双極性障害(躁うつ病)の症状と治療

新宿区後援・2月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長 山澤涼子先生

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【双極性障害とは】

 単極性とはうつ状態だけを呈するうつ病で、双極性は「躁状態とうつ状態を繰り返す脳の病気」です。以前は双極性障害もうつ病も気分障害に括られていましたが、うつ病よりは統合失調症に近い病気ではないかと言われています。どちらも脳の中の神経伝達物質のある種のアンバランスで生じる病気です。

 問題はうつ病で発症するケースが多く、うつ病と診断されたケースの約16%が結果的に双極性障害だと言われています。およそ100人に1人がかかる病気で、男女差はありません。20~30代の発症が多く、高齢者の発症は稀です。ですから若い年代の方がうつ病を発症した場合は、双極性障害を念頭に置いて経過を注意深く診て行く必要があります。しかし70代で突然躁から始まったという稀なケースもあります。

 双極性障害には?型と?型があり、?型は周りの人が困るくらいに躁の波が大きく、医療につながりやすいのですが、?型は軽躁で「少し調子が高いな」「元気が良いな」くらいで見過ごされることも多いのです。

【診断は難しい】

 診断が難しいのは、うつ状態で発症するケースが多いのに、うつ状態の症状はうつ病と変わらないことです。落ち込んで眠れず、食欲も無くなり、楽しい気分が無い。しかもうつ病相の期間が長い。つまりうつ状態においては見分けがつきません。寛解期が半分くらいはあり、躁の時もあまり病院に来ません。
 診断が大切なのは、治療法つまり薬が違うからです。

【双極性障害はどう起こるか?】
 いつもお話しているように、どんな病気でも準備因子つまり遺伝的要因に、結実因子つまり食事やお酒、ストレスなどの環境要因が足されて、100%になった時に発症します。遺伝子による病は準備因子が100%であり、がん家系などは準備因子が高いということになります。
 精神疾患は、ストレスがかかると脳に何らかの影響が出やすいという素因を持っているというだけの違いで、アドレナリンが出にくくなればうつ病、ドーパミンが多く出過ぎれば統合失調症と言われていて、双極性障害も同様です。

【躁状態の症状】
 躁状態になると基本的にはとても元気。何でもできる気がして、アイディアが次々浮かんで来ます。結果として自分が偉いんだという気になります。軽度の躁の場合、そのアイディアを生かしてエネルギーがあって仕事が進んで成功する人もいますが、一般的には気が散りやすくなってあちこちに話が飛んで集中できず、何か思いついても、それがきちんと最後まで出来ないことがほとんどです。
 眠らなくても元気に動き回れるのですが、それは体が正常な働きをしていないことになり睡眠不足に要注意です。怒りっぽくなり、悪気があるわけではないのですが、人のちょっとした不手際や理不尽な事が目について、どうにも許せなくなってそこをワーッと突いたりします。例えば病院のルールなどは幾らか理屈に合わないこともありますが、そこを突いて責め立ててくるので、病気からと分かっていても医療者もつらい思いをすることがあります。
 浪費もあり、気が大きくなって高価なものを買ってお金を使ってしまい、躁状態が終わった後、つらくなることもあります。
 人間は本来、こんなエネルギッシュな状態で長くは保ちません。100あるエネルギ-を使って6,7時間寝ることでその消費したエネルギーをチャージするという生活をしているわけですが、躁状態ではそれを200使ってあまり寝ない。しばらくたつとエネルギーが枯渇してきてしまいます。
 それでは躁状態は放っておけば治まるから良いかと言えば、本来あり得ないようなトラブルを起こし易く、会社内や取引先で信頼や立場を失ったり、大事な友人と仲たがいを起こしたりというトラブルを防がなくては、結果として本人が損をしてしまいます。
 そしてエネルギーの枯渇でうつ状態に陥り、躁状態で起こしたことを実際以上に悪くとって「あの人とは二度と口をきけない」「社会でやっていけない」と必要以上に落ち込んでつらい状態になります。そういう意味でも躁状態はなるべく早く治したいわけです。

【うつ状態の症状】
 うつ病と同じ症状が出ます。気分が落ち込み、自責感が出て、自分は価値が無いと思い込みます。自分を責めるのが楽しい人はいないので、とてもつらい状態です。

