精神疾患に大事なリハビリ

新宿区後援・2月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長・精神科医 山澤涼子先生

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【統合失調症の4つの症状】
 
統合失調症に限らず全ての病気は、準備因子、つまり持って生まれた遺伝的な要素や体質と、結実因子つまり生まれた後の様々な環境や生活習慣を足して100になると発症します。脳がストレスに対して繊細で脆い人に限界を超えるストレスがかかり、脳の中でドーパミンが出過ぎると統合失調症、セロトニンが不足するとうつ病になると言われています。
 こういったメカニズムで発症しているのであれば精神疾患、たとえば統合失調症の問題はその人の限界を超えるストレスと過剰なドーパミンなので、ストレスに対しては上手に管理すること、過剰になったドーパミンは薬で調節する、この2つが主な治療になります。
 統合失調症の症状は4つに大きく分けられます。かつては「陽性症状」「陰性症状」だけが重要視されましたが、最近は「気分の症状」や「認知機能障害」も注目されています。
陽性症状:健康な時になかったものが出る症状で、幻聴、被害妄想、怒りっぽくなるなど。
陰性症状:陽性症状とは逆に、元気な時にあったものがなくなってしまうことで、感情の平板化、表情が乏しくなる、元気が出なくなるなど。
気分の症状:統合失調症にも、うつのような気分の落ち込みがある。
認知機能障害:近年特に話題になっている。私達が日常生活で色々なことを滞りなく行うために使っている機能全てを言う。記憶力、集中力、注意力、作業能力、発想力など色々な脳の機能が統合失調症では落ちることが分かっている。

【社会的転機と主観的満足度】
 なぜリハビリが大事か。今の4つの症状が、患者自身の転帰(outcome)にどのくらい影響するか。社会的転帰とは、例えば就労、友人、経済、結婚といった社会的にどのくらいの所まで行っているかという指標です。主観的満足度は、本人が自分の生活に満足できているかです。
 医師が治療や薬で良くしようとしている陽性症状は、実は社会的転帰にも主観的満足度にも直接的には影響しないことが分かっています。とはいえ幻聴が激しければ社会生活の支障になるので「だから薬はいらない」というわけではもちろんありません。ただ、社会的転帰には認知機能障害が圧倒的に大きく影響し、主観的満足度には陰性症状や気分症状、認知機能障害が影響します。

【精神科のリハビリは治療と並行】
 病気に対して行うのは治療、その病気によって起きた障害に対して行うのがリハビリテーションです。障害には以下の3つがあります。
疾患の治療後に残った障害:例えば脳梗塞後の麻痺や交通事故の後遺症で手足に障害が残ったのは、病気という火事が収まって焼け跡として障害が残った状態です。神経内科医は脳出血や脳梗塞の治療の専門家ですがリハビリは専門ではなく、理学療法士は治療は医師のように知らなくてもリハビリは専門家です。それぞれ役割があって治療が終わるとリハビリにバトンタッチというイメージです。

生来性の障害:生まれつき障害がある場合です。
 慢性の病気のため治療が必要で、病気に伴う障害がある:精神疾患による障害、主に統合失調症による障害は、これに当たり、治療とリハビリは車の両輪です。医師はリハビリを考えながら治療し、リハビリの妨げにならないような薬の調整をしていく必要があります。リハビリをする人たちも薬の副作用に気付き、治療も知っていなければなりません。
 患者側から言えば、リハビリの進み具合が病状の治療と関係します。頑張ってデイケアや就労支援施設に通って仕事もするようになって、リハビリがだいぶ進んだと思ったら、実は忙しさにかまけて薬を飲み忘れて再発してしまい、今までのリハビリが水の泡になったという悲しい経験もあるでしょう。統合失調症の治療で必要なのは、薬とストレス管理とリハビリなのです。
 そしてもう1つ、服薬に適切なリハビリテーション、例えばデイケアに行くなどのリハビリを加えると、こちらも1/3程度まで再発率が下がります。服薬+本人だけではなくて周りの人もストレス管理+適切なリハビリに繋がる、これが一番再発率を下げます。

