精神疾患の発症と医療

新宿区後援・11月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長・精神科医 山澤涼子先生

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  コロナ禍のため久しぶりの会なので、前半は基本に戻ってお話します。どんな病気も、先天的な持って生まれた体質のような準備因子に、結実因子つまり後天的な生活習慣などが足し合わさって発症します。

 病院を受診すると「ご家族に糖尿病の方は?」と、糖尿病になりやすい準備因子を持っているか確認されます。しかし生活習慣に気をつければ発症しないし、逆に家族歴がなくても不健康な食生活で運動もしないと発症することもある。つまり足し算です。
 ストレスを溜めやすい性格で、ストレスに対して胃が繊細であれば過度なストレスがかかると、胃酸が出過ぎて胃が痛くなります。脳がストレスに対して繊細な性質を持っていると脳内物質のアドレナリンが減ってしまうタイプの人はうつ病を発症し、ドーパミンが出過ぎる反応だと統合失調症になる。つまり胃潰瘍もうつ病も統合失調症も、身体がどう反応するかによって発症する病気が違うだけです。

【発症に影響するストレス】
 ストレスの定義は、「外部からの刺激を受けた時に生じる緊張状態」です。ストレスは「変化」つまり何かしらの変化が生じたときはそれがすべてストレス因になります。例えば環境的要因として季節が冬に向かって寒くなってくると、体を寒さに合わせて行かなければならない、これもストレスになります。
  精神疾患の発症にストレスが関わっていることを説明すると、反応は「そういえば、最近…」という方と、「何もありません」という方のどちらかです。「悩みも特にないし」とおっしゃるのですが、「日々寒くなって」とか「隣の人が引越しました」とか、本当に些細なこともありとあらゆる変化が、すべてストレスの原因になり得ます。
 ストレスと言うと、「上司に叱られた」「仕事で行き詰まった」「試験で悪い点を取った」「恋人に振られた」とか悪いことを思い浮かべがちです。しかし嬉しい昇進、進学、結婚、患者さんでは退院などの変化もストレスになる、つまりストレスのない人はいません。
 例えば今までは昼間はそれぞれの趣味で出かけ、子供が孫を連れて遊びに来たり、たまに外食や旅行も楽しむ生活で円満に暮らしていたご夫婦が、コロナ騒ぎで趣味の場所にも行けなくなり、不安だから家にいて1日中テレビでワイドショーを見ている。友人にも子供や孫にも会えない。すると今までは気にならなかった相手の振る舞いや癖がいちいち気になる。イライラしたり不眠になったりという受診が増え、「コロナ禍でなければ何も無かっただろうな」という人に結構お会いしました。夫婦円満であった適切な生活スタイルが、コロナの影響で大きく変化してしまったわけです。

【ストレスサインに気付く】
 
発症を防ぐためにストレスをどうすればいいか。1つは「ストレスが溜まっていると気づく」こと。「私はこうなったらストレスが溜まっている」というストレスサインを自分も周りも知っていると良いでしょう。ストレスサインは、3か所に出ます。

1)身体:頭痛、肩こり、めまい、疲れやすい、下痢・便秘、体の痛み、血圧が上がる。

2)感情:イライラする、不安感、気分が落ち込む、「この仕事がうまくいかないのは、私が駄目だから」とか実際以上に自信がなくなる。

3)行動の変化:間食や食事量が増える、もしくは減る、タバコが増える、妙にじっとしていられない、落ち着かなくウロウロする。

身体や感情のストレスサインは本人でないと気づき難いものですが、行動の変化は周りも分かるストレスサインです。「2時間ドラマが見られなくなったな」「間食ばかりしている」とか、喫煙者はストレス解消で吸っている人がも多いので「タバコが増えたな」とご家族も気づけます。