【双極性障害の治療】
 躁状態の時は、本人にとっては快調に感じられます。アイディアも出てくるし、自分が偉くなった気持ちになれる。ですから、自分の病状が悪いという自覚を持ちにくいのです。とくに軽躁の人は周りも「何だか元気だな」くらいで困らないので、「自分は絶好調」と思っています。うつ状態はつらいので受診しても、躁の時は主治医にも自己申告はしないというか、出来ないことが多いのです。
 診察時に「躁がありますか?」と尋ねても「はい、あります」という返事はまずなく、「夜あまり寝なくても元気いっぱい動けた時期がありましたか?」「いろいろお金を遣いすぎてしまった時がありましたか?」などの、本人が思い当たるような質問を重ねて判断します。しかし、軽躁の場合はこういった質問からも分かりにくい場合もあります。
 一度、躁状態を体験すると、病状が落ち着いて寛解期というか周りが普通の状態に戻ったと思っても、本人は躁状態が快調だった覚えがあるので、軽いうつと思うことが多くて、そこも難しいところです。
 抗うつ薬はうつ病には良い薬ですが、双極性障害には、躁転させて不安定になるので使えません。本人はうつ状態の治療を望みますが、抗うつ薬投与はかえって病気を悪化させますから、見分けはとても大事なのです。
気分安定薬(ムードスタビライザー):炭酸リチウム(リーマス)は、とても効果のある薬で双極性障害の基本の薬です。抗うつ薬は気分を持ち上げるだけですが、気分安定薬は躁にもうつにも効果があります。抗うつ薬の増強療法にも使われます。定期的な血液検査が必要で、血中濃度を調べながら服用します。血中濃度の治療域は0.6~1.2mEq/Lと狭く、それ以上ではリチウム中毒の症状が出て、2mEq/L以上になると透析が必要という大変なことになったりもします。非常に効果があるけれど、注意が必要な薬です。
 飲み合わせで問題になるのは、炎症鎮痛薬のロキソニン(ロキソプロフェン)、ボルタレン(ジクロフェナクナトリウム)等で、血中リチウム濃度を上げてしまいます。あまり影響のない鎮痛剤もありますが、勝手に痛み止めを飲んだり貼ったりしないことです。たまに1錠ぐらいなら大丈夫ですが、腰や歯が痛くて整形外科や歯科で鎮痛剤の飲み薬や湿布薬を10日分とか出され、リチウム中毒を起こす例もあります。このことは精神科以外にはあまり知られていないので、必ず炭酸リチウムを飲んでいて鎮痛剤は注意が必要なことを伝えてください。
抗てんかん薬:気分安定にもよいということで、バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカ)、カルバマゼピン(テグレトール)、ラモトリギン(ラミクタール)も使われます。
抗精神病薬:オランザピン(ジプレキサ)も気分安定作用があって良く使われます。アリピプラゾール(エビリファイ)、クエチアピン(セロクエル)、リスペリドン(リスパダール)、ゾテピン(ロドピン)なども、双極性障害の方に使われます。この中でオランザピンとクエチアピンは、糖尿病の人には使えません。
睡眠薬:躁状態の時は睡眠がとれなくなるので睡眠薬を使います。睡眠が取れなくても動けるのは体のバランスが壊れている時です。眠れないよりも薬を使用しても眠る方が躁状態の改善には有効です。
 睡眠薬は依存性がある、量が増えるつまり耐性があるのではと気にする人もいますが、むしろアルコールの方が依存性は高く、すぐに耐性が出来て量も増えやすいので、寝酒は止めてください。質の良い睡眠はとても大事で、睡眠薬を使って数日しっかり眠ると躁が安定することもあるくらいです。
抗不安薬:ロラゼパム(ワイパックス)、エチゾラム(デパス)など、一時的に使うことがあります。
 双極性障害は、比較的再発を起こし易く、再発すればするほど繰り返し再発し易くなるので、予防のためにしっかり服薬を継続してください。

