点を述べている。
 短い講演時間であるが、いつも適格に、そして端的に現在の抗精神病薬について説明する。数年前までには聞かなかった言葉も出てきている。非定型抗精神病薬のタイプ・SDA、MARTA、DPA、といった分類もあったのかと、いまさらに我が知識不足を嘆く思いである。
 そして、なんといっても最後の段階で「処方は患者と医師で作るもの」項目が秀逸である。どんな病気もそうであろうが、患者の「治したい」という意思があり、医師の「治してあげよう」という指導があれば、その相乗効果は必ず成果を発揮するであろう。お父さん、お母さんの患者への対応に、患者自身で「治したい」気持ちを盛り上げるよう対応してあげればよいのではないだろうか。そう思う。