統合失調症の陰性症状とうつ症状の回復

新宿区後援・12月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院社会医療部長 山澤涼子先生

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【統合失調症の4つの症状】

 統合失調症の症状は、大きく分けて4つあります。

◆陽性症状:限界を超えるストレスがかかって、脳内の神経伝達物質のドーパミンが過剰になって出現する症状です。幻聴や妄想、興奮のしやすさ、イライラ、考えのまとまりにくさ、混乱など、健康な時には無かったものが出てきます。

 陽性症状は薬が効きやすく、抗精神病薬でドーパミンを抑えることにより、比較的コントロールしやすいです。

◆陰性症状:陽性とは逆に、元気だったころにあったものが無くなってしまう症状です。意欲が出ない、表情や喜怒哀楽が出にくくなるなどです。

◆気分の症状:気分が高まり過ぎる躁状態や、下がり過ぎるうつ状態を言います。

◆認知機能障害:近年注目されてきています。あとで詳しく説明します。

 これらは、それぞれ対処法が異なってきます。

【陽性症状は、転帰に直接関係しない】
 
かつての医学論文では「統合失調症にこの治療法は有効か」の判断は、たいてい「陽性症状がどのくらい落ち着くか」で測りました。「幻聴や興奮がこれくらい治まったので有効」という論文が多く、注目は陽性症状でした。

 陽性症状が改善することはもちろん大切ですが、本人にとって大事なのは、生き生きとハッピーに上手く社会生活ができているかということで、近年そこに関心が向くようになりました。

・社会的転帰:社会的にどれくらい復帰できているかの指標です。例えば経済的に困っていないか、仕事はあるか、友達はいるか、家から出る機会はどれくらいかなどです。
 社会的転帰に一番大きく影響しているのは認知機能障害で、最近、非常にクローズアップされています。陰性症状もある程度影響するとされています。

・主観的満足度:本人が自分の人生に満足しているか、ハッピーかです。幻聴は抑えられているが、家にこもって何もやる気がなく浮かない顔で生活しているよりも、症状があっても友達が沢山いて、仕事があって楽しく生活しているほうが良いでしょう。主観的満足度は気分の症状と関連しているとの結論が得られています。
 つまり生活という面では、この社会的転帰と主観的満足度を重要視するようになってきました。陽性症状を抑えることはもちろん大事ですが、陽性症状は、この2つには直接的には影響しないとされています。

【元気がなくなる陰性症状】
 急性期症状が落ち着いた後、意欲や元気がなくなって家で寝てばかりの状態が長く続くことがあります。こうした状態の原因としては、急性期でエネルギーを使い果たした消耗期もしくは休息期と言われる時期、陰性症状、抑うつ状態や、薬の過鎮静などが考えられます。鑑別が非常に大事ですが難しいので、家族からの主治医への情報提供が大事です。
 陰性症状でよく見られるのは「感情の鈍麻、平板化」で、喜怒哀楽が乏しく分かりづらくなります。人の気持ちへの共感が出にくく、視線を合わせづらいなど、相手は話が分かっているのかな、理解しているのかなと感じてしまうような「対人コミュニケーションの支障」が出ます。

「意欲の減退」つまり何となくやる気が出なくて、家でゴロゴロしがちな人が多いです。

「思考の低下」もあり、話の内容も単調になり、今までのように色んなことを思いついたり、話が盛り上がったりしづらくなります。
 

【気分の症状は落ち込みが特徴】
 うつ状態は統合失調症でも起こり、陰性症状との鑑別が難しいのです。意欲低下、何をしても楽しくない、元気が出ない、となるので陰性症状に似ていますが、うつには「気分の落ち込み」があります。
 急性期症状が落ち着いた時に、現状に気付いてショックを受けるawakening(気付き、目覚め)も起きます。具合の悪い時は分からないのですが、少し良くなってから「酷いことをしてしまった」とか「こんな病気になって自分はどうなるのだろう」と、現実が見えた結果として落ち込んでしまうのです。
 精神病後抑うつ(post-psychotic-depression)は、急性期の後に出やすく、要注意です。
 家族は、急性期後に気持ちが落ち込みやすいと知っておくとよく、気分が落ち込んでいたり悲観的な発言が聞かれたときは、遠慮せずに早めに主治医に相談してください。抑うつ症状がひどい場合は、少量の抗うつ薬を使用することもあります。

