急性期の妄想・幻覚、そして病識

新宿区後援・12月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長・精神科医 山澤涼子先生

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 言葉の整理をします。「幻覚」は、対象なき知覚、つまり実際に無いものを知覚するという意味で、五感全てで、幻聴(聴覚)、幻視(視覚)、幻嗅(嗅覚)、幻味(味覚)を言います。妄想は、誤った確信、つまり訂正できません。

【妄想とは】
 幻覚・妄想はいろんな原因で起こり得ます。?器質的とは脳に見た目の異常があることで、 例えば認知症の脳委縮、脳腫瘍、脳梗塞、脳の怪我、てんかん、せん妄などがあります。?精神疾患によるものは脳の神経伝達物質の異常で、統合失調症、うつ病、躁状態などがあります。?過度のストレスによるものは、戦争、災害など過大なストレスがあって現実を受け止められない時に、妄想の世界に逃げ込むことで自分を守ることがあり、ある種の安全装置であるという考え方です。?薬剤性とは不正薬物、アルコール、ステロイドなどの原因があり、アルコールでは嫉妬妄想が多く、ステロイドは、リウマチなどの治療で長期間に量を多く使用した場合です。

 うつ病に多い妄想は、どれも「自分はダメだ」と思い込むつらい妄想です。
 貧困妄想は、お金がないと思い込みます。入院を勧めると「入院費がありません、無理です」と言い、家族が「そんなことはない」と否定することもあります。
 罪業妄想は、自分は罪を犯している、皆に迷惑をかけていると思い込み、注意されただけで「自分は大変なミスを犯して会社に迷惑をかけた。訴えられる」などと思います。
 心気妄想は、自分は重い病気にかかっていると思い込むもので、ガンノイローゼなど「重病に違いない」と思い込み、「CTで確認して何も無い」と告げても「慰めようとして嘘を」となります。
 躁状態に多い妄想は、「自分は偉い」「皆とは違う」と思い込むものです。誇大妄想は、実際にはない地位や財産、能力が自分にあると思い込むもので、「特許の取れる発明を100も200もしている」と言い張ったりします。
 血統妄想は、自分は高貴な血筋であると思い込むもので、「私は天皇の血筋」とか、今風には「タレントの恋人」と思い込んだりします。
 統合失調症に多い妄想は、「何か悪意を持って嫌がらせをされている」と思い込む被害妄想です。
 関係妄想は「私が部屋に入ったら出て行った。嫌いの合図だ」など周囲の出来事を自分に関連づけて考えてしまいます。注察妄想は、「街で皆が私を見る」など誰かに見張られていると思い込み、追跡妄想は「あとを付けられている」等々です。
 妄想は訂正不能であることが大前提で、非合理性を指摘されて「そうかなぁ」と理解したり確信が揺らぐ程度のものは、念慮と言います。
 幻聴を、例えば「批判する声が聞こえるのは、見られているからだ」と理由を探し、説明する形で妄想への体系化が行われることも多いのです。
 理詰めで否定し訂正しても「グルなんじゃないか」「言っても信じてもらえない」と、かえって攻撃的になったり、信用しなくなることもあります。事実だとしたらどう感じるか、を想像して、ただし肯定は妄想を深めるので、「私はそうは思えないけれど、もしそうなら、あなたはつらいよね」と、否定も肯定もせずに、つらさに共感を示すと良いでしょう。
 治療は、ドパミンを抑える抗精神病薬が有効です。

【幻覚・幻視とは】
 幻覚の原因は、
?器質的な問題では脳炎、脳腫瘍、てんかん、認知症など。
?身体的な問題で、全身性の疾患、高熱を出すなど病気がひどく悪化した時なども幻覚が起きます。
?精神疾患によるものは、おもに統合失調症です。
?過度のストレスが掛かった時、極限のストレス状態、例えば不眠で2~3日全く寝なくても起きますし、遭難など孤独な時も起きます。新田次郎の山岳小説でも、雪山で遭難して幻視が起きる様子が描かれています。
?薬剤性は不正薬剤、アルコール、ステロイドなど。?本来の感覚が遮断されると生じることがあります。難聴例えば片耳が聞こえなくなって幻聴が起きたり、白内障などによる視力低下で幻視が、四肢の切断で足を失くしてその足が痛む幻肢痛など、本来あるものが無くなったことで起きることがあります。