【ストレスを減らす方法】
 
ストレスサインに気付いたら、ストレスを減らす方法は2つあります。

1)ストレッサー(ストレスの原因)を減らす

2)溜まってるストレスを減らす。ストレス発散

 仕事が自分の能力を超えたのがストレスなら、上司に相談して仕事の負担を減らしてもらう、デイケアを週5日に増やしてストレスサインが出たのなら4日に戻すとか、ストレスの原因を解決することが一番良いのです。しかし解決できるストレッサーばかりではないので、溜まったストレスを発散する方法が必要になります。
 ストレス発散には、何かを出すのが良いと言われてます。声を出すカラオケ、走ったり運動で汗を出す、何も考えず無心に一定のリズムで体を動かすと良いとされています。また、風呂に入るのもリラックスして汗を出せます。辛くてワーッと泣くのも涙を出してスッキリします。
 出すものの中で一番良いのは、実は言葉です。どう辛くてストレスになっているかを口に出すことは、心の中のモヤモヤを言葉として外に一旦置くことになり、有効です。友達に電話して愚痴を言ったり、家族会で家の状況を話す、そこで解決法が出なかったとしても「そうだったんだね」と受け止めてもらうだけで、随分ストレスが解消します。言葉にして出すのは一番効率の良いストレス発散法です。

【上手く行かない時は早期受診を】
 ストレス解消法を試してもうまくいかない、調子が悪いなという時は、とにかく受診です。精神科に限らず何でも早めの対応が大事です。再発であっても同じです。もちろん個々のケースですが、一般的には初発でも再発でも、早期発見・早期治療が効果は得やすいです。
 具合が悪くなってから治療を受けるまでの期間が長ければ、それだけ本人は辛い思いをし、その間にも周りも疲れてしまう。不適切な対処法による弊害も起き、市販の薬物の依存になったり、酒に頼ったり、自傷行為など問題をこじらせることもあります。
 なぜ早く介入できないのか、初発の場合、統合失調症という病気を知らなければ気づきません。人の目に敏感になったり、幻聴が聞こえてきたりしても病気なのだと知らなければ病院に行こうとしないし、「病院に行けば良くなる」「早く行った方が早く治る」ことを知らないと、これまた病院へという話になりません。そしていざ助けを求めようと思っても、どこに行けば良いのか分からない。
 精神科に対する偏見やスティグマがあり、「精神科は少し怖そう」「精神の病気は特殊で治らない」との思い込みも、受診を妨げています。偏見を払拭するのも医療者の仕事ですが、家族や当事者も社会や学校教育に声を届けることが大事です。

【日本の医療制度】 
 日本の医療制度は、実は世界でも特殊です。皆保険で誰もが低料金で病院にかかれて、どこの病院に行くのも自由、名医がいると思えば沖縄や北海道の人が東京で受診するのも自由です。これはメリットでもデメリットでもあって、有名医師には患者が殺到して予約が取りにくく長時間待たされることも起きます。
 また精神科病床の90%以上が民間病院なのも、本当に珍しい国なのです。精神病床や在院日数が減らない理由のひとつでもあります。またリハビリなどのサービスが病院を中心にして提供されることが多いのも日本の特徴といえます。

【英国の医療制度】
 比較としてイギリスの医療制度を紹介します。「ゆりかごから墓場まで」と言われるNHS(National Health Service) がサービスを提供していて、本人負担はなく税金で賄われます。地域ごとにサービスがあり予算が割当てられ、精神科の中にもリハビリチーム、早期介入チーム、児童思春期チーム等々あって、どういうサービスを提供するかは地域ごとに違っています。
 誰もが住んでいる地域のGP(総合診療医)という開業医に登録し、どんな病気でもその医師を通さないと病院にも行けません。GPは完全予約制で朝起きたら熱があってGP に電話しても、その日の予約が取れることはまずありません。GPが診て検査が必要だと紹介状を書いてくれて、初めて大きな病院に行けます。GPが「様子を見なさい」と言えば、そこで終わりです。自費診療の医療機関は自由に受診できますが庶民には支払えない額です。
 精神科の地域サービスは充実しており、看護師、OT(作業療法士)、PSW(精神保健福祉士)などの職種でチームを組んで患者訪問の対応をしています。緊急時には医師とチーム、親や本人も一緒に十分な時間をかけて診察します。英国は精神科医は日本より少し多いくらいですが、日本のように頻回に医師は診察しません。その代わりソーシャルワーカーや精神科看護師の数は日本の倍ぐらいで、チームで綿密にフォローしています。
 コメディカルと言われる他職種の人達も多くて権限も日本より強く、チャリティーやボランティアの力も借りて、英国の精神科医療はとても充実しています。