【認知機能障害は個人差がある】
 
認知機能障害の影響が、陰性症状のように見えることがあります。統合失調症の患者には認知機能障害が出るとされていますが、個人差が非常に大きいです。
 認知機能とは「視覚や聴覚などによって、外部から得られた情報を元にして、周囲の物事や自分の状況を正しく把握し、適切に行動するための脳の高度な機能」です。見たり聞いたりした情報を脳で処理して、どう行動するか、記憶する、注意し、物事を考える、判断する、理解する、計算する、学ぶなど、一連の働きをすべて認知機能と言います。

【薬による過鎮静】
 
抗精神病薬は、多かれ少なかれ鎮静作用があります。一般的には、薬は少量から始めて副作用の有無を見ながら徐々に増やします。しかし、急性期は妄想や幻聴が激しく、興奮や混乱は患者自身も不愉快で苦痛ですし、周りとのトラブルも避けなければなりません。医師は鎮静作用を利用するために薬をしっかり入れて治療します。
 急性症状がある程度治まってくると、薬の鎮静が勝ってしまうことがあり、2~3週間後に家族が面会すると、ボーッとして目の焦点も合っていない、ろれつも回らない、フラフラしていて元気がない、入院で悪化したのではとショックを受ける家族もいます。

【服薬・リハビリ・ストレスマネジメントが重要】
 陰性症状は、薬だけで良くなるということは残念ながらありません。陰性症状の改善を謳った薬もあって、確かに第一世代の薬よりは第二世代のほうが陰性症状を改善する効果があるとされていますし、多少は効果もあるでしょう。しかし、薬だけで陰性症状を良くするのは難しいのが現実です。
 統合失調症の治療は、抗精神病薬の服薬と併せて、適切なリハビリテーションを行っていくこと、ストレスをマネジメントすることが必要です。
 しかも服薬中の再発と、飲んでいない場合の再発は質が違うのです。服薬中では消えていた幻聴が聞こえてきたとか、ちょっと人の目が気になるというレベルなので、通院中の医師に言って薬を増やせば乗り切れます。しかし、薬を一旦止めて1年、2年と経って再発すると、1からやり直しになります。同じ再発と言っても質が違うのです。

【夢や目標があると頑張れる】
 陰性症状のリハビリテーションとは、つまり生活全般のできることを段々増やすことです。これは、本人が取り組まないと進んでいきませんし、年単位で取り組むもので、効果もすぐには表れません。毎日デイケアに通うから何かが急によくなるわけでもないのです。
 怪我のリハビリも毎日、地道な筋トレやストレッチを繰り返して徐々に元に戻していきますが、それと全く同じです。野球選手なら、「またあの舞台に立ちたい」「皆と一緒に野球をしたい」という夢や目標があるので、痛くても辛くても頑張って地道にトレーニングするのだろうと思います。
 リハビリは「夢」や「目標」と、「ご褒美」がないと、なかなか頑張れません。統合失調症などの精神障害の人でも、「仕事に就きたい」「お金をもっと稼ぎたい」「結婚したい」など、何かそういう大きな目標がないと頑張れないだろうなと思うのです。ただし「仕事ができるようになりたい」みたいな遠い漠然とした目標だけでなく、ちょっと頑張ったら何か良いこと、小さいご褒美が積み重なっていかないと、やはり人間は頑張れません。

【短期目標とご褒美を】
 夢や大きな目標を聞いているだけではリハビリは進みません。長期目標に到達するために「今、何ができるか」に話を持って行きます。ステップアップできそうな短期目標を立てることを手伝う必要があります。
 長期目標は本人の夢、それをかみ砕いて本人が踏めるステップに落とし込む作業です。家族だけではやりにくいでしょうから、デイケアのスタッフ、主治医、作業所のスタッフ等と協力しながら、日々の小さい目標を立てる作業が大事です。
 本人が小さい目標を納得できるには、「夢を共有してもらった」と思えないと難しい。例えば、妄想の中の「Aさんと将来結婚する」が長期目標という人がいたとします。実際にはいない人なので実現不可能ですが、それを否定するのではなく、「結婚できるかは縁だから分からないけれど、結婚するにはどうしたら良いのかな」から始めます。「そのためには身綺麗にしなければ」とか「朝はちゃんと起きて、朝食は自分で用意しよう」とか、「仕事していたほうがモテるんじゃない?」とか、現実的な本人が頑張れるような目標に落とし込んでいく必要があります。ちょっと頑張ればクリアできそうな課題であることが大事です。
 そしてご褒美が待っていれば、ますます頑張れます。クリアできたら思い切り「頑張ったね、凄いね」と褒める。ランチに行くとか何か買うとか、具体的なご褒美があっても良いと思います。