【できることから開始する】
 今は脳梗塞や交通事故、手術後なども、リハビリはできることからなるべく早くが大原則です。うつ病の治療もかつては「しっかり休んで、治してから動きましょう」でしたが、今は「その時の体調でできることをしましょう」と言っています。無理にという意味ではなく、体調に合わせて外を歩いたり、休職中でも図書館や買い物に行ったりするほうが早く回復します。
 精神科のリハビリに大切なのは、当事者参加の原則、主体性回復の視点と言いますが、つまり本人の気持ちを大切にすることです。
 例えば脳梗塞後の麻痺のリハビリなら、理学療法士が毎日のリハビリ計画を立てて患者にやらせることである程度回復が見込めると思います。
 しかし精神科のリハビリは、本人が参加しようと思い、自主的にやる気持ちがないと進みません。医療者が押し付けたのではうまくいかないのです。個別性を重視する必要もあり、「あの人でこの方法がうまくいったから、この人も」とか、「これがベスト」といった教科書的なプログラムがあるわけではなく、個別の生活環境に合わせたリハビリが必要です。これには繰り返しになりますが病気の管理、要はきちんと服薬して、病状をコントロールしておくことが前提になります。
 そして本人の意思を確認することが、医療者も支援者である家族にも必要です。時に本人の気持ちも変化しますし、状況が変わることもあります。本人が「こうしたい」気持ちを聞くための手法としては、「積極的傾聴」「アクティブリスニング」です。

・相手をよく見ること、相手のそばで聞く

・相手の話すことに注意を向ける

・相手の話に興味を示し、うなずき、相槌を打つときは声も出す

・分からないことがあれば質問する

・自分が聞いた内容はよく覚えておく

【夢が大事な長期目標、現実的な短期目標】
 リハビリは簡単ではありません。頑張らなければいけないわけです。体のリハビリのように痛みはなくても地道な作業で、すぐに効果が出るわけでもないので、つまらなくて面倒になったりもします。そういうリハビリに前向きに取り組むためには、次の2つが大事だと考えます。
 1つは「こうなりたい」「これを頑張ったらこうなれる」という夢や目標です。麻痺の人が痛い思いでリハビリに励むのは、1人で歩きたい、旅行したい、サッカーをしたいなどの目標があるから頑張れます。
 もう1つはご褒美、目標が達成できるのもご褒美ですが、もう少し近いところに「これだけ頑張ったら何か買う」とかあると頑張れます。そういう視点を入れて目標を立てると良いでしょう。
 夢や目標は長期目標です。「10年後はこうしていたい」「5年後にはこうなりたい」という長期目標を持たないと頑張れないので、アクティブリスニングを使って本人の夢を聞いて、家族、主治医、デイケアのスタッフ、皆で共有してください。現実的な夢の方もいれば、時に統合失調症の人は「ちょっと現実的じゃないよね」という方もいますが、否定しないことが大事です。

【デイケア―リハビリの第一歩】
 退院時にデイケアを勧めると、「大人が集まって絵を書いたり歌ったり、何の意味があるのですか」と問われることがあります。
・生活リズム 仕事や家事など何かあるから朝は起きるのであって、何もないと乱れてしまう。デイケアは生活の基盤となります。
・集中力 絵を描くのも歌うのも、一定時間集中することは良いトレーニングです。隔離室から出たばかりの人は習字一枚書いたら集中力は途切れてしまいます。徐々に細かい描写の絵が描ける、本が読める、自分で文章を書くなど、その段階に合わせて集中することのレベルを上げていきます。
・コミュニケーション力 誰かと会うことは大事です。「会うためにはちゃんとしよう」と意識し、相手に気を使って話すなど認知機能をたくさん使います。プログラムには集中できなくてゴロゴロしている人も、デイケアに行って誰かと会い、言葉を交わすだけでも十分意味があります。
・家族と離れる時間 「家族円満のコツはなるべく一緒にいないこと」、夫婦でもベッタリ一緒だと些細なことで喧嘩しがちです。家族の批判的なコメントは本人に対するストレスとなりますが、一言も言わないのは無理ですので、物理的に離れる時間を取るのは、健康的な人間関係にとって大事です。
・自分を客観的に見る 得手不得手を自分でもスタッフの目でも把握し、困ったことを人に相談する機会や、スタッフとの振り返りの面接も意味があります。