【診察時間を有効に】
 日本の医療制度では主治医に会いたいと思えば、予約外でも待つことを覚悟すれば診察を受けられます。大きい病院なら時間外も受診できますし、主治医に会えなくてもカルテを見られる他の医師に診てもらえます。日本の最大のメリットですが、その裏返しとして、1人当たりの診察時間が外来では5~10分で短いというデメリットがあります。
 短い診察時間を有効に使う工夫として、例えば聞きたいことや、家での様子を家族が書いたメモを診察券と一緒に出しておいて、事前に読んでもらっておく。ほかには診察時間の最後は比較的ゆっくり時間を取りやすいので、事前に電話で予約の時間を最後にしてもらう。これはお願いですが、元気で調子よく特に変わったこともない時は、大変な人に時間を譲り、自分がしんどい時は、しっかり時間を使ってもらうとか、お互い心掛けられると有難いです。
 薬は医師が勝手に処方して与えられるものと思っているかもしれませんが、飲み心地や効果や副作用を感じるのは本人なので、本人や家族からの話がないと良い処方は作れません。「朝はよく飲み忘れる」「お昼の薬がなくなってから調子が悪い」「眠気が強いのは薬のせいですか」など気になる事は遠慮なく話して、患者と医師で良い処方を作成したいものです。
 外来では体の管理も大事で、定期的な採血や心電図の検査をしています。主治医とは良好な関係を保って体のこと、生活のこと、全部言った方が良いのですけれども、言い足りなかったり言い忘れたら話せる人が沢山いると良いです。病院の中には、看護師、訪問看護師、相談室の社会福祉士やPSW、薬剤師、地域にも保健所や地域活動支援センターなど、休日でも当事者会の仲間や家族会の知り合いなど、困ったことはすぐ相談できると良いと思います。 

入院の意義】
 精神科でも「外来で診られるものは外来で」が大原則です。入院は日常生活から完全に切り離され、費用もかかり、色んな意味でストレスが多い。しかし入院した方が良い時は間違いなくあります。
 外来では24時間診ているわけではないので、どうしても病状が把握し難い時もあります。長年お付き合いしている患者さんは5分の診察でも分かる事は多いのですけれど、初めての方や家でどの程度なのか分かりにくい場合は、入院していただいて24時間の状態を見ることは有意義です。
 いい意味で積極的な治療も出来ます。薬の処方も外来では1週間は診られない前提の調整をします。しかし入院していれば看護師も24時間いますし、医師も毎日診られるので、思い切った変更ができます。病状が安定していなかったり、副作用が出て急いで変薬する必要がある時には、思い切って入院した方が安全に早く治療が進められることもあります。
 入院の大切な目的のひとつは安全確保です。危険な行為や自殺をしたい気持ちが強い時は入院してもらいます。また、例えばうつの患者で「仕事を休んでください」「家事の手を抜いて」と言っても目の前にあるとやってしまう、周りの人に申し訳ないとできない人がいます。でも病院に入り、ネットが繋がらない、携帯電話も家族預けとなると何もできない。良い意味でその場から離れることは諦めがつき、メリットとなることも多いのです。規則正しい生活習慣をつける、色々な社会資源の導入などもできます。
 入院時に、「本人が嫌がっている」とか「本人が同意していないのに」と動揺する家族もいますが、本人がどこまで冷静に判断できるのかを見極めてください。病気のせいで正しく判断できない時は、一時的に家族が代行する必要があるのが医療保護入院です。
 医療保護入院から2週間ぐらい経って落ち着いた頃に面会に行くと、ボーッとしていたり、眠そうだったり、動きが緩慢なことに気づくかもしれません。これは症状を落ち着けないと危険だったり本人が辛かったりする状況を、とにかく早く良くしようとした結果で、落ち着いたら薬を調整していきます。心配なら聞いて頂いて良いのですが、薬の使い方が逆になる事を知っておくと「病院に入れたら、薬を盛られて廃人みたいにされた」などと心配することなく、安心して見守れるかと思います。