【通所の良さはたくさん、効果は高い】
 リハビリテーションで一番身近なのは、デイケアかと思います。デイケアは主に医療機関で提供している治療的なリハビリテーションプログラムなので、枠組みが決まっていて運営されています。デイケアに参加する意義は沢山あります。
 まず、どこにも出かけない生活で、リズムを整えるのは難しいです。絵を描いたり歌ったり麻雀でも、一定の時間を何かに集中することはとても重要です。作業を他人の中でする、家族以外の人と会うのも大切で、家族と他人とのコミュニケーションは違います。仮にまだ陰性症状が強くて具合が悪く、デイケアでもゴロゴロ寝ているだけだとしても、決められた時間に行って、他の人に会って来るのは意味があります。
 家族と離れる時間も大切です。家族のストレスが溜まると、それが患者のストレスとなって再発の要因になると言いましたが、家族と離れるだけでも、デイケアに来る意味は非常に大きいものがあります。

【リハビリと治療は両輪】
 精神疾患のリハビリテーションは、治療とリハビリが両輪です。治療が上手く行かなければ、リハビリもうまく行きません。リハビリが上手く行っても、そこで幻聴などが出て再発したら、それまでのリハビリが台無しになります。逆に言えば、リハビリが上手く進むと、治療も上手く行くことが多いのです。ここが怪我のリハビリと違う特殊なところです 
 例えば幻聴や妄想は非常に苦痛なものが多く、幻聴は「素敵だね」とか「大好きだよ」などの良い事を言わない。酷い場合は「死ね」とか「お前はダメだ」といった批判や否定するような幻聴が多いのです。妄想も基本的に「嫌なこと」が多く、「見張られている」「いじわるされる」などの被害妄想的な色彩が濃いので非常にストレスフルです。

◆認知行動療法(CBT):幻聴や妄想への対処として、CBT(Cognitive Behavioral Therapy)を使うことが多いです。認知とは物事をどう捉えるかで、認知を変えることによって気分を変えることを促す療法が認知療法です。しかし認知は本人が長年かけて作り上げてきた思考の癖のようなものであり、すぐに変えることができません。そこで認知を変えるのではなく、行動を変えることが認知行動療法です。
 例えば幻聴が聞こえてきたら音楽を聴いてみよう、誰かに話しかけてみよう、ちょっと歩いてみようなど、幻聴や妄想をどのように捉え、どう行動するかを練習します。社会復帰のためには、幻聴や妄想に振り回されているとなかなか難しいので、認知行動療法的アプローチは、リハビリにもなります。幻聴や妄想に上手に対処できるようになると、薬を増やさなくても幻聴が減ったり、被害妄想にも対処しやすくなり、日常生活も上手く行くようになります。

◆SST(社会技能訓練):デイケアや入院中のプログラムにもあるSST(Social Skills Training)は、コミュニケーションの練習プログラムで、やり方が確立されていてエビデンスがあります。コミュニケーション力が上がると、当然リハビリになり、ストレスマネジメントにも非常に役に立ちます。

◆運動:体を動かすことは非常に有効なリハビリで、例えば毎日10分歩くだけでも体力がつくので、社会復帰に向けたリハビリになり、体力に自信がつくことはストレスマネジメントにもなる。結果的にストレスが減り、リハビリが進み、治療になります。

◆家事:掃除で体を動かす、料理する、買い物する、こうした日常の様々な行動もリハビリテーションになり、治療的で、ストレスマネジメントにもなるので、いろんな事に取り組んでほしいと思います。

認知機能のリハビリは生活の中でも】
 
認知機能は社会的転帰に強く影響しています。そのために、認知機能の改善のための認知リハビリテーションが、この数年トレンドになっています。概ね2つの方法があります。
・認知機能そのもののトレーニング:記憶力が落ちていれば記憶力を改善しようというトレーニングです。いろいろありますが一番有名なのは、ニア(NEAR)というパッケージです。ジェイコアーズ(Jcores)という、日本の先生が作ったものもあります。
 これらはコンピュータを使って、ゲーム感覚で色んなことをやりながら脳を鍛えて、さらに使った認知機能と日常生活を結び付ける言語セッションを繰り返しやります。そうすると認知機能の改善がみられるというエビデンスがあるプログラムです。

・苦手なことを補う方法:苦手なことは苦手として、それを補うのにどうしたら良いか、環境を整える方法を一緒に考えます。
 誰でも認知機能の中で得手不得手はあり、それを上手に補って生活しています。健常者とされる人にも当然苦手なことはあり、記憶力に自信のない人はことさらに記憶力トレーニングをするわけではなく、苦手と諦めて代わりにメモを取る、スマホの予定表を付けるなど、独自に工夫を編み出しています。