 幻視は、意識障害に伴うことが多く、中毒性疾患、神経変性疾患などで、精神疾患に伴うものは稀です。レビー小体型認知症は幻視から始まることが多いです。アルコール離脱では小動物幻視と言って、禁断症状で虫や小動物が見えるのが有名で体から払う動作が起きたりします。視力低下に伴うものはシャルル・ボネ症候群と言います。

【幻聴とは】
 幻聴は、精神疾患(主に統合失調症)に伴うものが多いのです。難聴に伴う幻聴で良く起きるのは音楽幻聴(耳鳴り)で、「耳が聞こえ難くなったら、音楽がずっと鳴っている」などと聞きます。統合失調症の幻聴は、悪口や噂で「○○は悪いやつだ」「またなんかやらかしたぞ」「また試験に落ちるな」等や、「また食べてる」など行動を批判するものが多いのです。「自分をナイフで傷つけろ」など命令されて、事故につながる場合もあります。対話性の幻聴とは、幻聴に返事をして独語になったり、幻聴に理由をつけて妄想に発展することも多いのです。
 幻聴には、ドパミン神経の過活動を押さえる抗精神病薬が有効です。周囲の対応は肯定も否定もせず、「私には聞こえないよ。でも、そんなことを言われたら、嫌な気持ちになるよね」と、生じた気持ち、つらさに共感を示してください。幻聴を幻聴として認識することは大事なので、心理教育が必要で、「見えない人が言ったことよりも、目の前の人が言うことを信用してね」と話してみてください。一般的には一生懸命聞いたりしない方が良く、聞き流して相手にしない方が軽減していきます。
 『正体不明の声』(アルタ出版)は、幻聴に対する認知行動的アプローチのハンドブックで、簡潔にまとめられていてお勧めです。

【急性期の治療と対処】
 急性期は活発な幻覚妄想が起きて、それに伴う恐怖感、不安感、そして易怒性、被刺激性の亢進があり、それなのに病識の欠如があります。何より大事なのは早めの対応で、本来はどんな病気でも前触れの時期があり、精神面では眠れない、疲れやすい等の前駆期は医療の手を借りなくても早く寝るとかで治せる時期です。
 しかし急性期になると幻聴や妄想が活発で、不安、恐怖、緊張でストレスフル、高ぶってワーッとなってしまいます。こうなると放っておいて良くなることは無いので、早期治療が大事で必要なことです。
 普通は本人が病気を認識して、医師が治療の説明をして本人が承諾をして治療しますが、急性期の妄想は訂正不能、説明しても理解できないため治療が進まない。怒りっぽく食事が出来なくなって身の安全確保が出来ず、身体的な衰弱や事故を防ぐことが最優先になるため、本人の承諾なしに治療を進めざるを得なくなります。つまり本人の納得よりも、事故を防ぐ、安全の確保、が最優先となります。

【統合失調症には病識が無い?】
 
統合失調症は病識がないと言われます。病識には、精神疾患に罹患している病気だという自覚、服薬や治療が必要であるという認識、精神症状に対する認識があるなどいろんな段階がありますが、急性期には、病識を持つのはかなり難しいのです。
 一方、「眠りにくい」「何か違う」「これが出来なくなった」といった「いつもとちょっと違う」という病感が全くない人はむしろ少ないのです。本人の困っていることに着目して、問題意識に焦点を当て、それを突破口にして「病院に行ってみよう」と、早く治療につなげて事故を防ぐことが必要です。
 治療して幻聴が減っても、初めは「病院には電波が届きにくいんだな」と理屈を付けたりしますが、良く変化した体験を治療の効果と結び付け、本人なりの病識の確保につなげていくようにします。
 服薬は長年続ける必要があることは間違いないため、薬の量が増える再発は防ぎたい。しかし服薬継続は簡単ではなく、本人の納得感が必要なので、適切な治療を継続するためには心理教育が大切です。教育は正しい知識の伝達ですが、心理教育は双方向性で、その人の気持ちや状態、受け入れ難さを把握して、本人の理解できる正しい情報を適切な形で反応を見ながら進めます。心理教育は、集団教育も効果が大きいです。つまり患者同士、ピアの意見は心に響くのですね。医師が勧めても頷かなかった服薬を、ピアの「薬を飲むと入院しないで済む」の発言で決心するなど力は大きいと思います。家族や医師は「飲んでいた方が上手く行く」「飲んでない時は入院になったよね」と過去を振り返り、服薬治療のメリット、治療しないことのデメリットを丁寧に話していくと良いでしょう。