【家族の対応】
リラックスできる場所:どの病気も同じですが、家族は「何とかしなくちゃ」と力が入ります。しかし長く付き合っていかなくてはならない病気なので、家族は肩肘張らずに前のめりにならないようにしてください。当人はイライラして家族に当たることも多いでしょうが安心して甘えているわけで、だからこそ大変なのですが、家は安心してリラックスできる場にしてください。
病気を正しく理解:イライラは病気の症状ですが、分からないと家族は不安になります。その不安は本人にも伝わって、安心できる場所ではなくなってしまいます。すべてを知ることは無理ですが、家族はまず病気を正しく理解することが大事です。
相談相手を増やす:分からないことを聞ける相手がいると良く、主治医のほかにも看護師さんやケースワーカー、薬剤師、デイケアの人、保健所の保健師さんなど、何か困った時にたくさんの相談相手がいると、病気の知識も得られて不安も減ります。家族会もそうですし、友人など愚痴を聞いてくれる相手も良いと思います。
暴言は病気の症状:躁状態の時は怒りっぽくなります。家族は「そこを言わないで」みたいなところを責められた気になりますが、ほとんどの場合、本人は普段から思っていることを言っているわけではありません。病気が言わせていることを理解して家族も傷つかないようにしてください。
重大な決断は先延ばしに:躁状態の時は、気が大きくなって「会社を変わる」「店を出す」「移住しよう」など言うかも知れません。うつ状態の時は「会社に迷惑をかけたから辞職する」など言い出すかもしれませんが、事実と乖離していることが多いのです。こうした重大な決断はさせないこと、家族など周りがストップをかけてください。躁状態でもうつ状態でも的確な判断は難しいのです。
原因探しはしない:「あの時に〇〇したから」と過去に遡って原因探しをして、関わった対象を責めるかもしれませんが、結果的には何も生みませんし、それが原因かどうかは分かりません。調子が悪ければ悪いほど原因探しと後悔に苛まれやすいのです。
 つらい時ほどエネルギーを注ぐ順番は、今>未来>過去です。目先を足元に注いで、今日どうしよう、それも難しければ、とりあえずこの5分をどう過ごすか、散歩をして来よう、ちょっとマシになったら次はどうするか、お茶を飲んで一休みしよう、その後はお風呂に入ろうと、小刻みに時間を使うと乗りきり易くなります。
 つらい時は明日に回そうと心を切り替えて、今を充実させることにエネルギーを使ってください。そして3時間後、今日、明日、この1週間と考えられる余裕が出来れば、将来が考えられるようになります。未来を考え、それでも余裕がある人はそんなにいないと思いますが、過去はその後です。残り少ないエネルギーを過去に使うのは損ですから、「今どうしよう」を考えるという癖をつけてください。
 「いつもと違う」ときは受診同行:「何かちょっとヘンだな」「心配だな」と思うときは、家族は遠慮なく診察に付き添って、状況を教えてください。患者さんは診察室では良い顔をします。社会性の面では良いことですが、しかし家ではどうなのかと治療者は思うところです。
 同行出来ない場合も家族は「あなたの状態が心配だからメモを先生に渡すよ」「電話で話しておくからね」と本人に告げた上で、診察までに知らせてください。「電話したことは言わないで」と内緒にされると、せっかくの話を治療に反映することが難しいのです。どうしても難しければ、訪問看護師さんに様子を伝えて主治医にも話してもらうとか工夫してください。

【家族ができる対処
 地域で上手く生活出来ている人の特徴は、いろんな人にSOSを出すのが上手な人です。家族も相談相手をできるだけたくさん持ってください。そして、助けて貰えるところは頼ってください。
 家計は不安になり易いものですが、困った時はお互い様です。福祉事務所を上手に使って通院の自立支援医療や、入院の高額療養費制度や、これは後払いなので高額療養費支給見込額の8割相当額を無利子で貸付する高額医療費貸付制度などの福祉サービスが利用できます。障害者手帳や障害者年金は、本人が嫌がる場合もありますが、良くなって働けるようになれば断れば良いだけの話です。
 家事も障害者支援で家事援助を利用してヘルパーさんを頼むとか、外部に委託することも出来ます。使える福祉制度はどんどん使って、とにかく長く続けられる体制を作ってください。
 親や兄弟が発症した場合、健康な子供は後回しにされがちですが、子どもの居場所を確保することも大事です。親族宅、友人宅のほかに、児童センターなど福祉に相談してください。
 大切なのは全力投球ではなく、無理なく長く続けられる体制です。家族がストレスフルでは、本人もストレスを受け悪循環に陥ります。家族は家族の楽しみが大事で、家族も自分を大切に、ジムに行くとか、本人の入院中は温泉にでも行って元気になって退院を迎えてあげてください。ご自身のストレスマネージメントを上手にして頂いて、家族が安定することが本人の安定につながります。
                                             ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 コロナ禍が凄まじい。国民が皆、第四波だと叫んでいる中、ただ一人菅総理は「まだ第四波のうねりとはなっていない」と発言し、悠長な構えを見せている。そういえば世界にはもう一人、コロナ禍に悠長な男がいた。ブラジル・ボルソナーロ大統領だ。一千参百万人の感染者、三十三万人の死者が出るまで呑気に待てというのであろうか。ま、両者とも経済を優先の立場だと思うが医療の立場も考えてほしい。

 医療と言えばこんな話もある。家族交流会で話題にしたこともあったが、ある人がガンで入院した。その時、抗ガン治療の際、点滴の針を途中で抜いてしまうと液が皮膚についてしまう。すると劇薬のため肌が荒れてしまうという。だから精神障害者に点滴の治療はできないとのことだ。考えてみれば精神障害者とて他の病気には罹らないという訳ではない。今後、精神障害者の他の病気への防護も考えてみたい。

 今月は山澤先生の双極性障害の症状と治療というテーマでご講演いただいた。いつも思うのだが精神障害といえど、その分類は数多くあるものだと気づかされる。そして、名称は年ごとに増えているのではないか。医療の進歩によって症状が細分化され、それに合わせて薬も開発されている。

 しかし、最後に家族は「全力投球ではなく、無理なく、長く続けられる体制です」と結んでいる。これって、精神障害の介護には共通の教訓ではないか。特に急性期にある家族は焦り、心配し、そしてあらぬ方向へと進んでしまう危険がある。

 先生は「家族は温泉にでも行って元気に退院を迎えてください」という。そういう意味では私などは優等生ではないだろうか。明日はどこへ行こうか、思案中。