・日常の中でのリハビリ:どちらの方法にせよ、日常生活でできることが沢山あります。例えば、「目標に向かって、適切な計画を立てるのが苦手」であれば、遂行機能を使う作業である料理が効果的なトレーニングになります。料理に必要な買い物でも、掃除でも、家での手伝いで普段使わない認知機能を使うというリハビリテーションになります。
 どうしたら良いのかという工夫を考えることは、苦手なことを補うことになり、環境を変えることになります。

・定期的な見直しが必要:医療者が気をつけることなのですが、例えば入院治療は、退院という分かりやすいゴールがあるので、「退院するには何が不足か」「どうしたら退院できるのか」を日々考えながらプランを立てて治療をします。デイケアでは目標やプランを立てて、何か月かごとに見直さなければならないという決まりがあり、スタッフと本人で立て直しをやります。
 ところが外来通院のリハビリは、いつまでにするといったゴールを意識しないと漫然となりがちです。大きな夢と近い具体的な目標がないとリハビリは頑張れないので、常に見直す作業を忘れてはいけません。夢や目標のために今できる事は何か、実際にやることの計画を立てて実行して、定期的に何か月か経ったところで振り返りをして出来たことは先に進め、出来なかったことは計画を立て直します。この地道な計画と実行、見直しの繰り返しが目標達成につながります。

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まとめますと、陰性症状や認知機能障害は薬だけでは良くならないので、適切なリハビリが必要になります。リハビリはストレスマネジメントにもなるし、治療的な意味もあります。デイケアや通所先があることは勿論リハビリになりますが、他にも家から離れたり、他人と会ったり、色んな意味があります。
 気分の症状については、統合失調症にもうつ症状がある、ということを知っておいてください。これは単に意欲が出ないだけではなく、気持ちの落ち込みを伴うものです。急性期が終わって少し良くなった時が要注意です。
 認知機能は個人差が大きく、とにかく色んなことをやることが認知機能リハビリになります。毎日同じことばかりを繰り返すのは、同じ認知機能しか使わないので、認知機能が衰えやすくなります。色んな新しい事にトライして、脳のいろんな場所を使っていくことが大事です。
 大きな目標も小さな一歩からです。リハビリは時間がかかるので、大きな夢と、それを達成するための小さなステップを大切にしてください。その際に、リハビリは家庭でできることも沢山あります。ただ、家族と本人とだけではなかなか難しいので、いろんな資源、デイケア、通所先、スポーツ施設やカフェ等々、外にある資源をフル活用してください。小さなステップのクリアを重ねて、大きな夢を達成できればと願います。
                                             ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 本紙十二月号でオミクロン感染者が数名であったことを述べ、ゆくゆくは万の数字になるだろうと言ったが、2月に入って国内オミクロン感染者だけで累計24万人。新型コロナ全体では200万人に達するという。恐ろしいことになってきた。

 一方で冬季オリンピックの話題で盛り上がっている。開会式の見事な演出の裏で、政治色がプンプン匂うと言った批判もある。そして競技が始まれば皆、金、銀、銅いくつ取れるのかと手に汗してテレビに釘付けになる。しかし、選手たちの4年間の苦労は並大抵なものではない。オリンピックに出場しただけでその選手は賞賛に値するものであろうと私はみている。

 今月の山澤先生のお話は「陰性症状とうつ症状の回復」であった。急性期を過ぎた誰もがやきもきする時である。息子は調子が良くなって来た。もう少し良くなるのではないか。しかし本人はぼんやりとして閉じこもり勝ちだ。

 親としてはもう仕事につけるのではないか。何か活動が鈍ってしまって、以前の息子に戻っていない・・・。しかし先生は言う。「家族がストレスなく生活し、本人の適切な薬物療法が組み合わされると、再発率は約一割まで減らせます」。

 そう、親が焦ってしまうと、そして態度に出てしまって「ほら、早く起きて、顔を洗って、朝食を食べて」と息子の生活にあまりにも細かく介入するとせっかく良くなりつつある息子は再発の道を歩むことになる。

 徳川家康の「鳴かぬなら鳴くまで待とう、時鳥」の格言の通りである。織田信長の「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」や豊臣秀吉の「鳴かぬなら鳴かして見せよう時鳥」では息子たちの回復は疎か、また元の木阿弥である。    嵜