【振り返りが大事】
 入院は退院というゴールが極めて明確で、治療はそれに向けて進んでいくことが多いのですが、外来でのリハビリは、何時までにという期限がない分、漫然となりがちです。外来でも、半年や3か月に1回くらい家族も共に来て、目標を一緒に考えることができると良いと思います。
 デイケアは医師の処方箋が必要な治療プログラムで、きちんと計画を立てて、定期的に振り返りを行うことが求められています。最初に夢や目標を明確にして、今できることが可能な目標に切り分け、短期目標を決めて具体的な計画を立て、一定期間経った時に振り返ります。思ったように進んでないなら計画をどう変更するかを繰り返し定期的に見直すことが必要です。

【認知機能のリハビリ】
 機能的転帰、つまり社会生活や職業的な転帰、本人の満足度、介護者の負担などでは、認知機能が強く影響します。認知機能障害が最も社会的転帰に強く影響するというのが分かってから、認知機能のリハビリテーションが重要視されています。
 認知機能障害とは、たとえば記憶力です。注意力や集中力が落ちて物覚えが悪くなる方もいます。同じ話を繰り返す、集中力が15分しか保てない、本が読めない、目標に向かって現実的な計画を立てる事が苦手になる人も多いです。目標だけ思いついてやり出すのだけどうまく行かないと諦めてしまう、本来の作業スピードが遅くなっている、「プランAでダメならプランBを考えよう」という柔軟な対応、臨機応変がうまくいかなくなる人も多いです。
 認知機能障害に対するリハビリテーションには2つ方法があるとされています。
1つは、例えば注意力が落ちているのなら注意力を上げるトレーニングをする、臨機応変な対応が難しいなら、そういう対応の練習をするといった認識機能そのものを良くしようという方法です。NEAR(ニア:Neuropsychological educational approach to cognitive remediation:認知矯正療法)は、認知機能そのものを良くすることを目的としたコンピューター・プログラムで、一定の効果があるとされています。
もう1つは苦手なことを、ツールを使って環境を変えることで補う方法です。注意力や記憶力でいえば、薬を飲み忘れてしまうなら置く場所を目立たせる、アラームを掛けるなどいろんな方法があります。生活を工夫することで苦手なことは補えますし、工夫を考えるのもリハビリになります。