【良い治療には信頼関係が大切】
 再発でも初発でも、とにかく早く治療に結びつけることが大事で、放置して良くなることは基本的にはありません。医師が「もうちょっと様子を見ましょう」と言う場合もありますが、何か気になったら早めに教えて下さい。
 本人に対して「嘘はつかない」ことが大事です。入院させるために「とりあえず今晩だけ」「3日間くらい」とか家族は言いたくなります。しかし3日経ったところで「お母さん、嘘ついた」「あの時ごまかして入院させた」と後が大変になることが多いのです。「入院が嫌なのも、辛いのも分かるけれど、今はあなたにとって治療が必要なの。必ず良くなると信じているから頑張ろう」という風に言っていただけたらと思います。
 病気は家族も不安でしょう。「眠そうでだるそうで、いつ元気になるのか」「この薬はどういうふうに効くのか」「副作用はあるのか」そういう不安や分からないことは主治医に遠慮なく聞いてください。そして聞いて納得したら、とりあえず信じてほしいのです。
 家族が「これで大丈夫なのかな」と不安に思っていると、それは本人に伝わります。本人はそもそも自分が納得しないで入院させられたり服薬しているのに、それに対して家族が不安そうにしていると、本人はますます心配になります。主治医と同じスタンスで患者に接していただけると、患者の安心につながります。家族が「本当はこう思うけど、先生が言うから仕様がないよ」みたいな意見のズレがあると、誰にとってもいい結果になりません。
 そして、入院に際して非常に大事なのは、その間に「家族がしっかり体調を整える」ことです。自分の家族が入院していると、家族も我慢しがちです。急性期はとても休む気にならないかもしれませんが、ちょっと落ち着いて来たら家族はリフレッシュしてください。
 本人が退院する時に、家族が余裕を持って受け入れることが大事なので、入院中、毎日のように面会に来て退院する時には家族も疲れ果てているよりは、病院にある程度預けて構わないので、家族は思いきり休んでリフレッシュしてもらいたいのです。
 処方は患者と医師が一緒に作るものと言いましたが、治療もどういうリハビリをするか、どこの事業所のどんなサービスを利用するかなど、本人と家族、医師、他のリハビリのスタッフも含めてチームで考えていくと良いでしょう。家族も治療チームの一員として、一緒に良い治療の形を作っていきたいと思います。
                                              ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 中国の武漢市場から始まった新型コロナウイルス。日本で最初にコロナのニュースが伝えられたのが今年1月16日であった。やがて1年になる。感染者は172342人(12月10日)になる。まさかこんなことになるだろうと誰が想像できたであろうか。今、医療機関と経済重視派とが対立している。日本の将来を真剣に考えているのはどちらであろうか。

 さて、今月の講師は山澤先生である。「精神疾患の発症と医療」というタイトルであったが、内容は精神病院との対応の仕方というべきものと解釈した。

 その極意とはお金など関係のない、只で出来る手法である。先生は「言葉である」と断言する。心の中のモヤモヤを言葉として外に一旦置くことによって解決すると言う。

 確かにそうだ。息子が息詰まっていた。幻聴が出て、様々な憶測をするようになっていた。そんな時、息子と話をした。日頃思ってること、やってみたいこと、その他、いろいろ話をした。最後に息子がつぶやいた。「あー、すっきりした」と。

 この言葉は薬では出ないのではないか。よしんばできたとしても、そこにはお金がかかり、薬の苦い味わいをしなければならない。私たちは薬に期待し過ぎていないだろうかと思う。。

 最後に先生の言葉は「信頼関係が大切」と言っている。何事にも患者、家族、医療者3者の信頼関係がなければ成立しない精神科医療である。家族である私は息子を信じ、医師に治療を任せ、2人がのびのびとやって行ってくれることを期待している。その家族である親はいかなる言葉を使えばいいのか。そこが親の力の発揮すべきポイントであろう。