 幻聴や妄想がどうしても残っていて病識もないが、服薬はするなどを二重見当識といい、「有名人の妻だけれど、彼が迎えに来るまでは障害年金は貰っておく」など、病的体験と現実社会の折り合いをつけて上手くやれていたりもします。

【健康な部分をのばすリハビリ】
 きちんと服薬していても病的体験が残存することはあり、薬の効果と副作用、メリットデメリットを検討する必要があります。幻聴など病的な部分を全て消そうとして薬を増やすと、副作用で生活が上手く行かなくなることも起きます。治療は、1つは悪い部分を無くす、もう1つは「健康的な部分を伸ばす」方法があり、薬だけで治そうとしないで、本人がやりたいこと、好きなことを妨げないことが有効です。例えば就労して疲れで「仕事ができないと思われている」などの幻聴や妄想が増えた人が、時給が上がった途端に、認められていると自信を得て幻聴がぐっと減った。このようにやりがいを得て健康的な部分が伸び、被害妄想などの病的体験が軽減することはよくあるのです。
 病的体験への対処法には、認知行動療法、心理教育などの精神科リハビリテーションが有用です。認知行動療法は、例えばテストで60点だった時、「赤点乗り越えて単位が取れてラッキー」か「100点まであと40点も取れなかった」と落ち込むかという捉え方と言えば分かりやすいでしょう。しかし、長年生きてきた結果の認知は、なかなか変え難いのです。
 行動によるコントロールの方が簡単で、座り込んで悩み続けるのでなく、気分転換法といって体の動きや姿勢を変化させてみます。例えば立って窓を開け、外を歩いてくると少し気持ちが上向く。幻聴も対象のない知覚なので、対象のある知覚、イヤホンで音楽を聴くなど効果があります。また、対人接触を利用する方法もあり、人と話す、電話する等の行動で、好ましくない思考を押さえ込み、注意をそらして、幻聴や妄想に振り回されなくなることも多いのです。
 また、主治医に相談する、頓服を飲む、処方を変えてもらうなど、医療資源を利用する対処法も大切です。
 表を付けて見るのも一方法で、日時、どういう困ったことが起きたか、どのくらい困ったかを10段階でつけます。そしてどう対処したか、効果はどうだったかも1~10で書き込むと、夕方疲れているときに多いとか起きやすい時の傾向が分かり、幻聴の時に音楽を聴くなど有効な対処法が分かって来ます。
 『リカバリーのためのワークブック―回復を目指す精神科サポートガイド』(水野雅文他・中央法規出版)は、読むというより、必要な表などをコピーして書き込んで使う本です。こういうものも利用すると、いろんなやり方が分かり、いろいろ組み合わせて治療していくと良いと思います。
                                              ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

コロナ禍対応と会費の件

 新宿フレンズはコロナ禍対応として昨年2020年3月から8月の活動を全面的に休止しその6か月分は会員期限の延長といたしました。

 コロナ禍沈静化の兆しをみて2020年9月から正常再開し今日に至ります。しかしご存じのようにコロナ禍の影響は大きく新宿フレンズの参加者は激減、運営の人手不足もある中、何とか活動を続けている状況です。今後もこの不透明な状況は継続すると思われます。そこで本年2021年3月より下記の要領で会の活動内容といたします。

★昼の家族会は顧問医である山澤先生にご苦労をいただいて、当面山澤先生のみの講演とし、1か月おきの開催とします。その間の月はお休みとします。会報もそれに準じて隔月発行となります。 夜の家族会はコロナ禍が明けるまで全面中止とします。

★活動の半減に準じて会費についても従来の会費に対し2倍の期限といたします。例えば活動縮小期間となる本年3月からの新規普通会員は通常3000円で半年のところ3000円で1年とします。ただし新宿フレンズの活動が正常に戻った時にはその月から会費も正常に戻り会員の期限は短縮されます。

★お願い:新宿フレンズの財政も逼迫しております。これは任意でのお願いですが、昨年9月から今年2月までの期間に既に期限切れの会員の方につきまして、退会を申し出たかたは会費納入は当然不要ですが、退会申し出をなされなかった方は遡ってお支払い願えればと思います。会の存続に関わる状況が伺えますため、よろしくお願い申し上げます。

★尚、活動休止6か月補償後の各会員の期限を会員番号から検索できるようにHPに掲載していますのでご覧ください。パソコンだけでなく、スマホでも見られます。