【地域資源を利用する】
 最近はリハビリを支援するための色んなサービス、地域資源があります。
病院、クリニック:デイケアや作業療法(OT)を外来で提供しているところもあります。相談室にはPSW (精神保健福祉士)やソーシャル・ワーカーがいて、地域資源に詳しいです。
保健所、保健センター:地域資源の窓口は保健師で、地区ごとに必ず担当の保健師がいます。保健師とはぜひ知り合っておくと良いでしょう。困った時の相談相手になってくれますし、家を訪問できるので、例えば病院に行けないくらい調子が悪い時に自宅で相談に乗ってもらうこともできます。保健センターにもよくデイケアがあります。
訪問看護:現段階では家から出るのも大変という状態であれば、訪問看護を使うのが良いでしょう。他人に会うことは大事ですし、看護師が来る時間には着替え、顔を洗って、前日には入浴もと生活を整えることにもなります。家族との距離をとる意味でも訪問看護師が来ている間、家族が出かけるのでも良いでしょうし、そのうち看護師と外出もできるでしょう。医療側からいえば、家という現場に行って初めて見えてくる課題もあります。例えば薬の置き場所は別の場所が良いのではといった提案ができるなど、医療側にも訪問看護は非常に利用価値があります。
地域活動支援センター(地活):デイケアは治療の場なので9時から3時まで午前・午後のプログラムに出るという枠が決まっていますが、それもしんどいという段階の人には、地活は何時行って帰っても構わないオープンスペースです。日曜日に開いているところも多く、日曜日は家族が一日中一緒で息が詰まると地活を利用する人もいます。地活には相談員が必ずいますし、場合によっては電話相談を受けたりもしますので、登録して地活のスタッフと知り合いになっておくのも良いと思います。登録したら毎日行かなければならないわけではありません。地活によっては、就労支援のプログラムや、月1回の夕食会があるとか色々しています。割と気楽に使えるので、近くの地活を調べてみると良いと思います。
就労移行支援事業所、就労継続支援事業所のA型・B型:就労支援には、この3つのタイプがあります。就労移行支援事業所は仕事を目指す準備を2年間内でするところです。就労継続支援事業所は働く場所で、A型は雇用契約を結んで最低賃金が保障され、きちんと稼げる代わりに決められた日に行けるだけの体調が整っていることが必要です。
B型は、逆に体調に合わせて週1回からでも、調子が悪ければ休むのもありと緩い感じですが、その代わり給料ではなく工賃が出る形で、稼ぐより体調を重視した方が良い人がステップとして使うと良いと思います。
図書館や体育館:「体を動かしたら」というと「ジムは1万円もするし」とか言われますが、区立の体育館はジムがついていて安く使えるところが多いです。図書館も利用できるでしょう。
ボランティア活動:老人ホームでのボランティアを週1回やっている人もいます。「ありがとう」と感謝されると、また頑張ろうという気持ちにもなります。雇用とは違うので、社会生活の入り口としては良いかと思います。
                         *

リハビリは、デイケアなど様々なサービスを利用できると良いでしょう。しかし、その他にもどんな些細な事もリハビリになります。その時の体調に合わせて、家庭でもやれることはたくさんあります。
最後に、今日のメッセージは「大きな夢と小さな一歩」です。
                                       ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 前号で新型コロナウイルスの感染者が世界で三万人以上になると驚いていたが、なんとこの四月には百九十万人に及ぶという(4/14)。米国、スペイン、イタリーなどが特に多い国であるが、ロックダウンした街の人はどんな生活なのだろうと想像するのも怖い。

 当新宿フレンズでも2月、3月の夜の会、3月、4月、5月の昼の会を休会にした。それというのは会員の中には電車を使ってくる人もいる。高齢者も多い。精神障害といえど、病弱な人もいるのだ。諸々の理由から休会にしたが、5月は会場が使用停止になってしまった。今後新型コロナウイルスはどうなっていくのだろうか。ヨーロッパの国々から医療者の苦痛の声が聞こえてくるが、明日の日本は大丈夫か。

 今月の山澤先生の「精神疾患に大事なリハビリ」では、精神医療とは何かを教えられたような気がする。それは、つまり精神医療にリハビリ無くして回復無しとでも言えるようなことである。薬による治療は陽性症状のみと言えると言い、陰性症状やに認知機能障害にはリハビリ無くして回復しないということである。

 そして、そのリハビリへの参加について、本人が自主的に参加し、やる気がないとその効果は出ない。医療者や家族が押し付けたのではうまくいかないという。

 では、やる気を出してもらうにどうすればよいか。先生は「積極的傾聴」「アクティブリスニング」であると述べる。我々はどうであろうか。我が子の声をすんなり聴きとっているだろうか。精神医療が難しいのはこの事ではないだろうか。親の立場で我が子の人生なり生活を考えてしまい、押しつけや期待の掛けすぎはしてないだろうか。うーん、考えてしまう。